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翌朝、ムスフォトの指示で荷物を整理する。目を覚まし、タンクの水で顔を洗ってから、使ったキャンプ道具を外に運び出した。それから、まだ車の中に積んであったものも含めて全体の数を減らした。
意外だったのは、これから使うものをまとめて車から降ろし、使わない方のものを車に放り込んで置いたことだ。それからムスフォトは、車に大きな防水シートを掛けてしまった。俺はムスフォトに訊いた。
「ここから先は、歩きなの?」
「いいや、わしらの足で歩くわけじゃないが、もっと伝統的な方法に乗り換えるんじゃ」
何を言っているのかよく分からなかったが、荷物を整理して一息ついてるうちに、森の木々の間からそれらはやってきた。六頭の立派な水牛だ。それらは誰に連れて来られるでもなく、ごく自然と通りかかったようにして、寺院の前の空き地に姿を現した。
デオとムスフォトは、彼らの喉だの鼻筋だのを順番に撫でていった。俺は大きな動物と触れ合って過ごす経験に乏しかったので、それを少し遠巻きに見ていた。
悪魔の二人は牛の彼らに小さな声で何か話しかけている様子だったが、それは耳を済ませて聞いてみても、俺の知ってるどの外国語にも聞こえなかった。
牛たちは悪魔の二人に顔を触られると、とても気持ちよさそうな顔をした。皆おとなしく、とてもリラックスしている。
まるで俺だけが計画の全容を知らない、巨大な軍事作戦に放り込まれたような感じだ。実際それに近いことが起きてるのかもしれない。俺は、もうどうにでもなれと思って言った。
「この水牛たちに乗ってジャングルを横切ったあとは、カヌーを作って新大陸に渡るのか?」
それを聞いて二人の悪魔はキョトンとした。水牛たちまでもがキョトンとした。
「なに訳のわからないことを言っとるんじゃ?」
「まさか。そんなことわたし達がするわけないじゃない」
俺はなんだかガックリと疲れた。
「いや、今のはなんでもないさ」
選り分けておいたキャンプ道具を三頭の水牛の背中に載せ、残りの三頭に俺たちは跨って木々の間を進んだ。
ムスフォトの車に積んであったのは、どれも大雑把に縫い付けただけの革とベルトの装具だ。それを牛に付ける。その装具を使うとうまい具合に、いろいろなものの入ったずだ袋やら水のタンクやらが、牛の背中と両脇に収まった。
作業と仕上がりは大したものだ。俺が初めて見る種類の、器用な様子の一つだった。こういうもので世界は一杯だ。
俺たちが跨またがる方の道具も簡単で、分厚いバックスキンにクッションの布が縫い付けてあるだけ。あまりに簡単なつくりで、縫ってある紐を解けばテントにでも寝袋にでもなりそうな気がするくらいだ。そうして六頭の牛の艦隊が出来上がった。
先頭がムスフォト、次が俺。荷物の牛を挟み、一番最後にデオの乗った牛が連つく。それで車が入ってきたのとは違う方の森の中、本当に細い踏み分け道があるだけの木々の間へと、俺たちは進んでいった。
もちろんその進行には四輪駆動車のようなスピードとパワーはないが、「牛歩」という言葉のイメージよりは牛達はサクサクと進んでいった。
突然放り込まれたこのこの奇妙な状況にも、俺の身体は馴染んでいった。器用ともいえるかもしれないが、主体性が消えてなくなりかけているという問題とも取れた。不思議だな。俺は一体何をしているんだろう。俺は自分の喉の調子でも試すようにムスフォトに話しかけた。そうしないと落ち着かなかったからだ。マイクチェック、ワントゥー。
「ところで、俺たちはどうして牛に乗ってる。馬じゃだめだったの?」
ムスフォトは答えた。
「この者たちは野生のものじゃ。都合よく近くで手が空いていたから手伝ってくれとるだけじゃ。この辺に野生の馬はいない」
「⋯⋯なるほど」
マイクチェック、オーケー。俺は声を失ってはいないようだった。




