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 部屋に漂う気配は、まるで宇宙を満たしている暗黒物質のようだった。ランプの光が届いたとしても、もちろんそれは目に見えない。


 広い部屋から続く奥の暗がりのなかから、気配はこちらを見ているみたいに肌の上に触れた。俺はランプをかかげ、その暗がりの方にフラフラと歩いて行った。‬


 無限に続くような廊下を想像したが、実際には小さな部屋がそこにあるだけだった。寺院の奥へはどこか他の通路が繋がっているのだろう。その暗がりの前に立つと、ランプの灯りのすそが部屋の奥の壁に届いていた。


 気配はその壁と別の、陰になっている二面から湧き出てきているように感じられた。はっきり言って、それは限りなく気のせいに近い程度のものだ。俺はゆっくりと、その小さな部屋に入っていった。‬




 部屋の両側の壁は雛壇のような作りになっていて、そこへ目を向けた時に俺はビクッと背筋を強張らせた。段にギッシリと彫像が並んでいたからだ。


 年月の経過で真っ黒く変色しているが、それはどうやら、さっきムスフォトが削ってみせたクジラのように木で出来ているようだった。片手で難なく持ち上げられるくらいの大きさの様々な動物。‬


 時々、人間の背格好をした像もあった。人の像は、古い時代の格好と、古い時代から変わっていないような格好をしている。新しい服を着たデザインの人間がいない。


 すねに布を巻いて大きな荷物を背負った商人風の格好のものや、僧侶や町人の像だ。男も女もいる。


 それから動物と一緒にポーズを取っている者もいる。犬や猿に何か手渡しているようなポーズや、腕に大きな鳥をとまらせている格好のもの。‬


 ラインナップの中では人間はそれほど多くなく、あとはの動物たち。陸棲りくせい水棲すいせい問わず。魚もカエルもいる。どれも正面に顔を向け(あるいは顔が正面を向くことを基準に)、並べて置かれていた。‬




 正体が分かると、気配は親密なものとして肌に感じられた。ランプの灯りでチラチラと影を揺らす彫像たちは、心をスッと楽な感じにさせる。


 ⋯⋯そうか、こんなところに、お前たちはいたんだな。いてくれたんだな⋯⋯。そんな気持ちだ。どれもこれも、忘れかけていた旧い知人のような懐かしさを感じさせた。‬


 俺は一つ一つゆっくりと彫像の顔を見ていった。それが半分を過ぎたあたりで、クジラと女性が対になった1セットの像を見つけた。間違いない。その女はデオだった。


 着ている服のデザインは古いが、顔かたちはすぐそこで寝ている彼女にそっくりだった。そっくり⋯⋯いや、まったく同じだ。‬


 像の彼女は、クジラの口元にかめのようなものを差し出し、何かを受け取っているように見えた。


 クジラは大きさを縮められて彫られていたが、目や身体の部分部分から、それがずいぶん歳をとった個体だということが伝わってきた。彼女がクジラから受け取っているものは、魂の欠片のようなものだろうか。‬


 俺はふと思いついて、その彫像の中にムスフォトの姿を探した。しかし、そこで見つけられたのはデオの像だけだった。


 どこか他の場所にそれはあるのか、あるいは彼らの側のルールに則ってここにはムスフォトの像を置かない決まりになっているのかもしれない。


 俺は最後にもう一度デオの像を眺めて、それから広い部屋に戻ると灯りを消して眠った。




 デオの像は、なかなか美人だった。

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