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ムスフォトは言った。
「そうさな、それは竹の一節を区切りとすることに似ているかもしれん。そうではなく、何代かの世代交代が一まとまりとなって、命の輪の一単位になるようなものなのじゃ。
⋯⋯勘のいいバック君のことじゃから分かると思うが、人間の感覚で近い概念をいうとすれば、そういうことになるということじゃ」
命とは、一個体一個体に一つずつ用意されているものではない。俺は自分なりにそう解釈して、その話を聞いた。
「その区切りの部分が来るたびに、ワシらは仕事をするのじゃよ。デオが持っている彼のクジラの脂は、そのときに少しばかり分けて貰ったものじゃ。なぁ?」
デオは新しくコップにワインを注いだ。(なんてペースだ。酔いつぶれやしないだろうな)
「ええ、そうよ。これは儀式の中のアソビのようなものよ。わたし達悪魔も世俗的な部分があるということかしらね。そういうちょっとしたところで、人間の文化と掛け合わせて楽しみのようなこともするのよ。
このタバコも彼らの命の記憶が吸い込ませてあるようなものなの。だから、あなたにもクジラのことがちょっと感じられるでしょう?」
感じられるという点についてはその通りだ。俺は言った。
「あなた達のやってること⋯⋯というか存在そのものは『現象の一部』というのに近い。そういうこと?」
ムスフォトがおもしろそうな顔をして言った。
「実にその通りじゃ! なあ、イデオナよ。面白い人間を連れてきたな」
「ただの偶然よ」
俺は何か言いかけてやめた。ワインを一口飲む。そうするしかない。人間一個人の営みや意思の振れ方など、彼らの意に解することではないということだ。
ただ、見ていてつまらないものと面白いものとがあるということについては本当らしい。彼らが漂わせている雰囲気は、真摯で自然なものだ。俺は言った。
「聞いてると頭がパンクしそうだ」
ムスフォトが大きく笑ってから言った。
「なに、バック君は新種の生き物を目の当たりにしているようなものじゃ。それはこちらの側からすれば、昔から当たり前にここにあったものなのじゃよ。そして、特に隠し立てするものでもないんじゃ」
新種の生き物と言われても、どうやらスケールが違いすぎるような気がした。新しい色の花を見つけたとか、新しい特徴を持つ魚を見つけたとか、そういうことのようには思えない。
それは動物の他に植物という生命があったことを見つけるだとか、水の中にも生き物がいたのだとか、それくらい価値転換的な大発見のように思える。未知との遭遇、まさしくそれだ。
相手が最初から人間の格好をしていて、最初から人間の言葉で自然に喋っているために、働くべきほとんどの感覚が麻痺しているだけなのだ。
するとどうだろう。現実感というものがまったく追いついてこない。後になって思い出そうとした時に、あれは夢だったのだとでも思ってしまいそうだ。俺は訊いた。
「人間の格好をしているのは、その、なんというか⋯⋯、必要性ではなく趣味のようなものなの?」
ムスフォトが深く頷いた。
「原理的にはその認識で正解に近い。人間に紛れているのが今のところ一番、移動や様々なことに便利なんじゃな」
「例えば鳥でいるよりも?」
「そういう古風な奴らもいる。けれども、ここ一万年くらいのブームなんじゃ。ワシらの間でのな」
ブーム。なるほど、それは実に趣味的だ。




