表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/52

40

 それほど長くはない時間で、海中の幻影は消えた。


 デオの顔は元の様子に戻り、クジラの彫刻をランプにかざしてあれこれと見回している。クジラは背の側をわずかに濃い色にして、全体がツルリと釉薬うわぐすりを塗られたように変わっていた。

 生命の気配がさっきより一層濃くなっている。それは真に迫るようなものだ。彼女は言った。‬


「あなた達がコマッコウと読んでいる種類のクジラよ。ピグミー・スパーム・ホエール。⋯⋯ま、名前なんてどうでもいいのだけど」‬


 デオはコマッコウの彫刻を俺に差し出した。手に取ると、よく出来た土産物のように、ごく自然な質量の木の彫り物だった。表面はツルリと乾いている。俺は言った。‬


「ニスが塗ってあるみたいだ」‬


「ふふ、これは本物の、そのひとの身体にあったあぶらなの」‬


「『そのひとの』って、つまりモデルになった特定の個体の ということ?」‬


「そうよ」‬


 今まで何となく触れようと思わなかったが、俺はその時、俄然がぜん彼らの正体に興味が湧いた。なにせ人間とは違う悪魔なのだ。


 そして彼らが何かしらの役割を世界の流れの中でこなしているとういことの尻尾の先くらいを掴んでしまっていた。気にならない方がどうかしている。俺は言った。‬


「そのクジラは、あなたたち悪魔が捕らえたりとか、あるいは人間が捕鯨したものなの?」‬


 デオが姿勢を楽に構えながら答えた。‬


「このひとの時は、そういうんじゃなかったわね。まあ、場合によっては人間の狩猟したものでもあるけど」‬


「つまり、その個体の死に立ち会った。だからそのクジラのあぶらをデオが瓶に詰めて持ってる。そういうこと?」‬


 フランク・シナトラはイッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーンを歌っている。デオは答えた。‬


「ん⋯⋯、まあ概ねその通りということね」‬


 ムスフォトがワインを軽くあおって後を継いだ。‬


「ワシらは命ある者たちを見届けて回っておる。それが仕事じゃ。何も殺すだとか死なすだとか、そのようなことはしない。ただ、流れてゆく命の輪の中で、時々の機会に後見人のようなものが必要なんじゃな。


 それは、雨が降れば何者かがやがてそれを乾かしていくように、自然と組み合わせになっているものなのじゃよ。人間なんかがものを考えて暮らすようになるはるか前からな」‬


 俺は訊いた。‬


「一匹一匹すべての個体を?」‬


 ムスフォトが答えた。‬


「いいや。一つの個体に一つの命が宿っているという考え方は、人間特有の解釈じゃ。我々からすれば、それはあまりに即物的そくぶつてきに過ぎて実際の流れとは異なっておる」


 ムスフォトがゆっくりと語る、生命の形の不思議な話だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ