37
それから、ムスフォトは「ふむ」と一声唸って荷物の中から丸くなった猫くらいの大きさがある流木の欠片を荷物の中から取り出して、斜めになって消えうせようとしている日の光にかざした。
しばらくそうしていてから、彼は上着の下のナイフを抜く。それから背中を丸めるようにしてアウトドア用の椅子の上に体勢を決め、一心に木を削りだした。
ナイフは木を削るのにどう見ても大きすぎたが、根元の部分を使って大胆に、切っ先の部分を軽くぶつけるようにして繊細に、木の塊の中から形を作っていった。
時々息を吹きかけて木屑を払い、その休んだ手でコップを持ち上げてワインを飲んだ。デオほどのペースではなかった。
その手際のいい作業を眺めてるうちに、自分の脳の特別な場所がゆっくりと慰撫されていくような不思議な感覚があった。
魔術的だ、とでも言えそうな。湯気を立てているストーブの上の缶からカップにスープを取り、俺は言った。
「ムスフォト? 話しかけても手元が狂ったりしないか?」
ムスフォトはその手に持ったナイフをカリカリコリコリと動かしながら、ニヤリと笑った。
「ああ。ちょうど何か話してほしいと思っていたところじゃよ」
デオがカップのワインをゴクリと飲んだ。
「俺の国の大きな街の周りではね、列車がとにかくたくさん走ってるんだ。あるとき駅での乗り換えでね、階段を登っていると、俺の前でどこかのオバアちゃんが小銭を下にぶち撒けたんだよ。
どうして階段の途中で、わざわざ小銭入れを開けて覗き込む必要があったのかは分からない。けれどもとにかく、20枚かそこらの小銭が階段の途中からだいぶ下の段まで散らばってしまったんだ。
そこを歩いていた俺と、それから知らない二、三人の人とでとにかく小銭を拾い集めて、そのオバアちゃんに渡したよ。例を言われて、それから俺はオバアちゃんを追い越してホームに出たんだ。
乗るはずだった電車は行ってしまっていた。けれども、それはどうということはない。すぐに次の電車がやってくるからね。次の電車がいつくるのかは、電気で表示されるんだ。すごいだろ? 見たことないんじゃない?
それを見ると、次の電車がやってくるまではたったの4分しかないんだ。前の電車が出て行ってからは、7分の時間の隙間しかない。
⋯⋯俺はそのことに、とても大きく驚いたんだよ。『たったの4分か!』ってね」
俺はスプーンで、スープの底に沈んでいた豆を拾って食べた。デオが先を促した。
「一体何に、そんなに驚いたわけ?」
俺は続きを話すために、ワインを一口飲んで喉を湿らせた。




