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 一周りして寺院の入り口に戻ると、ムスフォトが発電機のスターターを引くところだった。車に積んであったのだ。‬


「よう、どうじゃね考古学者」‬


「この寺院はただの古い痕跡に過ぎない」‬


「ハッハッハ! その通りじゃな」‬


 彼が勢いよくスターターを引くと、ビリビリという音が鳴り出して微かにガスの臭いが流れた。まだまだその場所は静かな一帯であったが、無音ではなくなった。‬


「さあ、中へ。レコードでも聴こう!」‬


 車には変わったキャンプ道具が積んであったものだ。‬感心する。




 ムスフォトの組み立てたストーブでは、見たことのない大きな缶詰が温められていた。魚と豆のスープだ。


 バーベキューコンロの網の上では、デオがアルミホイルに包んだ料理の様子を見ている。長い鉄串で突ついて角度と場所を変える。食欲をそそるいい匂いが寺院の中に満ちている。俺は訊いてみた。‬


「いいの? ここで飲み食いしたり、動物の肉を焼いたりしてもさ」‬


 デオが突いているアルミホイルの塊からは、羊の肉の匂いがしていたのだ。俺はもう、それが嫌でもなんでもない。むしろ余計に腹が減るくらいだ。‬


「いいのよ。もしも野菜や穀物だけは食べてもいいというルールなら、それは野菜や穀物に対する差別になるわ」‬


 世の中には圧倒的に正しい屁理屈というものがある。‬


「ワシらに言わせると、宗教というのはとても個人的なものなんじゃ。例え20億人の信者が敬虔けいけんに同じ神を信じたとしても、それは個人的な20億人の人々がやっていることに過ぎない。


 彼らは道に転がる石ころや、空を飛ぶ鳥たちに神を強要しないじゃろう。それは人間だけが偉かったり特別だったりするわけじゃなく、個人的な人間が20億人いるというだけのことだからじゃ。


 彼らには彼らの『それは違う』という価値観もあるじゃろうが、ワシらの方にもワシらの方なりのものの見方があるんじゃ」‬


 アルミの低いテーブルの上で、ムスフォトは白ワインの栓を抜いた。それを三つのアルミコップにドクドクと注ぐ。‬


「彼らがちっぽけで間違っていると言ってるわけではないのじゃ。人間が世界の中心じゃという考え方、生命の健全な循環が世界の唯一の原理じゃとする考え方、そしてせめぎ合う個人、人間以外の意思たちが信じたいものを信じればいいという考え方、それらがテーブルの上に、バラバラに並んでいるだけなんじゃ」

 デオが大きなプレートの上にアルミホイルの包みを乗せてテーブルに置いた。‬


「この寺院は厳格な戒律の象徴、拠り所でもあった。けれども⋯⋯」‬


 包みを開けると、骨つきの大きな肉と芋と野菜が、ハーブの香りを辺りに振りまいた。‬


「⋯⋯けれども今は、丹念に積み上げられた石の城でしかないわ」‬


「そう。ただのワシらの、ささやかなキャンプ地でしかない」‬


 街にいた時とはなにか違う、ゆっくりと渦巻く巨大なオーラのようなものが二人の後ろに見えるような気がした。ムスフォトがコップを取ってかかげた。‬


「さあ、乾杯をしよう!」


 デオが言った。‬

「何に?」‬


 どうやら俺が喋る番だという雰囲気があった。‬

「⋯⋯今宵こよいに、かな」‬


 二人は笑い、俺も笑い、ワインをカチンと踊らせ、不思議でゆったりとした時間が始まった。デオが言った。‬


「変なの。まだ真っ昼間じゃない」‬


「俺は酒を飲み出したら夜が始まるという、個人的な信仰を持つ者の一人なんだよ」‬


「ハッハッハ! それも良いじゃろう。それもまた、バラバラに並んでるうちの一つじゃ」‬


 どうして冷えてない白ワインがこんなに美味く感じるのだろう。世界は分からないことだらけだ。俺たちはささやかな酒の席を始めた。

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