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フラフラと歩きながら俺はホテルに戻った。リンドウの酒が、俺の身体に不思議な力を漲らせているような気がする。
魂は好奇心を帯びて目に見え耳に聞こえるものに手当たり次第クンクンと鼻を鳴らし、それにかじりついた時の味を想像してグルグルと回っていた。
俺はデオの部屋の扉をノックした。俺の魂は一つの仮説の証明を求めた。「逆説にどれだけ誠実なものが、果たして正義と呼べるのだろう」。普段の言葉ではうまく置き換えられないような、異様な欲求とエネルギーが、心臓から血液を送り出し、肺に空気を吸い込んでいる。
「ハーイ。いいわよ? 入って」
デオの間延びした声が聞こえた。ドアを開けて中に入ると、彼女はジーンズとボタンダウンシャツの格好で、奥の机に向かってコトコトと何かを動かしていた。
それは古びた道具たちだった。あるものは針と軸を持って目盛りを指す機能を持ち、あるものは組み合わされた台とレンズの位置を自在に変えて固定できるような機能を与えられていた。それらは、今までに見た似たような形の器具よりも小振りな印象を与える何かだった。
器具の真ん中にデオはノートを広げ、コツコツと小さな音を立てて何か短いセンテンスを断続的に書き込んでいた。
俺はデオの背中のすぐ後ろに歩み寄った。
「忙しい?」
「いいえ、平気よ」
コツコツ。シャッ。コツコツ。
「一緒に酒でもどうかと思ってさ」
「もうやめておいた方がいいんじゃない? あなたあの身体中から、度数が強くて美味しそうな匂いがプンプンしてるわよ」
コツコツ。コツコツ。シャッ。
俺の魂と手腕が、好奇心に押されて実験を始める。俺はごくごく自然な動作で、デオの両肩に手を置いた。
「あら、なに?」
「例えば俺は、君に何かイタズラができると思うかい?」
コツコツ⋯⋯タン。
「やってみれば?」俺は後ろからデオの肩を抱き、彼女の髪に額をつけて首の下に手を回した。鎖骨の上に立ち上がるシャツの襟が指に当たり、その下にボタンの感触を見つける。デオは身動き一つせず、前を向いてじっとしたままだ。彼女の髪からは洗ったあとの香りと、タバコの匂いがほんの少ししていた。
⋯⋯彼女は悪魔だ。抵抗したいと思った時点でどうとでも俺の動きを止められるはずだし、そのポイントはとても手前の方にあるのではないかと俺は推測していた。
その悪魔の技を、どうしても見てみたかったのだ。アルコールが恐怖や警戒心を吹き飛ばしている。




