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 レストランは歩いてすぐのところにあった。地元民だけを相手にするにしては少しばかりケバケバしく、しかし観光客向け100%の店にしては落ち着いてこじんまりとしすぎていた。

 「微妙」と感じる人間と、「絶妙」と感じる人間とが、それを見た者の中で半々になるくらいだろう。


「なかなか良さそうじゃないか」


 俺は一人で、そう声に出してから店の扉を開けた。店はU字の長いカウンターがあるきりで、テーブル席はなかった。20人が座れるかどうか、といったところだ。


 レストランというよりはダイニングバーといった方が近い。食べられるものと飲めるものがしっかりしていれば、俺にとってそれはどちらでもいいことだ。


 奥のかどの部分にまちの人間らしい中年の男女が4、5人固まって座り、和気藹々(わきあいあい)と、おしゃべりと酒を楽しんでいた。その向こう側から店の主人が顔を出して英語で言った。


「いらっしゃい、どうぞ」


  客たちと仲が良いらしく、とても機嫌が良さそうだ。高い鼻と引っ込んだ目の落差の激しい顔をした、痩せた中年の男だ。俺が適当なスツールに座ると、しばらくしてからやってきて人懐こそうに聞いた。


「なんにします?」


 俺は壁に並んだ何種類かのビールの空き瓶からカールスバーグを指差して頼んだ。


「まずはそのビール。それから、こちらはステーキを出すと聞いてきたんだけど⋯⋯」


「ええ。今日はいいとこが入ってますよ! あなた日本人? あんまりいっぱいは食べられないかな?」


 とても親切で勘がいい。あるいは観察力に長けている。プロだ。プロは普通の街で普通に働いている。必要に応じて鋭く、そのチカラを発揮するものだと誰かが言っていた。


 俺は自分の腹がかなり減っているのを感じた。


「2ポンド。パンとかポテトはいらないよ。それでうまい酒を飲ませてもらおうかな」


 主人は笑顔で頷いた。


「オーケイ、オーケイ!」


彼はよく冷えたビールの栓を気持ちよく飛ばして俺の前に置き、それから調理台に向かって料理を始めた。キビキビとした動きだ。向こうのカウンターから、ときどき楽しそうな笑い声が飛び上がった。




 ビールを一口飲んで喉を潤わせたところで、背中から気さくな声を掛けられた。


「よーう、バック君! 君がバック君じゃろ?」


 部分部分が老人の言葉のような、中途半端な日本語だった。だが発音自体は正確で淀みがない。

 俺が振り返ると、そこに立っていたのは老人ではなかった。


「となり、いいかね」


 男は返事を待たずに、大振りな動作で俺の隣に腰かけた。背はそれほど高くない。アジア人の血が少し入ったゲルマンあたりに見えた。

 その顔が現実味に乏しいほどのハンサムで、歳は見当がつかなかった。


 元は上等だったが何十年も日にさらしていたような明るい薄茶色の上着を着ていて、その内側に見慣れないものを吊り下げていた。

 それはフサフサとした動物の毛に覆われた、短い刃物の鞘のように見えた。革を巻いた柄が出ていて、それはずいぶん長く使い込まれているように見えた。俺は見当を付けて聞いた。


「あなたは、イデオナの仕事仲間?」


 男は喉からクックと音を出して笑った。


「そうじゃ! アイツをここまで連れて来てくれたことに礼を言うぞ」


「⋯⋯いや、もともとあてのない旅だから」


 男の快活な話し方は、怪しさこそは減じないものの嫌な感じはしなかった。

 男は上着のポケットに直接入っていたらしいクニャクニャのシガリロを取り出し、一度ピッと伸ばして形を整えると口に咥えた。


「コイツも、もうなくなっちまう」


 男はタバコの先を指で摘むと、聞こえるか聞こえないかの小さな声でクッと唸った。チリチリと音が聞こえたような気がした。男が指を退けると、タバコに火が点いていた。

 俺はそれを見せられるまで、イデオナもおかしな火の点け方をしたのをすっかり忘れていた。飲み過ぎたアルコールの影響だろう。


「そうじゃ、言い忘れた。ワシの名はムスフォト。もうだいぶ古びちまった悪魔じゃよ フッハハ! ⋯⋯オーイ エルヴィ! 灰皿とウィスキーをくれぃ!」


 ムスフォトは英語で言った。それが店主の名前らしい。そしてこの男は言った。ワシは悪魔じゃ と。

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