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昼下がりが夕方に差し掛かる頃、俺はそのガレージを訪ねた。小さなバイクと自動車の多い町を覆うガスを透かして、太陽は赤黒く照りつけている。乾いた風が展示された車の窓ガラスやボンネットに、少しづつ少しづつ黄色い砂を塗りつけていた。
塗り替えた塗装がボコボコと浮き上がったセダンや、タイヤの肩がひび割れた古いワンボックスワゴンや、奥には売り物かどうかも分からない錆の浮いたピックアップトラックが植木の木漏れ日をユラユラと身に浮けていた。そんな感じの場所だ。シック? 瀟洒? いや、そういうんじゃない。「うら寂れている」とでも言ったほうが正しい。
トタンの壁の、車が5、6台は入りそうな大きさの整備場があり、それと続きになって事務所が建っていた。軋むドアノブに手を掛けて扉を開けると、中では何人かのオッサンが酒を飲んでいた。おかしいな。なんだこれは。
「車を買いに来たんだが、⋯⋯英語、分かる? 俺は、車を、買いに来た」
この町の人間に英語が通じる可能性は五分五分といったところだった。それくらいの場所なら生活はなんとかなる。
安物の応接セットや、整備場から持ち込んだらしいオイル缶の椅子に腰掛けていた中年の男たちは、街をブラブラしている平均的なオッサンたちと変わらない格好をしていた。スーツにタイではなく、股間に白鳥の首を付けたバレリーナの下品なコスプレというわけでもなく(例えばの話だ)、たるんだ綿パンツや汚れたジーンズにチェックのシャツやら、そういう感じ。とにかくそんな中年の男達が、黙って俺の方を見ていた。
俺の声が壁やら天井に吸い込まれて消えてしまうと、男たちは一斉に、彼らのうちの一人の方を見た。オーバーオールにはオイルのシミが付き、痩せていてもみあげから顎に向かって茶色い髭が鬱蒼と生えている。頭にはツバの擦り切れたキャップを被り、それにはモチュールのメーカーロゴが貼られている。彼がガレージの主人らしかった。酒とタバコのガラガラ声で彼は言った。
「ここはもう閉店するんだよ。大した車は残ってないぞ」
なるほど。俺はどうやら微妙なタイミングにやってきてしまったらしい。
「いいよ。大それた車が欲しいわけじゃない。で、今日は⋯⋯」
俺は手のひらでオッサン達と転がったビールの瓶を示した。
「今日は休みだったか」
「いいや、やってるよ。ようこそ、ヴァンゲリスのモーター・ガレージへ」
彼が地元の言葉で短く何か叫ぶと、オッサン達は侵入者のために中断していたオッサン的友愛の感情を再開した。ヴァンゲリスが俺の隣にいたハゲで丸メガネのおっさんにビール瓶を投げて渡し、ハゲ丸のオッサンはベルトに下げた栓抜きで勢いよく王冠を飛ばすと瓶を俺に渡した。彼は何か言ったが意味は分からない。けれどメガネの奥の目を見ると、それがオッサン的歓待の言葉であることが分かった。俺はここで暮らす間にポツポツと憶えた地元の言葉を大きな声で皆に言った。
「コンニチハ!」
皆が笑い、オッサン的平和世界が俺を迎えてくれた。
打ち解けて一段落したところで(なんと短い時間で!)、俺はヴァンゲリスに欲しい車の要望を伝えた。
当面の目的は、大陸の横断である。ダンプカーが欲しいわけでもなければ、最新のスポーツカーが欲しいわけでもない。未舗装の道を通ることもあるだろうし、ルートによっては(それはまだ全く目処の立っていないものだが)水や食べ物、寝具なんかを積むスペースも必要になるかもしれない。よってあまりに小さな車は避けたい。などなどというようなことを、酒を飲みながらヴァンゲリスに話した。
彼は、その旅の計画の気ままさに少しばかり羨ましそうにし、そして楽しそうに話を聞いていた。彼の方としても自動車が好きでやっている商売なのであり、町の買い物グルマや農場のための小さなトラックを用意するのと比べると、ある種のエキサイトが感じられたようだった。
しかし大体のところを話し終わると、結局彼は残念そうな顔をした。
「ほとんどの車は売り切ってしまったんだ。先週までは四駆の手頃なRV車が残っていたんだが、それも商談がまとまって、ちょうど昨日渡してしまったのさ」
「表のセダンは?」
「あれは向かんと思うな。パワーのないオートマチックで、車体も重い」
「端っこにあるピックアップは、ヴァンゲリスのもの?」
「そう。あれを持ってかれるわけにはいかないな」
ヴァンゲリスは寂しく笑いながら言った。
酒を飲んでいた男の一人、ビールっ腹を突き出してテンガロンハットを被ったオッサンがやってきてヴァンゲリスに声をかけた。俺とヴァンゲリスのやり取りをヴァンゲリスの説明でおおよそ飲み込むと、彼は「そんなの簡単じゃないか」という様子で何事かを俺に言った。俺はヴァンゲリスに聞いた。
「なんて言ってる? 何か車が残ってるのかい?」
「あんたに車を譲ってもよいと言っている」
テンガロンのオッサンは顔に笑みを浮かべ、俺の方に向かって手のひらを立てた。「ちょっとここで待っていろ」という意味らしい。俺が返事をする前に、その男はドアを開けて外へ出ていった。部屋にいた他のオッサン達は、その様子を見て互いに何事か喋り出した。その言葉の中に「ティアーボロ」という発音が何度か聞き取れた。ティアーボロ⋯⋯、なんとなく不吉な響きがする。