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 この町の夜は早い。建物の明かりはあらかた消え去り、ぼんやりとした月の光が固土の道を照らしている。

 俺は随分とたくさん飲んだワインのおかげで、地から足の浮くような気分だったが、実際には足取りがのしのしと重い。なぜなら、肩にデオの重さを支えているからだ。


「そんなには飲めないならさ、開けないでもらってくればよかったじゃない。あれだけ空けてたんだから、それでも嫌な顔はされないって」


 俺はグデグデになって肩を任されているデオに言った。結局は、二皿目の料理を平らげて山盛りのチーズをデザート代わりに食べる間で、俺とデオは店からプレゼントされたワインを綺麗に飲み干してしまった。


「だってさ、礼儀じゃない? 悪いじゃない? せっかくああ言ってくれたんだからさ」


 デオが喋るたびに、俺の方からはデオの喉が震えるのが伝わってきた。


「でもさ、美味しかったでしょ? ね? もう嫌いじゃないでしょ?」


 俺は笑った。


「確かにな。とても美味い。とても美味い肉だった」

「食べ合わせがね、コツなのよ」


「なるほど。そうらしいな。なあ、もう自分で歩けない?」


「なによ、このわたしが負っかぶさってんのよ。あんたもっと感謝しなさいよ。有り難がりなさいよ」


 俺はため息をついた。この女の身体からは、美味い脂の焼ける匂いと飲みすぎたワインの匂いしかしない。重たいだけだ。俺は言った。


「休憩。タバコ吸わせてくれ」


「ハイ、いいわよ。わたしの一本あげるわ。特別よ特別」


 何かの商店らしい、戸の閉まった家の入り口テラスに腰掛けされてもらう。夜全体がふんわりとしているようで、とてもいい気分だ。


「ハイ」


 デオがタバコを乱暴にくわえさせてきた。口の周りをベタベタと触られる。その手は鬱陶しさと別に、ヒヤリと冷たい。


「おうおう、はいはい、ありがとな」


 俺はポケットをまさぐった。ライターが見つからない。


「んー⋯⋯ ボウッ!」


 デオはふざけてるみたいに言った。


「何言ってるんだよ」


 俺はタバコの煙を吸い込んだ。

 ⋯⋯火が、点いている。いつの間にかタバコに火が点いていた。俺は一瞬混乱したが、自分もひどく酔っているのだ。意識が途切れ途切れになり出しているだけだろう。


 煙をゆっくりと吹き出すと、そこには磯の香りのような、深い海で獲れた不思議な魚のような変わった匂いが含まれていた。

 このフワフワとした夜の空とどこかで接しているはずの海面下で、クジラが尾ビレを大きく一かきしたような気がした。

 海水の圧力がグルリとうねり、巨大な遊泳が海の向こうへと遠ざかる。


「うめーな、これ」


 俺はタバコを口の端にくわえたままデオに言った。けれどもデオは、木の手すりにもたれたままスウスウと眠り込んでいた。


「おい、⋯⋯おい、まだ部屋に着いてないぞ」


 俺はデオの膝の上に置かれたキレイな手に触れた。


「アチッ!」


 その肌は、急いで手を引っ込めてしまうほどに高温だった。頭がグルグルと混乱する。俺は恐るおそる、こんどはデオの額に触れてみた。ヒヤリと冷たい。


「どうなってんだ?」


 こんどはもっとおっかなびっくりになって、もう一度デオの手に触れてみた。それはヒヤリと冷たい。


「⋯⋯どうなってんだ⋯⋯」


 煙を吸い込むと、また遠くの海の中でクジラがククククと水を震わせた。まるで笑っているような気がした。

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