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俺たちの目からすれば、レストランは片田舎の町にある中くらいの等級のそれに見えた。ところどころで波打ったような木材が床に張られ、天井の照明は特に高級なガラスが使われているようにも見えない。
けれどもウェイターはこの店に大層な自信を持っているらしいことが窺えた。ビーチで焼いたような深い色の肌をした中年の男だ。肉付きがいい割に、顔の骨格の押し出しが強く、その印象は端正と言えなくもなかった。
彼は俺たち二人が店に入ると、愛想のいい声で迎えながらも格好を上から下までチェックしているようだった。いささか遠慮が足りないような気もする、触って確かめるような視線のめぐらせ方だった。
俺たちの格好は特に汚いものではなかったが、かといって特にフォーマルというわけではない。もちろんネクタイなんかしていない。ウェイターは短い身辺チェックの時間の最後に「これは」と気づいたような様子を見せ、どうやら上等な席らしいテーブルに俺たちを案内した。
⋯⋯といっても、テーブルと椅子の並びが柱に邪魔されてなくて、不自然な物陰ではないといったくらいのものだけれど。
イデオナが言葉少なにオーダーをした。ウェイターの気概とは別に、この店に時間を掛けて吟味するような複雑なコースやメニューはない。なんだかちぐはぐで、不思議な感じがする。
「私ね、こっちの方の勘はあるのよ。ここはシンプルで美味しい料理が食べられる店と見たわ」
彼女は横目で、チラリと店内を見た。ほとんど全部の席がよく見える。自分たちが座っているのはそんな場所だった。俺は言った。
「なんだか、あのウェイターずいぶん自信のある席に案内してくれたみたいだな。あっちの席の旦那なんかネクタイまで締めてるのにさ。なんか落ち着かない。俺たちが外国人だから?」
デオは意外そうな顔をした。
「あら、あの人はあなたの靴を見て席を決めたのよ。気がつかなかった?」
「靴?」
俺は足元を見た。そこに美しく深い反射の色があることを、俺は自分ですっかり忘れかけていた。何が価値基準を持つのか、いや、人が何に価値基準を見出すかはよくわからないものだ。
その日焼けのウェイターが席にやってきて、赤ワインの栓を抜いた。彼の動作は、あまり洗練されている方ではなかったけれど。二つのグラスにワインを注ぎ、彼はニコリと笑った。そこにはもう、店に入った時の探るような緊張感はなかった。
⋯⋯実はこれから嫌いな料理を食べるんだとは、彼には知られたくないものだ。デオがグラスを掲げて言った。
「乗せてくれてありがとう。さ、飲んで飲んで」
「それじゃ、遠慮なく」
俺たちは恭しいような顔だけしてグラスを上げ、それから笑って一口飲んだ。ボディのしっかりとした、随分と渋味の強いワインだった。俺はデオに言った。
「パンチがあるね」
「羊の肉には、これがいいのよ」
料理が来る前に、デオはパカパカとグラスに波々三杯のワインを胃に収めた。
「強いんだね」
「それほどでもないわ」
ステンレスのワゴンに乗って、それはそれは巨大な肉の塊が運ばれてきた。
よくはわからないけど、肋骨から肩のあたりの肉がスパンと気持ちよくぶった切られているような感じだ。
脂がシュウシュウと空気の中に散って行ってるのが分かる。湯気だけでむせ返りそうだ。
ワゴンを押して来たのは、さっきとは別の若いウェイターだった。彼は恭しく肉を切り分けかけたが、デオはそれを断り、肉の塊をテーブルに置かせて切り分け用のナイフと二股串を彼から取り上げてしまった。
いや、もちろん丁寧な動作と言葉を介したものではある。けれども若いウェイターの困ったような表情を見ると、それは「取り上げてしまった」と言って差し支えないように思えた。
彼女は俺の方にあった取り皿を肉塊の大皿の方に引き寄せ、鋭い目で料理を吟味した。白くて少し深さのある皿に、本当にただそれだけ、巨大な肉と脂の塊が乗っている。
「さすが、気前がいいわ」
「⋯⋯うん」
巨大な塊の前に俺は尻込みする。
「ほら、切ってあげるから飲んで飲んで、食べて」
「⋯⋯うん」
仕方なく(なんていうと失礼な感じがするな)、僕はその渋いワインを煽った。木の実を食べる鳥のような気分にさせられる。デオの操る鋭いナイフが、その最初の一突きを走った。




