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だいぶ陽が傾く頃に、俺たちは次の町に着いた。なかなかに大きく、活気のある町だった。道には屋台が出ていていい匂いをさせている。
野良らしい犬と、紐で飼い主の付いた犬がいた。野良に見える方も、周りにいる人間が皆で飼っているようなものかもしれない。屋台の食材の切れ端やらを食べて暮らしているのだろう。
小さなガレージは、民家が立ち並ぶ路地の中ですぐに見つかった。
廃車になった古い車のフェイス部分が、看板の代わりに支柱で高く掲げられていた。それは見事に錆び付いていて、まるでよそ者を驚かして追い返すために、荒くれ者の町の入り口に吊るされた頭蓋骨のようだった。
敷地の中には何台かの車が並べられていた。それぞれのホイールとバンパーに鎖が繋がれ、塀を支える柱にしっかりと留められていた。
工場部分の建物にはすべてシャッターが下ろされ、人気というものがなかった。エンジンを止めたシンとした静けさの中で俺は言った。
「あまりいい予感がしない」
デオは小さく肩を上下させた。
勘は冴えていたみたいだ。事務所の窓はブラインドが下ろされ、入り口には鍵が掛かっていた。
閉店の時間には早すぎるし、定休日などを示す手掛かりもない。俺は溜息をつき、夕日を受ける車の骸骨を見上げた。「よそ者、立ち入るべからず」か。
そこでデオの姿が見えないことに気がついた。
「デオ?」
呼びかけた声は、町の埃を運ぶ気だるい風に乗って消えていった。彼女の荷物は車の中に残されていたので、俺は少し待った。彼女はちゃんと戻ってきた。
「聞き込みをしてきたわ」
彼女はよく気がつくタイプなのかもしれない。手には屋台の売り物らしい油紙の包みを持っていた。
「ハイ、ここまでありがとう」
デオが渡してきたのは、チリソースと肉の挟まったタコス生地のような巻き料理だった。
「お、いいのかい?」
「言ったでしょ。わたしは礼儀正しいヒッチハイカーなのよ」
⋯⋯礼儀正しいが、紛らわしいところもあるけれど。俺は心の中で付け加えた。
「それで、聞き込みで何か分かったかい」
デオは油紙を注意深くめくり開けながら言った。
「ここの工場、ほとんど家族経営なんですって。それで、何日か前からみんなで旅行に出かけてしまっていて、まだしばらくは休みのままでしょうって」
俺はタコスのサンドを齧りながら言った。
「そりゃ、⋯⋯まいったね」
また二つ三つ先の町へ行けば修理工場くらいあるかもしれない。けれども、調子の悪い車であまり長い距離は走りたくなかった。
故障の感じとしては、あるところまで行ってガシャンと止まってしまいそうではなかった。
こういった場合、放っておいたまま長い距離を走ると傷口が広がっていくというのが俺の経験則だ。「もう少し早く手を入れればちょっとした修理で済んだんだけどね。これじゃまるごと交換しなきゃならないし、部品を探すのに少しかかるよ」とか、そういったことになりがちなのだ。こういう古い機械というのは。
「ねえ、もしかしてそれ嫌いだった?」
デオは自分の食事を食べ終えてから俺に聞いた。俺の方はまだ半分くらい残っている。タコスの中には、実は羊の肉が挟まっていたのだ。
「いや⋯⋯」
俺は口を濁した。まあ、飲み込めないほどではないし。
「食べながらでいいから、ちょっと診せてみて」
デオはボンネットの方へ回った。
「え、いいけど。(ングッ)機械、分かるのか」
「さあ。試しによ、試しに」
俺はボンネットのラッチを引き、デオがボンネットを引き開けて留めた。エンジンを掛ける。少しだけ暖めてから、アクセルを煽る。やっぱり4,回転の少し下くらいで、ビリビリという振動が出た。俺はデオに声を掛ける。
「どう 聞こえた? これだよ」
もうひと吹き。やっぱり同じように振動が出る。ボンネットの陰に隠れてデオの表情は見えない。
⋯⋯その向こうで彼女が「ふふ。懐かしきディアボロ号」と言って笑ったのが見えていれば、俺はもう少し早く彼女の秘密を確信していたかもしれない。けれどもそれは、ここにはない「もしも」の話だ。




