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 女は車から一歩下がった。右肩から重そうな荷物を提げている。それから左の手のひらを俺の方に出した。少し待て、というジェスチャーと受け取れた。


 ゆっくり、ゆっくりと、彼女の右手は上着の下に伸び、そこから一つの鉄の塊を摘まみ出した。俺はその物体を見て、また心臓を跳ね上げさせる。



⋯⋯それは拳銃だった。女が何を考えているかわからない。



 女は銃身が短いリボルバーのハンマーの部分を二本の指で挟み、キレイな形をした手の下にぶら下げた。

 もちろん、その状態で弾丸の撃発はできない。そして、その不気味にスローモーな動作のまま また一歩車に近づき、助手席の窓から拳銃を車の中に差し入れてきた。


 俺は自分の目に写っているものの意味がよく分からなかったが、ハッと我に返って、その物騒な物体を彼女の手から引ったくった。彼女の指は、特にそれには抵抗しなかった。


 俺は女の拳銃を奪った。女の両手は無防備なまま視野に入っている。奪い取った拳銃は、俺が自分の手で回転弾倉の辺りを乱雑に掴んでいる。ヒヤリとした金属の感触がある。

 俺は素早く、拳銃と女を順番に見た。女は相変わらず、口元にうっすらと笑みを浮かべているように見える。次の瞬間にその口が動いた。




「ライターよ」


 俺は目を丸くした。念のために(ガラス越しではあるが)外の方を向けて、拳銃の引き金を引いた。それは嫌に軽かった。

 ハンマーも動かず、弾倉も回らず、カチッと間抜けな音がして、銃口から青白いターボガスの火が出ただけだ。


 俺は2秒くらい火を出しておいてからトリガーを戻した。緊張の糸が切れる。女の方は荷物の肩帯かたおびを、揺するようにして直した。


「⋯⋯君は礼儀正しいヒッチハイカーみたいだね」


 女はサングラスをずらし、一対の形の良い目で俺を見て言った。


「最初から言ってるじゃない。ねえ、車に乗せてよ。歩きくたびれたの」


 俺は助手席側のリュックを座席の間から後ろに放り、手を伸ばしてラッチを引いてやった。女はドアを外から引き開け、シートを一度前に倒し、自分の荷物をリュックの隣に置いた。

 レバーの位置やら勝手やら、その動作はずいぶん手馴れているように見えた。


「行き先はあっちだけど、いいかい?」


 俺はその、傍迷惑はためいわくなライターで道の先を指した。


「ええ。ありがとうね助かるわ」


 女は疲れで息を漏らすようにそう言った。疑わしいものだと思った。女にライターを返し、俺はギアを入れて車を発進させた。


 変わらず不気味な色の禿げ地だった。俺は自分の顔に、小さく飛び回る風を感じた。ウィンドウが開いているのだ。スイッチでそれを閉めようとするかしないかという瞬間に女が言った。


「これ禁煙車?」


「いや、とくにそんなつもりじゃないよ」


 俺はステレオ装置の下から灰皿を引き出した(初めて触った)。中身は掃除してあるようだったが、灰受けの角が白くなっていて、使われたことのある形跡が残っていた。

 そして運転席側の窓も全開にした。運転中の喫煙はしなかったが、それは走りながらじゃ葉っぱを巻くことができないという実際的な理由のためだ。


「あ」

 女が声を出した。


「⋯⋯なにか?」


 その瞬間に、ステレオがパリッパリッとオートリバースする音が聞こえて、ブルーズが流れ始めた。

 音楽は、⋯⋯音楽はいつの間にか止まっていたのだ。それが再開した。


「ううん、なんでもない」


 気味が悪い。女は身をよじると、後ろに放った荷物の中をまさぐり始めた。まあ、あえて評価を下さなければならないとすれば、女のスタイルは良かった。

 けれどもこっちは、気味が悪くってそれどころじゃない。俺はガラス越しの道の先の方に顔を向け、息を細長く吹き出した。

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