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次の日は少し早い時間に出発した。「陽気なおっさん号」の不調を鑑み、日暮れまでの時間を稼ぐためだ。水とビスケットの入ったリュックを助手席に放り込み、俺は町を出発した。
昨日少年がいた場所にはまだ何も置かれていなかった。この町の人々はあまり朝早くからは活動しないらしい。
俺はその場所を通り過ぎて短いメインストリートを抜け、また草地と畑の間の道を進み始めた。
車の調子は昨日と同じくらいだ。アクセルを踏み込むと振動の始まる気配がある。
その手前の場所を探り探り、俺はギアを変え、ハンドルを小さく左右に傾ける。道は完璧な直線ではなかったが、曲がりくねっているというほどでもなかった。
空には相変わらず薄い雲が張っていたが、その日は不思議と周りが明るいような気がした。車とカセットの音以外、窓の外では一切の音が雲に吸い込まれてしまっているような気がした。明るい空気の中に、どことなく不吉な静けさが満ちている。
あるところまで来ると、道の左右の草はボロボロと禿げ退いていった。明るい茶色の土の地面は、どことなく生命の気配がない、白っぽい地質に変わっていた。
ルームミラーから車の上げる土埃を見ると、それは風に流されることなく道の上に留まり続けていた。まるで何かが持ち上がるのを見届けるために、次の用事に急ぐのを少しの間留保している通行人たちのような感じだ。無数の視線の圧力のようなものに、自分が包まれている気がした。
遠くに大地の稜線が霞んで見えた。その手前が緩い丘か谷のようになっているらしく、手前側の地平線とでも言うような、空気と地面の境界線が走っている。
その線は、今自分が走っている道路と交わるもう一本の道路だった。どちらも道幅が嫌に広いらしい。白い土の上は、特に何かの線を守ってハンドルに気を使う必要がなく、通り過ぎる車は少しずつ左右の道幅を広げるように固めていくようだ。
平らな十字路の様子がシートに座った俺の目に見えてきた。標識も、電柱も電線もない。
カセットテープの音楽に突然ノイズが走ったのはそんな時だった。何かが素早く身体を引きずるような音がして、音楽は一瞬止まる。
俺はハッとしてステレオの装置を覗き込むが、次の瞬間にはブルーズは滑らかに流れた。スライドギターと、気まぐれに放り投げられた遠吠えのような声がメロディーの上に鳴った。そして俺は、顔を上げて前を見た。
俺は慌ててクラッチとブレーキを踏んだ。今まさに通り過ぎようとする十字路の道端で、誰かが親指を突き出している姿が目に飛び込んだからだ。その前を少し通り過ぎたところで、車は地面の砂を掻きながら止まる。
俺はゆっくりと頭を回し、その人影が立っていたところを見た。そこには、誰もいない。
「いい車ね!」
車の外から女の声がして、俺の心臓は肋骨の内側を跳ねた。声のした方、反対側の助手席の窓の外に、黒い上着のほっそりとした人影が立っている。
黒染めの、分厚いキャンバス地のような上着だ。その誰かは身体を曲げ、ルーフの縁からサングラスを掛けた顔を覗かせた。
健康的な肌をした東洋人のように見えた。そして俺は気がついた。怪しく思いながら、そちら側の窓を下げて、まず女の言ったことを繰り返した。
「『 い い 車 ね 』 ⋯⋯なあ、どうして俺が日本人だと分かった」
女は黙ったまま、真っ黒なサングラスの中から何かを見ていた。車の中を見ていたのかもしれないし、俺の格好を検分していたのかもしれない。
その口元は僅かに笑みを作っているように見えた。あるいは、もともとそういう顔なのかもしれない。自動車強盗だろうか。俺は、一度ニュートラルにした車のシフトノブに手を載せようとした。
「わたしは強盗じゃなくてヒッチハイカーよ」
俺の手が動いたか動かないかのうちに、女はそう言った。
話し方には訛りがなく、生まれた頃からか、あるいは相当に長い間、俺と同じ言葉を話して暮らしてきたように思えた。落ち着いた、聞きづらい所のない言葉が発声されている。
彼女の上着の前は開けられていた。グレーの生地の服で、その胸の下あたりには太いベルトが横に巻かれていた。俺はそれをチラリと目に留め、それから言った。
「失礼かもしれないが、それ、⋯⋯鉄砲のホルスターなんじゃないの?」
彼女はふと気づいたように、左脇の方に小さく顔を傾けた。茶色の、緩いクセのついた髪が柔らかそうに動いた。
「なるほど。そうも見えるか⋯⋯」




