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俺は部屋を取って荷物を置いた。それから、さっき見えたカフェか何かの店に向かって町を歩いた。ほとんど暮れかかった日の光は、町を漂う砂やガスの塵に反射して、赤っぽく垂れ込めているようだった。町の建物はどれも古ぼけて見えた。
ホテルは灰色のコンクリートだったが、他の建物は土の壁のように見えた。その上に木造の二階部分が乗るような格好になっている。でも、本当に泥で作られた壁が長い年月の風雨には耐えられないだろう。
土を含んでいるのは、きっと表面に塗られた漆喰の素材だ。もしかしたら見た目ほどには古くないのかもしれない。違った国々には、違った煉瓦と壁がある。それぞれの人々がそれぞれの娯楽やら意見なんかを持っているように。
店はカフェ兼バー兼食堂だった。何人か座っている客たちは男ばかりで、食事はせずに酒を飲んでいた。俺もそれに倣い、席についてまずはビールを頼んだ。手振りと、ゆっくりとした簡単な英語で、若い店員にそれを伝える。奥には太った年かさの男がいて、二人は鼻の形がそっくりだった。親子でやっている店なのかもしれない。
丈夫そうな高い台の上にブラウン管の大きなテレビがあり、店の全体に聞こえる音量でニュースの番組が流れていた。
ベニヤ板のように硬そうに見える背広を着て、ネクタイを締めた端正な顔立ちのニュースキャスターが原稿を読み上げ、その間にVTRが流れた。
酒を飲んでる男たちはそれをチラチラと見て、それから離れた席にいる人々同士でひとしきり内容について意見を飛び交わせた。
その店にはあまりしっかりしたメニューはないらしい。俺が食事を頼むと、羊の肉か白身の魚のどちらがいいかと、その若い店員は聞いた。羊の肉。実はこれが、俺の数少ない「苦手なもの」であった。魚の料理を注文した。
羊の肉。日本で食べるジンギスカンのように、一切れが細かくて完全に火が通り、タレにつけるようなものは平気だ。しかしこの国に来てから一度だけ食べた巨大な骨つきの塊はどうしても口に合わなかった。外がよく焼けていても、塊の内側は脂水煮のようになっているやつだ。
独特の匂いがジュッと溢れ出して、細かい飛沫になって肺だの鼻腔だのを駆け回る強いクセ感のようなものがどうしても受け付けなかった。白人が納豆を食べた時の苦手感に近いものだと推測している。
町に食料が尽き、それを食うか死するかという段になれば、俺もきっとそれを仕方なく栄養として生き残るだろう。けれども、他に選択肢のあるときに敢えて選ぼうとは思わなかった。
好き好きというのは嫌いの形でもある。周りの男たちも料理を頼んで食事を始める者がいた。その羊の匂いが店の中に充満する。自分の食べてる魚の白身からも、羊の脂が染み出しているような感じがした。参った。白身魚とパンを平らげて、俺はホテルに戻った。
次の日は少し早い時間に出発した。「陽気なおっさん号」の不調を鑑み、日暮れまでの時間を稼ぐためだ。水とビスケットの入ったリュックを助手席に放り込み、俺は町を出発した。昨日少年がいた場所にはまだ何も置かれていなかった。この町の人々はあまり朝早くからは活動しないらしい。
俺はその場所を通り過ぎて短いメインストリートを抜け、また草地と畑の間の道を進み始めた。車の調子は昨日と同じくらいだ。アクセルを踏み込むと振動の始まる気配がある。その手前の場所を探り探り、俺はギアを変え、ハンドルを小さく左右に傾ける。道は完璧な直線ではなかったが、曲がりくねっているというほどでもなかった。
空には相変わらず薄い雲が張っていたが、その日は不思議と周りが明るいような気がした。車とカセットの音以外、窓の外では一切の音が雲に吸い込まれてしまっているような気がした。明るい空気の中に、どことなく不吉な静けさが満ちているのを背中にヒタヒタと感じながら、俺はひたすらにハンドルを握って進んだ。




