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RE:collection of Justice D*RE:am  作者: カザハラ
chapter1 夢の入口 クロッカ王国
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chapter 1-2

 イールさんの家がある林から、真っ直ぐ対角線上に進んだ反対側。そこに位置する「ハルジオン地区」に僕達は入りたかったのだけど、地区の周りは深い谷で囲まれ一見すると浮島の如く孤立していて、そんな地区へ入る唯一の道である橋は、見事に爆破され橋の真ん中が崩れ落ちていた。


「ごっ、ごめんなさい〜〜!そんなつもりじゃなくてえ〜〜!」


 壊れた橋のすぐ近くでえぐえぐと泣く、橋を爆破した犯人の女性をキーリくんがよしよしとなだめる。その横で、イールさんは大きく溜息をつくと、右肩を左手で押さえながら右腕を回してコキコキと関節を鳴らした。


「坊や、夢の世界ではこうしていろんな問題にぶち当たることがあるやもしれない。だから、今からあたしがすることをよく見ておくんだよ」


 イールさんは僕に振り向かずにそう言うと、目を閉じて回していた右腕をバッと橋へかざした。


「花の魔女が命じる。汝、我が想像力を持って、元の姿に戻りな!」


 次の瞬間、橋全体がぱあっと白く輝くと、どこからともなく現れた濃いマゼンダ色のバラの花びらがハラハラハラと橋を包み込むように集まってくる。そしてイールさんがカッと目を見開いた時、光と花びらが同時に弾け消え、どこも壊れてなどいない、元通りにこちらと向こう岸をしっかりと繋ぐ橋がそこにあった。

 明らかに、橋の時間だけを巻き戻したように見えた。


「イールさんも時魔法が使えるんですか!?」


 初めて出会う、僕以外の時魔法使い。僕は興奮を少しだけ隠せずに、思わずイールさんに聞いてしまった。だけどイールさんは、にこりと笑って首を横に振る。


「違う。まず言っただろう?ここは夢の中であたしの世界。あたしがこうであれと()()()を注ぎ込めば、その通りに変化する。だから時魔法じゃないよ」


 と、イールさんは話しながら人差し指を立てると、ひょいひょいと淡いマゼンダ色にほんのり光る軌道を残しながら空中に何かを描くように動かした。全て書き終わると、イールさんは僕に対して、文字のような形に残った光の軌道の下に手を出すように促す。それに僕が従うと、イールさんがパチンと指を鳴らした。その途端に光は消えて、消えた場所からコロンと、金色のバングルにバラの花びらのような宝石が一つ埋め込まれた腕輪が僕の手の中に落ちてきた。


「それはこれから旅立つあんたへの餞別さね。その腕輪の中にはあたしの()()()が注いである」


「花、魔法……?」


 初めて聞く魔法だ。この世界の魔法という学問は、まだまだ未解明なことが多い。基本属性とされる、光、闇、炎、水、風、地、雷、そして時以外にも、そう言った魔法が存在していてもおかしくはないし、いくつかは知っていた。だから別に不思議なことではなかったわけだけど、僕の知らない魔法の名前だったので驚いた。


「おやおや、あたしの二つ名もう忘れたのかい?あたしは“花の魔女”さね。使うのは花魔法に決まってるじゃないか!」


 ははは!と高らかに笑うイールさんの横にキーリくんが戻ってくると、目をキラキラとさせながら話し出す。


「お師さんの花魔法はすごいんです!花魔法というのは、人に幻を見せたり夢を操ったりする、幻惑に特化した惑わしの魔法!お師さんの場合は特に夢を操る力に特化していて、この夢の世界もお師さんが魔法でみんなの夢を一つの世界にまとめあげたんですよ!!お師さんはすごいんです!!」


 薄々そうなんだろうとは思っていたけれど、興奮気味に捲し立てるキーリくんはやっぱりイールさんのことを本当に慕っているみたいだ。自分のことのように胸まで張るんだから絶対にそうだ。


「ま、とにかく橋は直ったんだ。案内人に会いに行こうじゃないかい!」


 僕とキーリくんの背中をポンポンと急かすように押すと、イールさんはカツカツと高いヒールを踏み鳴らしながら橋を渡って行く。


「お師さん!まってくださいー!」


 慌ててトテトテとついて行くキーリくんに続くように、僕も橋へと踏み出した。



 *



「で、お弟子。この地区に一番最後に来た子の家はここで合ってんのかい?」


 イールさんが、ジトっとした目で目前の目的地を見ながらキーリくんに問いかける。


「は、はい、合ってるはずなんですけど……」


 逆にキーリくんは困ったように、両手で広げた大きな地図と目的地とを何度も交互に見ては頭を捻る。


「これのどこが家なんだい!完全に空き地じゃないのさ!」


 耐えきれなくなったイールさんが怒鳴った通り、キーリくんの案内できた場所には家などなく、綺麗な空き地だった。一応ここは住宅街のようで、空き地の隣にはきちんと他の家がきれいに立ち並んでいたのだけれど、何故かここだけ、行きたかった家の住所の土地だけぽっかりと何もなかった。


「お弟子!ちゃんと案内したのかい!?家まで無いって別の場所に案内したんじゃないのかい!?」


「ここにきちんと案内しましたよー!その時は家だってありましたもんー!」


 ガーっと詰め寄るイールさんに、キーリくんは「(>Д<)」という顔になりながら弁論する。縮こまるキーリくんがなんだかかわいそうに思えてきて、僕が間に入って取り繕おうと手を掲げた時、イールさんの顔つきが変わった。

 イールさんは、くん、と何かの匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。そして、深刻そうな顔で空き地に目をやった。


「なるほど、ナイトメアが入り込んだってわけさね」


 ナイトメア……?

 またもや飛び出す聴き慣れない単語に、僕が首を傾げる一方で、キーリくんがビックリしたように飛び上がる。


「ナ、ナイトメアですか!?そんな気配一切しなかったのに!」


 キーリくんはナイトメアが何なのかわかっているようで、あわあわと地図を開いたり閉じたり意味のない行動を繰り返している。二人の様子から良くないものなんだろうな、ということはわかったけれど、正直ピンとこない。

 そんな僕の反応を見て察したのか、イールさんはナイトメアについて説明してくれた。


「ナイトメアっていうのはね、悪意を具現化したようなものさ。良くない気持ちを持った人が眠りにつくと、こうしてたまに入り込んじまう。簡単に言えば現実世界で言うところの魔物と似たようなもんさね」


 イールさんはそこで解説を終えると、また鼻を強く、くん、と鳴らした。


「いいかい坊や。坊やの案内人は、おそらくナイトメアに拐われた。だから取り戻しに行くよ」


 僕にそう言いながら、イールさんはパチンと指を鳴らす。すると、取手に棘とバラの装飾が施された大きな虫眼鏡がイールさんの手の中に現れた。


「夢の世界といっても、夢の中にいるあたしらにとっては夢もある意味現実。だから、坊やも普段通りに魔法を使えるから安心おし」


 と、イールさんはまだあたふたするキーリくんの肩をポンポンと叩く。叩かれたキーリくんはイールさんが虫眼鏡を構えていることに気がつくと、ずっと開け閉めしていた地図を再びパッと大きく広げた。キーリくんが持っていた地図は、ハルジオン地区の地図。だけど、キーリくんがスッと目を閉じた瞬間、地図に書かれた文字が、記号が、グニャグニャと動き出し、大きさを変え、位置を変え、地図が示す範囲を書き変えていった。


「お師さん!」


 キーリくんがイールさんにそう声をかける頃には、地図の中身はハルジオン地区からクロッカ全体へと変わっていた。


「修行は順調のようだねお弟子」


 そう言ってイールさんがキーリくんの頭をわしわしと撫でると、キーリくんはにへらと顔を緩ませた。そんな感じでひとしきり撫でてから、イールさんは虫眼鏡を地図へかざす。


「どれどれ……?」


 ぐるぐると地図の上で虫眼鏡を動かすイールさんはら何かを探している風だった。僕も地図を覗き込んで、虫眼鏡の動きを目で追っていると、ピタリ、と虫眼鏡が止まった。


「ここかい」


 イールさんが険しい顔をするのもわかる気がした。虫眼鏡が止まったその地点は、地図上では何ともなかったものの、虫眼鏡のレンズ越しに見ると黒々としたモヤのようなもので覆われていた。嫌なものがそこにあるんだなと言うことは、僕でもすぐわかる。


「坊や!お弟子!リンドウ地区に行くよ!」


「はいっお師さん!」


 素早く指を鳴らして虫眼鏡を消すイールさんと、同じようにささっと地図を畳んで鞄にしまうキーリくんは、そのままくるりと方向を変えてタッタカ走り出してしまった。

 僕はここに来たばかりで土地勘がないのだから、ちょっとぐらい待ってくれてもいいと思うんだけど、二人はそんな考えちっとも持っていなかったみたいで、後から慌てて追いかける僕に全くペースを合わせてくれなかった。



 *



 なんとか二人を追いかけて、僕はリンドウ地区へ来た。

 リンドウ地区は、クロッカの東側の端にある地区だった。ハルジオン地区からここに来るまで、いろんな地区を僕たちは突っ切ってきたのだけど、どの地区も明るく和気藹々としていた。風船をたくさん持って空を跳ぼうとしている人、沢山の鳩を出して魔法の練習をしている人、お菓子をたくさん配る人や、とても大きいケーキを作る人、噴水のある広場の前で、綺麗な歌を歌う人、いろんな人が、思い思いの夢を描き笑い合っていた。だけど、このリンドウ地区だけはそうではなかった。地区の中には楽しそうに夢を続ける人は一人もいなく、みんながっくりと項垂れ座り込み、元気も覇気もない。そんな地区に僕も足を踏み入れた途端、深い虚無感に襲われた。なんだ、この、絶望感は。苦しい。辛い。泣きたい。立ってられない。

 どすん、と僕は地面に膝をつく。無理だ。怖い。死にたい。ここにいたくない。

 僕の様子に気づいたのか、キーリくんが僕に視線を合わせるようにしゃがみ、僕の背中をさすり出した。すると、なんだか気持ちが楽になってきた。ポワポワと優しい光が、キーリくんの手からゆっくり僕を包み込む。とても暖かくて優しい光だ。苦しさが、絶望感が、徐々に僕の中から消えていった。

 僕は、この魔法を知っている。何度も何度も助けられた、この魔法を……。


「楽になりましたか?へへ、ボクこう見えても光魔法が得意なんですー!だから回復魔法もお手の物ですよー!」


 落ち着いた僕から手を離して、へへんと鼻を擦るキーリくんだったけど、僕はその仕草さえもなんだか懐かしく思えてきて、それと同時にもう二度と会えないんだという喪失感から自然と涙がこぼれてしまった。

 僕の妹、イブニーも光魔法による回復魔法が得意だった。僕やデュランが怪我をするたび、魔法で治してくれた。そんな、優しい妹は、僕を庇って死んでしまったんだ……。

 ボロボロと涙を流す僕にキーリくんはギョッとするとあたふたしだした。キーリくんは無関係だから申し訳ないとは思うものの、涙を止めることができない。

 そうか、僕、まだちゃんと受け止めきれてないんだ、妹の死を。僕が最後に見たのは、赤い水溜りに横たわる、幼い体。あの光景が頭をよぎり、僕に現実を突きつけた。


「いつまでも泣いてんじゃないよ、男だろう?」


 イールさんが厳しい顔で僕を叱る。うん、イールさんの言う通りだ、ここで泣いてたってイブニーはもう帰ってこない。泣く暇があったら僕は僕にできることをするべきだ。もう二度と、イブニーのような犠牲者を出さないためにも、僕は早く目覚めて闇の大蛇を止めなきゃいけないんだ。

 ゴシゴシと目を腕で擦り涙を拭いて、パン、と両頬を叩いて気合を入れ直す。


「……すみません、もう大丈夫です」


 僕は立ち上がり、イールさんに頷いて見せた。


「ナイトメアは、今みたいに人の心の隙をついて弱らせる。だから、強い気持ちを持ってないとすぐ飲み込まれるよ。この世界にいる間は、常に強気でいな」


 そう、イールさんは僕にアドバイスを投げると、さて、と腰に手を当て地区をぐるりと見渡す。


「結構強いのがいるねえ……大元探しより先に、つられて集まってきた雑魚どもを片付けようかい」


 お弟子、とイールさんがキーリくんに合図をかけると、キーリくんは鞄からゴソゴソと羽ペンと先ほどの地図を取り出す。地図を地面の上に広げると、クロッカ全体の地図から今度はリンドウ地区の地図に変化していて、そこにキーリくんは羽ペンで次々と丸を書いていった。

 シャッ、シャッと乾いた音と共に丸がどんどん増えていく。そうしてひとしきり書き終わると、キーリくんは羽ペンを空中にかざし、さっきイールさんが指でやったように、そのまま空中に黄色い光の軌跡を残しながら何かを書いていく。


「隠れても、む、だ、だ、よっと」


 そう言いながら最後まで書き終わると、その瞬間、地図に書いた丸に対応したリンドウ地区の場所がパァッと光りだし、その場所からふわふわと黄色い光の気泡のようなものがゆっくり現れ浮き上がった。

 その気泡の中には、見慣れない姿の何かが蠢いている。まんまるのウサギのような、蝙蝠のような、毛が黒く全体的にフワフワしていて、だけど目は赤く所々骨のような外殻を持った生き物があちこちで気泡に閉じ込められもがいている。


「こいつらがナイトメアさね。意外と可愛い見た目してるだろう?ま、雑魚だからね」


 ククク、と何故か悪い顔で笑うイールさんの手にはいつの間にか鞭が握られていた。荊棘を模したような小さな棘つきの鞭をにっこりと構えると、イールさんはヒュン、と振り回し始めた。

 ヒュンヒュンとどこからともなく現れるマゼンタのバラの花びらと共に、鞭はナイトメア達だけを気泡ごと打ち抜き切り裂き仕留めていく。鞭が当たったナイトメアは短い悲鳴を上げると、さらさらと砂が風に吹かれて崩れるように消えていく。

 あっという間に、気泡に閉じ込められていたすべてのナイトメアが消えてしまった。すると、今まで項垂れていたリンドウ地区の人々の顔色が明るい色に戻り始め、顔を上げる。キョロキョロと辺りを見渡したり顔を見合わせたりして、今の虚無感はなんだったんだと首を傾げていた。


「さてお弟子。残った印はあるかい?」


 パチンと指を鳴らして鞭を手の中から消したイールさんが、地面に広げたままの地図を覗き込む。僕も一緒に覗き込んでみると、キーリくんが地図に書いていた丸印がほとんど消えていた。ただ一箇所だけを除いて。


「ここかい」


 イールさんは唯一印が残った場所を確認すると、そこへと足を向け進み出す。キーリくんも素早く地図を畳んで鞄にしまい、イールさんの後を追いかけていった。

 あの虚無感の元凶が、そこにいる。僕は深く深呼吸をして、自分の武器である先端が三日月型の黄色い杖を強く握り直した。



 *



 二人に少し遅れて僕がその場所へたどり着くと、イールさんとキーリくんと、一人の男がとある家の前で対峙していた。


「だから!俺は知らねえって言ってんだろ!」


「だから、バレてるんだよあんたのやったことは。さっさと認めたらどうだい」


 呆れたようなため息と共に男に言うイールさんだったけれど、男は引き下がる様子はなさそうだった。


「だから知らねえって!バレたも何も知らねえんだよ!」


 しらを切り続ける男に、イールさんはもう一度大きくため息をついた。


「埒があきませんねえ、お師さん」


「そうさねえ」


 困ったようにイールさんを見上げるキーリくんにイールさんも困ったように言葉を返したその時、ふわっと強めの風が吹いた。

 ぴゅう、とキーリくんのふわふわした薄いブロンドの前髪が煽られ、キーリくんの少年にも少女にも見える、中性的で端正な顔立ちが露わになる。光に反射してキラキラと星のように煌く琥珀色の瞳が、風に驚いたのかギュッと閉じられた。


「わわ、びっくりしたあ……」


 目をこしこしと擦り、何かゴミが入っていないか確認するキーリくんを、男が血走った目で凝視していた。


「……ここにもいた」


 ボソリと呟いた男の言葉に、イールさんもキーリくんも不思議そうに頭をかしげる。

 僕は、なんだか嫌な予感がした。どうやらそれは正しかったようで、次の瞬間、男の顔が豹変した。


「ブロンドの少女ォォォ!!」


 そう男が叫ぶと、どす黒いヘドロのような巨大な手が、男の背中を突き破って出てくる。


「お前もォォォ!!俺のコレクションにィィィィ!!」


 その叫びに呼応するように、黒い手がぐわっとキーリくんへ伸びていくとガッとキーリくんの全身を握るように捕まえた。


「お弟子ッ!」


 すかさずイールさんが再び鞭を出し、男の手に向けて振るう。ビシッと鞭は手を手首から切り裂き分離させた。が、すぐにぐちゃぐちゃと切断面は再生され繋がる。


「あんたッ!その子を今すぐ離しな!」


 もう一度イールさんが鞭を振るい切り落とそうとすると、男の口からずるんと黒いヘドロの手が伸びイールさんの鞭をギチっと掴み止めた。


「お師さん……っ」


 ギリギリと男に全身を締め上げられながらも声を絞り出して師匠を気にかけるキーリくんに、イールさんは掴まれた鞭をパチンと指を鳴らして消すと、男へ手を突き出し手先に魔力を貯める。

 血管を浮かばせながら手先に、指先にぐぐぐと力を込めていくと、手のひらに薄い赤紫の球が形成されていく。


「お弟子、今すぐに解放してあげるよ!」


 カッと目を見開いてそう叫ぶと、イールさんは赤紫の球を男めがけて打ち込んだ。パァン、と球は男に当たると、男の口から出ていた腕がずるんと男から抜け出た。


「ヒッ」


 僕が思わず悲鳴を上げてしまったのも無理はないと思う。男から出てきた腕は、いや、腕のような何かは、植物の球根のような核から芽のように腕が生えていた。そして、苦しそうにビクビクと踠いていて、とても気持ち悪かった。

 だが、男から出たのはこれだけ。背中から生える腕は相変わらず男と繋がったまま、キーリくんをギチギチと締め上げている。


「じゃゃゃまをぉおおぉ、するナぁぁああぁあ!!」


 口から黒ヘドロをぼたぼたと垂らしながら男がイールさんを指差すと、苦しんでいた球根の腕がビチッと跳ねて、バッとイールさんに飛びかかる。

 腕はもう片付いたと油断していたのか、予想外の場所からの攻撃にイールさんは反応ができなかったようで、そのまま腕に首を掴まれギリギリと締め上げられた。


「カハッ……!き、貴様……ッ!」


 強い力でイールさんの気道が圧迫されていく。イールさんの顔がどんどん青くなっていく。


「じゃゃゃまものはぁぁあぁあ!そこでしねぇぇえぇええ!」


 汚い笑い声を上げながら、男はイールさんから背を向けるとそのまま家の中へと入っていこうとする。

 ……僕は、杖をクルクルと回してイールさんへと向けた。


「時魔法、“巻き戻し(リロード)”!」


 バシュッと僕の杖先から緑の光が、イールさんの首を締める腕に飛んでいきぶち当たる。その途端、腕は時間が巻き戻ったように、するすると今までの動作を()()()しだし、イールさんの首を離し、ストンと地面に戻り、ビチビチと苦しみもがく、イールさんの花魔法が当たった直後の状態へ戻る。


「けほっ、ナイスだ坊や!」


 首を抑えて呼吸を整えながら、イールさんはびたびたとする腕に近づくと、その球根状の核を高いヒールブーツで思いっきり踏みつぶした。

 グチャ、という音がして核が潰れると、腕は動きを止めだらんと地面に倒れる。そうして、雑魚ナイトメアが消えた時のようにサラサラと腕と球根も風に乗って崩れていく。


「追いかけるよ!」


 腕が完全に消え去るのを待たずに、イールさんは男が入った家へと駆け出す。僕も杖を構え直すと迷わずに家の中へと突撃した。

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