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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不死身だけが取り柄なのでポーション職人の専属実験体になろうと思います。

作者: 結城 からく

 森の中にひっそりと建つ小屋。

 俺はそのそばで庭の掃除をしていた。


「ふぅ、いい天気でよかったな」


 午後の陽光に目を細めながら、俺は自然と微笑む。

 この暖かさが何とも気持ちいい。

 その辺りに転がって一眠りしたいくらいだった。


 無論、先に掃除をしなければいけない。

 ただ掃除と言っても、簡単な作業である。


 策に囲われた範囲内の落ち葉や枝を除き、少しばかりの雑草を抜くだけだ。

 あとは育てている植物を傷付けないように注意すればいい。

 ここ最近の日課なので手慣れたものだった。


 軽快に掃除を進めていると、小屋の扉が勢いよく開いた。


「リュイ君! リュイ君っ!」


 俺の名を呼んでいる。

 どうやら仕事の時間らしい。


 俺は小屋から現れた人物を見やる。


 こちらに駆け寄ってくるのは、長身の若い女だ。

 髪は紫色のセミロングで、袖の余った皺だらけの白衣を着ている。


 かなりの美人だが、だらしない恰好がそれを台無しにしていた。

 本人が外見を気にしない性格なので仕方ない。

 もっとも、常に格好が整っていたら今度はこちらが落ち着かなくなるので、今のままがちょうどいいのだろう。


 俺は草抜きの手を止めて立ち上がる。


 彼女の名前はクロア。

 各地を旅するフリーのポーション職人であり、現在は俺の雇い主だ。


 クロアの掲げる手には、ポーションの入った小瓶が握られていた。

 おそらく彼女が自作したものだろう。

 いや、絶対にそうだ。


 ポーションの色は冗談のように毒々しく、なぜか激しく泡立っている。

 うっすらと煙も発生させていた。

 微かに異臭もする。


 クロアはそんな危険物を俺に差し出してきた。


「今日はこれなんだけど、お願いできそう……?」


 潤んだ瞳。

 クロアは不安そうにこちらを見上げてくる。


 これはもう……反則だ。

 断るという選択肢は残されていなかった。


 庇護欲を誘う視線から目を逸らしつつ、俺はポーションを受け取る。


「……ああ、分かった。仕事だからな」


「ありがとう! さすがリュイ君だねっ!」


 クロアは一転して笑顔になった。

 全身から嬉しそうなオーラを放っている。


 直前までの態度が嘘のようだ。

 期待に満ちた眼差しを向けてくる。


 そのギャップに負けた俺は、ポーションを少しだけ口に含む。


「…………」


 舌にぴりぴりとした違和感を覚える。

 強烈な酸味もセットだ。

 本能が全力で警鐘を鳴らしている。


 これは、マズい。

 嫌な予感がするものの、吐き出しては仕事にならない。

 何より目の前のクロアがショックを受けてしまうだろう。


 俺は意を決してポーションを嚥下する。


「――――ッ!?」


 声にならない呻き。

 次の瞬間、俺は吐血しながらぶっ倒れた。


 全身が痙攣を始める。

 呼吸も満足にできなくなっていた。

 さらに足元から凍えるような寒気が襲ってくる。


「きゃっ、リュイ君!?」


 両手で口を覆って驚愕するクロア。

 まあ、目の前で血を噴き出しながら痙攣を始めたのだから当然の反応である。


 彼女はしばらくあたふたと何かを探していたが、やがて俺の隣にちょこんと座った。

 探し物が見つかり、準備ができたようだ。

 羊皮紙と羽ペンを持ったクロアは、小首を傾げて尋ねてくる。


「今回はどんな症状?」


「……全身の麻痺と寒気。呼吸器官にも不自由がある。他にも内臓が焼けるように痛い」


「ふんふん、なるほど」


 辛うじて喋って答える俺に対し、クロアは真剣にメモを取っている。

 時折、俺の容態をじっと観察していた。

 傍目に分かる症状と、こちらの回答を合わせて記述しているのだ。


 この時だけはクロアも真面目な調子で、慌てた様子も鳴りを潜めている。

 それだけ集中しているのだろう。

 だからも俺も、息も絶え絶えに全身の異常を伝えていく。


「……ん?」


 その途中、地面に転がる小瓶に気付く。


 俺が取り落したポーションだ。

 運よく割れなかったらしい。


 小瓶の口から中身がこぼれて地面を濡らしている。

 その箇所の草だけが見事に枯れていた。

 変色してほとんど腐っているような状態である。


 喉の焼けるような痛みを自覚しながら、俺は思わず苦笑した。


(まあ、いいさ……どうせ死なないのだから)


 この世界の神から人間に授けられる特殊な能力――祝福。

 俺はその中でも非常に珍しい【不死身】の取得者であった。


 文字通り絶対に死なず、どんなダメージだろうが時間経過で肉体が再生して消し去る。

 傭兵にでもなって戦場に出向けば、たちまち英雄となれるだろう。


 しかし、そういった争いが嫌いな俺は、のんびり暮らしていきたかった。

 別に死なないからと言って、わざわざ血生臭い殺し合いをする義務が生じるわけではあるまい。


 そんな俺が選んだ仕事は、ポーションの実験体となることだ。


 旅の合間に作成されたポーションを飲み、その効能を伝えるのが主な内容となっている。

 クロアに出会って勧誘を受けた当時は、とても楽な仕事で最高じゃないかと舞い上がったものだが、今では若干後悔していた。


 何を隠そう、クロアはポーション作りが絶望的に下手なのだ。

 どんな材料からでも劇薬を生み出すその腕は、もはや天賦の才と評してもいい。

 俺に【不死身】の祝福がなければ、とっくの昔に死んでいただろう。


「うーん、今回は何が駄目だったんだろう……」


 過去を振り返る俺の横で、クロアは難しい表情で悩んでいた。

 顔の前でポーションの小瓶を揺らし、ぶつぶつと何事かをつぶやいている。


 体調がマシになってきた俺は、上体を起こしてクロアに訊いた。


「ところで、何のポーションを作るつもりだったんだ?」


「疲労回復だよ。最近のリュイ君、お疲れ気味っぽかったから元気になってほしいなぁって……でも、逆効果だったね」


 答えたクロアは肩を落とす。


 今のポーションが疲労回復用だったことに絶句しそうだが、ここで黙るのは駄目だ。

 フォローに回らなければならない。

 俺は震える手を動かして、クロアの肩にそっと置く。


 不思議そうな表情をするクロア。

 俺はなんとか笑みを浮かべて告げる。


「大丈夫だ。しっかり元気になった」


「あっ」


 俺はクロアからポーションを奪い取った。

 中身はだいぶこぼれたが、まだ三分の一くらいは残っている。

 やはりどう見ても毒物としか思えない。


 なんだか先ほどよりもとろみがある気がする。

 小瓶の底に濃度の高いものが溜まっていたのか。


 刺激臭が鼻腔を荒々しく撫でる。

 目にも染みて涙が滲んできた。


「…………」


 クロアのポーションを飲むのは、何度経験しても躊躇する。

 死にはしないものの、それに匹敵する苦しみを味わうのは確実なのだ。

 しかし、ここで逃げれば彼女を悲しませてしまう。


 覚悟を決めた俺は、目を閉じて特製ポーションを呷る。


(こ、これは……ッ!)


 熱い液体が舌の上から喉元へ流れていく。

 まだ、行ける。ギリギリ行ける。


 正確な効能を見極めなければ。

 それが、クロアと交わした仕事なのだ。

 俺は専属の実験体として役目を果たすのである。


 そうして致死的なポーションに蝕まれること暫し。

 ひたすら耐え抜いた末、カッと目を見開く。


 ――凄まじい頭痛と吐き気と苦みと強酸のような刺激に苛まれながら、俺の意識はぷつりと途絶えた。

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