将来の夢
2話目の投稿になります。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
4月11日(金)
「さっき配られた用紙、どう考えてる?」
朝のホームルームが終わってすぐ善くんが声をかけてきた。
進路希望アンケート。
高校を卒業したら次にどこへ行くのか、なにを目指すのか………
子供のころとは違う。
進学するならそこで何を学びたいのか。
先を見据えた進路を考えて提出しろということなのだろう。
「正直なにがしたいとか、そういうのないし」
だけど、いつかは答えを出さなきゃならないことなのだ。
「まぁ、雄二ならそういうと思ってたけどな………」
善くんは声に出さずに、唇を微かに緩める。
やっぱりおまえは仲間だと、何も考えていないのは自分だけではないと、安心しているのだろう。
「それで、善くんはどうなの? なにか考えてんの?」
きっと聞く意味はないけれど………
「……無職」
………
……
…
聞かなかったことにしよう。
「さて、なんて書いて提出しようかな」
俺はちゃんと就職してちゃんと生きていかなきゃ。
「いや、つっこんでよ!!」
「だって冗談に聞こえないし………」
他のみんなは進路アンケートのこと、どう思うのだろう。
ふと昨日の女子生徒が頭に浮かんだ。
たとえば彼女ならどんな答えを出すのだろうか。
教室を見渡してみる。
彼女は机の上の紙をじっと見つめている。
今の俺と同じようにアンケート用紙のことで思い巡らせているのだろう。
その表情からは、なにも読み取れなかった。
なにかを考えているのか、あるいはなにも考えていないのか
「………どうしたんだ?」
善くんの声で、ふっと我に返る。
「いや、なにもないよ」
ただ俺たち以外の意見も聞いてみたくなっただけで、
………
……
…
「ってことがありまして、笹島さんの将来の考えも聞いてみたいなと思ったんだけど」
放課後の生徒会室、さっそく紗枝ちゃんに聞いてみた。
「特にないです」
「ないんだーー」
このテンポの良さ!!
会話終了~~!!
「言ったろ!! 紗枝に聞いても無駄だって」
善くんもなかなか手厳しい………
「日夏先輩……ひどい」
言いながらも、なんだかんだふたりとも笑顔を向けあっている。
「なんていうか高校生にもなると、なにがやりたいかというより、なにができるのかって考えちゃいませんか?」
「なんていうか、紗枝は夢ないなー」
ソウデスネ………
善くんの感想もわかる。
気持ちの上ではまだまだ夢を見ていたいし、今みたいに遊んでもいたい。
でも確かに、真っ白い紙に夢を思い描くことと、
その道のりを考えて、自分の手に届きそうな未来を考えることは全く意味が違う。
「なるほど、善くんより断然しっかりとしてるね」
「もちろんです」
善くんの意地の悪い言葉をスルーして紗枝ちゃんが答える。
このふたり、ほんとに仲いいな~~。
………
……
…
今日も善くんと紗枝ちゃんはふたりで帰っていった。
生徒会室の鍵を閉めて、昇降口へと向かう。
下駄箱にたどりついた時に、ふと生徒会室が気になって視線を向けてみる。
特に意味はないのだけれど………
「誰かを、待ってるの?」
なんとなく今日も葉月さんが来るんじゃないかと思っていた。
心のどこかで期待していたのかもしれない。
周りに他の人がいないかを確認してから声の主に顔を向ける。
「やぁ、わたしの名前は“葉月 真琴”よろしくね」
反射的によろしくと返事をした。
俺も、自己紹介した方がいいのだろうか。
「えっと、誰かを待ってるの?」
「ん? ああ友達をね」
このままここにいても誰も来ないのだけれど………
なんとなく寂しいやつだと思われたくなくてとっさに嘘をついてしまった。
「葉月さんこそ部活の帰り?」
彼女は口を開こうとして動きを止めた。
少しうつむいて瞳を揺らす彼女の姿に、迷子の子供を思い浮かべてしまった。
聞いてはいけないこと、だったのだろうか。
「……ううん、ちょっと教室に残ってただけというかなんというか」
「教室でぼーっとしてた。」
「………」
そして沈黙、気まずい。
この空気、どうするべきか………
「ゴメンね、俺って人付合いとか下手だから……でも、話しかけてもらえて、嬉しいよ」
………
また沈黙。
変なことを、言ってしまったような気もする。
昨日もだけど、俺に何か用事なのだろうか。
だとしたら俺がするべきことは、葉月さんの言葉を待つことだろう。
しばらくすると、思いついたように彼女は質問を口にした。
「そういえば、神橋くんは進路希望どうするの?」
そう、きましたか。
善くんはともかく、紗枝ちゃんにも考えを問いかけてみたけれど、
結局、俺の未来は思い描けないままでいる。
自分が皆に問いかけていた質問が、自分に返ってきたのだ。
眼を閉じてもう一度、考えてみる。
俺はいったい何がしたいのか、どんな大人になりたいのか。
それはきっと、
「誰かの支えになりたい………」
そうだ、困っている人に手を差し伸べられる大人になりたい。
大切な人たちを笑顔にできる人。
って……あれ?
気がつくと、話がすり替わっている。
「進路の希望って訳じゃないんだけど、もし将来何をしていたいかって考えたら、いろんな人の助けになりたい、かなぁ」
自分でも強引だとは思うけど、 頬を掻きながらごまかす。
「あはは、なにを言ってるんだろうね、俺」
子供の夢みたいだね……
そう、具体的な考えなんてまったく持っていない子供の夢だ。
進路相談の受け手としては失格だろう。
葉月さんはなにかを考え込んでいるようで、俺の下手な考えが彼女を悩ませてしまったのだろうかと不安になる。
それなら逆に、葉月さんは未来のことをどう考えているのだろう。
「葉月さんこそ、進路はどうしたいの?」
彼女はどんなふうに考えるのだろうか。
葉月さんは軽く腕を組み、長くて白い指をピッとあごにかけて考える。
今まで意識していなかったけれど、今の彼女のしぐさをとてもきれいだと思った。
しばらく待つつもりでいたのだけれど、ほんの数秒程考えて、彼女はなにかにうなずいた。
考えがまとまったのだろう。
そして彼女は“わからない”と答えた。
善くんのように何も考えていないのではなく、
まだ見つからないのだろう。
「そっか、お互いにやりたいこと見つかるといいね」
「そう、だね」
今の彼女の言葉には、言いよどむようなニュアンスが聴きとれた……
なにかひっかかることでもあるのだろうか。
………
「またせた」
校舎の向こうから見覚えのある少年がこちらに走ってくる。
「善くんおかえり~」
と流れで答えてみたものの、なんで戻ってきたんだろう……
また忘れ物だろうか。
早速、善くんは葉月さんに気付いて声をかけた。
「葉月さん……だっけ?」
あ、知ってるんだ。
などと、どうでもいい感想を抱く。
「えっと………」
葉月さんは、どう反応するべきか迷っている様子。
「あ、俺の名前は日夏 善弘!! 神橋 雄二とは同じ教室だ」
「急にどうしたのさ………」
なぜか突然、善くんは自己紹介をした。
ときどき彼のやることが分からない……葉月さんもきっとあきれているのではないだろうか……
「いや~雄二こそどうしたのさ、逢引?」
善くんこそ、紗枝ちゃんとの逢引はどうしたんだよ!! とつっこみたい気持ちをなんとか押しとどめる。
突然の闖入者にどう対応すべきか頭を悩ませる。
「えっと……じゃあ、また月曜日ね」
居心地が悪くなったのか、葉月さんは帰ることにしたようだ。
それにならって俺も帰ることにしよう……。
「あれ? 俺なんか余計なこと言ったかな……」
善くんがなにか言ってるけどどうでもいいや
「大好きなあなたへ」
2話目をお読みくださいましてありがとうございます。
この章では、学生なら避けては通れない進路希望に悩むお話です。
雄二が友人に質問して意見を聞いてみたり、考えてみたり
逆に問いかけられて困ってみたり、
これから雄二は……葉月さんも悩んで迷って自分の未来を選んでいかなければなりません。
ふたりが今後どのように関わっていくか、楽しみにして頂けると幸いです。