懊悩編35話 脅迫手帳の使い時
カナタの一日はやっぱりこのコとの漫才から始まります。
昨夜は興奮がなかなか治まらず、ベットの中で毛布に包まって、何度も何度もマリカさんの唇の感触を反芻していたオレだったが、いつの間にか眠っていたようだった。
アイマスク越しに感じる朝日が気持ちいい。
今、世界は輝いているんですね!オレもそうです!
「な~にニヤニヤしてんのよ。元から気持ち悪いのに、さらに気持ち悪さを掛け算してどうすんの? キモさの世界ランキングにでも入りたい訳?」
今朝のオレにはリリスの毒舌でさえ、そよ風のように心地いい。
「ん、いい匂いがするな。朝メシを持ってきてくれたのか? そこに置いといてくれ。リリスが部屋を出たら頂くから。」
「そうはいかないわよ。はい、あ~ん♡」
「いやいや!オレは目が見えないワケじゃないから!安全装置としてアイマスクをしてるだけだから!」
「私の准尉なんだから、私があ~んして食べさせたげる。食後に五体投地して感謝なさい。」
「待った!オレの所有権はいつリリスに譲渡されたんだよ。所有権移転登記をした覚えはない。」
リリスはにゅふふと笑った。アイマスクをしてても、リリスのドヤ顔が見えるようだ。
「だって、准尉は私の所有権を勝手に自分に移転登記したじゃない。自分はするけどされるのはイヤだは通らない、確か准尉の持論だったと思うけど?」
「それは確かにオレの持論だが、いつオレがリリスの所有権を勝手に移転したんだよ。何時何分何曜日?」
「今どき小学校のガキンチョだって、そんな言い草はしないわよ。もうお忘れかしら。昨日、テンガロンハウス、18:15分前後に「オレのリリスに何してくれてんだ!!」って言ったでしょ。複数の証人もいるし、言い逃れはきかないわよ? 」
あ!!言った、言ったよ!言っちゃいましたよ、そんな台詞を!
い、一番言質を取られたらあかんヤツに言質を与えちまったぁぁぁ!
「リリスさん、人にはその場の勢いというモノがありましてね………」
「咄嗟に出た台詞だからこそ偽りなき本音、というモノもありましてよ?」
リリス相手に詭弁という名のリングで戦うのは無謀な行為だ。勝てるワケねえよ。
「ではオレの可愛いリリスさん。昨日バッサリ髪を切ったがそのあたりはどうなんだ? リリスは髪を長く伸ばしてる方が似合うから、一時的にショートヘアにするにせよ、また伸ばし……」
「ん? もう元通りよ。准尉、私の髪には変異型戦闘細胞が組み込まれてる事をお忘れなく。カロリーを消費すればあっという間に伸びるから無問題。」
そうだった、髪を伸ばして単分子鞭とかに使ってんじゃん。忘れっぽいなオレは。
「なら良かった。あんなクソ野郎の為にリリスが髪型変えるなんて、冗談じゃねえからな。」
「ロングじゃなきゃ困るもんね、ショートヘアだと准尉の好きな髪コ……」
「はい、そこまで!下品な言霊はメシの前にはノーサンキューだ。」
「観念してあ~んするか、私の逆セクハラに耐えつつあっち向いて食べるか、どっちがいい?」
希望なき二択だな、だが人生には他に選ぶ道がないコトなど多々ある。
観念したオレは、親鳥からエサをもらう雛のように朝メシを食うコトにした。
屈辱的だが嬉しいような気もする朝食を終え、いつものように食後の珈琲を楽しむ。
「オレの処分がどうなるかリリスは聞いてるか? ビロン少将はオカンムリなんだろ?」
「ええ。プリンスメロンを病院送りにされたキングメロンが、沸騰したヤカンみたいな顔で司令に通信を入れてきたわ。私は事後処理でイスカと一緒にいたんだけど、ショーとしては秀逸だったわね。まずイスカは「………で?」って答えた。」
プリンスメロンにキングメロンねえ、うまいコト言うな。さすがオレのリリスさん、ジョークも冴えてるぜ。
「………将官相手によくやるよ。司令ぐらいだろ、そんな真似が出来るの。」
「例によって、そっから脅しが始まったわ。まず突き付けたのが、テンガロンハウスの店主とカウガールをはじめとするロックタウンの住民達から出されたロベ公相手の被害届&ロックタウン市長からの抗議文。」
「ロベ公?」
「ロベール・ド・ビロン中尉が准尉が病院送りにしたクソ野郎のお名前。ロベ公は昨日の昼にロックタウンに到着したんだけど、夕方にテンガロンハウスに来る前からホテルや他の飲食店で似たような事をやっていた。イスカが昨夜、速攻で裏を取ってからヘリでロックタウンに行って、市長や住民達を直接説得したの。元々ロックタウンの市長や住民は司令に好意的だし、被害を受けたのは事実だし、すんなりクソ野郎の包囲網形成に協力してくれたみたい。」
出来る女は仕事も早いな。ホントに頼もしいです。
「なるほど、外堀をまず埋めたか。非はロベ公にあるって。」
「ええ、そっからが追い込みのプロ、イスカの本領発揮ね。昨日、准尉の取材に来た広報部の連中ってまだガーデンにいんのよ。そいつらにネタを流すぞってシモン少将を丁寧な口調で恫喝したの。さらに東雲中将にも報告するって追い打ちも忘れなかった。」
「えげつねえ。司令にだけは逆らっちゃいけない、オレは決意をあらたにしました。」
「本当にえげつなかったのはここからよ。トドメに病院に担ぎ込まれた直後のロベ公のお写真を見せた。耳血を流しながら、屠殺される寸前の豚みたいに怯えきった顔で失禁してる勇姿を収めた珠玉の一枚ね。写真に題名をつけるなら「魂より震えし豚」ってところかしら?」
うん、もういいや。リリスにツバを吐きかけた代償は払わせた。司令のコトだから多分………
「その珠玉の芸術作品を、シモン少将と出世を争うライバル達に送るかもって匂わせたんだろ?」
「そう、イスカと同じ悪巧みを考える准尉も、なかなか悪ね。良かったわね、私、悪い男は嫌いじゃないの。」
むしろオマエがどうやったらオレを嫌いになるのか聞いてみたいよ。………ソイツはお互い様か。
クソミソに罵詈雑言を浴びせられようが、リリスさんはオレの大事な2084日後の嫁なのだ。
「んで? 鞭の後は飴の時間か?」
「ええ、まるで見てきたみたいね。准尉は安楽椅子型の名探偵になれるんじゃない?」
「秘書兼助手がいるな。リリスがやってくれるかい?」
リリスはオレを魅了してやまない甘い声で応じてくれる。多分、ウィンクもしたんだろうけど、生憎アイマスクのせいで見えない。
「考えとくわ。鞭を十分与えた司令は飴玉を出した。まず、ロベ公の治療費の全額負担に、抗議文と被害届の取り下げ。それから結構な額の見舞金。」
「………司令の持論は「金に善悪はない。問われるのは使い方だけ。」だったな。」
オレ的には稼ぎ方にもこだわりたいけどね。
「普遍的に通用する数少ない真理なんじゃない? それからシモン少将のライバル将官のスキャンダルのネタ。これはシモン少将にとっては、喉から手が出るほど欲しいモノだったみたいね。シモン少将はそれで折れた、一件落着よ。」
司令の脅迫手帳は脅しの材料ってダケじゃない。ソイツを追い落としたいヤツへのエサにも使えるってコトか。大した悪漢、いや悪女だよ、司令は。
「鞭で散々いたぶった後に甘露極まりない飴をしゃぶらせる、か。司令が天下を取る日は遠くないなぁ。」
「私みたいな性悪が、惚れ惚れするほどの悪党っぷりだったわ。幸いだったのはロベ公の脳へのダメージは、時間はかかるけど後遺症もなく回復する程度で済んでた事ね。ヒビキの腕があればこそ、だったみたいだけど。施術を終えたヒビキの台詞がフルってたわ。「私、手術に失敗した事ないから。」だって。」
大門未知子か、アンタ。まあ司令がわざわざガーデンに招聘したドクターなんだから、スーパードクターなのは分かってたけどさ。
「臭いメシは食わずに済みそうだな。リリスや磯吉さんの作ってくれるメシに慣らされちまったオレは、不味いメシへの耐性が低下してっからなぁ。」
大学生だった頃はコンビニ弁当やホカ弁が主食だったってのに、オレも贅沢になったもんだよ。
「それにウサちゃんみたいに寂しがり屋の准尉は、独房なんかに入れられたら寂しくて死んじゃうものね。」
「リリス、ウサギは寂しいと死んじゃうってのは……」
「デマでしょ、知ってるわよ。ストレスに弱い生き物なのは事実だけどね。ついでに言えばウサギは別にニンジンは好きじゃない。むしろキャベツの方が好き、さらに付け加えれば食糞行動も持ってるわよ。」
「食糞行動?」
「体内で消化しきれなかった食物繊維を再消化する為の行動。早い話が自分の糞を食……」
「言うなぁ!女の子はそんなコト言っちゃダメェェェ!」
「ふうん、准尉はそっち系はアウトな訳ね。良かった、いくら私でもそれはアウトだから。」
アウトに決まってるだろ。セーフなヤツなんか………いるよな、絶対友達にゃなりたかねえけど。
「じゃ、そっち系の話題はもうやめて、引っ越しの準備をするわね。」
「引っ越し? どこに?」
「営倉に決まってるじゃない。一週間の営倉入り、それが准尉への懲罰なんだって。不可抗力とはいえ将校を病院送りにしたんだから、その程度はやむを得ないでしょ。」
その程度で済ませてええんかってレベルの軽い罰だよ。こりゃ当分司令に頭が上がんねえな。
………元々上がんねえから関係ねえか。
「営倉入りが終わったら、直ぐにリグリット行きだからね。」
「こんな騒ぎを起こしたオレが、昇進してもええもんだろか?」
「ええんじゃない? ガーデンで騒ぎを起こした事がない奴なんかいないわよ。」
それも軍隊としてどうかと思います。あ、でもシグレさんは騒ぎなんか………起こしてるな、特大の刃傷沙汰。
「部屋を出てくれれば、準備は自分でやるよ。」
「私がやったほうが早いじゃない。衣類から身の回りの品まで、全部私が管理してるんだから。准尉が自分で管理してるのって、エロ本ぐらいでしょ?」
「最後の台詞がなけりゃ素直にありがとうって言えるんだぜ?」
「営倉入りの間は覚悟しておくのよ? 厳しいからね。」
「マリカさんに狼眼の使い方を仕込んでやるって言われてるし、ハードな一週間になりそうだな。」
「狼眼の特訓の合間はお勉強だからね?」
お勉強? なんの?
「………オレ、お勉強は苦手なんだけど?」
「ンな事わざわざ言わなくても知ってるわ。でもリグリットで将校カリキュラムを受講するんでしょ? 実技と戦略、戦術論はいいとして、軍法はからっきしダメなはず。薔薇園じゃ誰も軍法なんか守ってないから身につかないもの。だから………特訓よ!」
快適な営倉入りなんかあるワキャねえけど、マリカさんとリリスの特訓かぁ。
………マヂでハードな一週間になりそうだぜ。
ソシャゲをいくつかやってたんですが、絞らないといけませんね。
ゲームやってる時間がない(笑)
う~ん、ファイアーエン○レムは残す。他はどうしようかなあ。