結成編24話 軍神と狼
「パーティーにはサプライズが付き物、と言うが、なかなかの趣向だったな。ミコト姫が御門命龍と改名されるのはいい事だ。対外的にも権力の正統性をアピール出来る。」
レンタルではないタキシードを着込んだ十二神将最後の男は振り返り、ベランダの手摺りに背中を預けた。最初の勲章を授けたパーティーでは、どこか落ち着かない様子だったが、今は場慣れしたのだろうか。シャンパン片手に暗闘を繰り広げる舞台でも、落ち着き払っている。
「御門の嫡子には龍の文字が入るコトが多いですからね。ですが、今まで通りに呼んで欲しいと仰っています。」
「そっちのサプライズはいいが、もう一つのサプライズはどういう事じゃ!神難のクシナダ姫と手を組むなど、ワシもイスカ様も聞いてはおらん!」
私の老僕は一本気なのが玉に瑕だな。正門を力任せに叩いても扉は開かない。剣腕は互角でも、駆け引きではカナタが上だ。
「カナタ、少し話をしよう。ついてこい。」
「了解、ボス。」
「イスカ様は此奴に甘すぎますぞ!だいたい、パーティーが始まったばかりなのにホストの身内が席を外してどうする!」
わかってないな。カナタはわざと席を外して私を待っていたのだ。そしてクランドもカナタをミコト姫の身内と認識している、か。
「そうがなり立てるな。クランド、この夜会にいるのは紳士淑女のみだぞ?」
龍弟侯、社交界を中心に急速に広まったカナタの新しい渾名。イメージというのは恐ろしいもので、渾名の一つでカナタはミコト姫の弟であると認知されつつある。血の繋がりは皆無だというのに……
それを狙って渾名を流布したのか? いや、カナタは頭が回るが、それは「他人に対して」だ。決して"オレは大龍君の弟でござい"なんて喧伝する男ではない。
「ゲストルームには司令の好きな銘柄のワインを用意させておきました。デキャンタに移すのは任せますよ、オレはワインの扱いが下手なんでね。」
世渡りは上手いようだがな。カナタを連れてゲストルームに向かう間に、考えをまとめておこう。
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華やかなパーティー会場を横切りながら、煙草に火を点け、考える。
少し前からカナタの影に誰かの存在を感じるような気がしていたが、今日に至って確信した。カナタらしからぬイメージ戦略、そして私にすら悟らせぬ神難との同盟、カナタには優れたブレーンがいる。
ブレーンとはリリスだろうか?……いや、リリスは天才だが、IQ180超の天才おチビにも弱点がある。世慣れておらず、経験が浅いという弱点が。やはり他の誰か、私の知らぬ辣腕家がカナタの影には潜んでいる。その男は頭が切れて経験豊富、実務に長けた官僚タイプの人間と見ていい。私も今回はしてやられた。
昼間に宣誓されたミコト姫とクシナダ姫の共同宣言を聞いてから、あらゆる手を使って情報収集にあたった。その結果、御門グループと神難総督府の間では、かなり高密度なギブ&テイクが行われているようだ。これだけ綿密な交渉は単独では為し得ない。ガーデンにいたカナタには到底不可能、影の男が代わりに動き、交渉をまとめ上げたのだ。影の男、いや女かもしれんが……そいつは忠実で有能なチームを持っている、と考えた方がいいな。多岐に渡る交渉内容を考えると、いくら有能でも単独ではマンパワーが不足するはずだ。
……神難と手を結ぶ事自体はカナタの考えだろう。戦友の墓参に来た麒麟児と話をつけたのだ。だが、提供出来る技術や情報をカナタだけで判別、選定出来る訳がない。能力的にも労力的にも不可能なはずだ。やはりカナタを補佐する影の参謀、そして影の組織が存在する事は確実だな。
御門グループ役員の誰かが影の参謀だろうか?……違う、粛清を免れた役員達は総じて優秀だが、これほどの仕事が出来る人間はいなかったはずだ。それに御門の現執行部にブレーンがいるなら、私の財閥から送り込んだ役員から報告が上がってこなければおかしい。カナタの影にいる男は、御門グループにおいても影の存在なのだ。
カナタはどこでそんな切れ者と伝手を持ったのだ? ヒムノンやギャバンをスカウトしてきた事例を見ても、カナタには人を見る目がある。脅威なのは睨んだだけで人を殺す狼の目だけではなかった。真に恐るべきは、カナタの「人を活かす目」なのかもしれない……
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ゲストルームに入って分厚いドアを閉じた途端、我慢出来なくなったクランドがカナタを問い質す。
「説明せい!なぜイスカ様に無断で勝手な真似をしたのじゃ!」
「話は椅子に掛けてからにしません?」
歴戦の勇士、神兵クランドに凄まれても、身じろぎ一つしないどころかおどけてみせる。実戦に投入されて一年にも満たない新兵が、だ。
「クランド、座れ。カナタもな。」
不満げな顔で着座したクランドの前にグラスを置き、ワインのコルクを抜いて注いでやる。年代物のワインはデキャンタに移すべきなのだろうが、今は面倒だ。
カナタはサイコキネシスで冷蔵庫の扉を開け、缶ビールを浮かせて手に取った。私もサイコキネシスは欲しかったな。ハードワークで気怠い時に重宝しそうだ。
「で? クシナダ姫は私との提携にも乗ってきそうなのか?」
「ええ。御門との提携が軌道に乗れば、ですけどね。」
すぐには無理か。先代総督に対する制裁が効き過ぎたようだな。政治姿勢だけでなく、個人的にも癇に障る男だけにやりすぎたかな?
「薬が効き過ぎて毒になったようだな。毒抜きは任せていいか?」
「はい。司令は阿南総督とはコネがありますよね?」
「ああ。彼はアスラ閥の人間だからな。父の後ろ盾で阿南総督になった経緯もあって、私とは懇意にしている。なるほど、照京、神難、神楼、阿南のラインを構築するのはいい手だ。」
「そのラインが構築出来たら、龍足大島の攻略に乗り出しましょう。龍足大島は列島東からの海路でしか補給や支援を受けられません。距離的に近い列島西から攻勢をかけられるオレ達が有利だ。同盟勢力圏の龍尾大島からも同時攻勢をかければイケると思います。」
「その場合は列島東から陸路を使って猛攻撃を仕掛けてくるだろう。その攻勢にはどう対処する?」
「奪還した照京に籠城します。照京を無視して西進するなら補給線を叩いて神難か神楼で挟撃。龍頭大島から列島東端に攻勢をかければ、列島東が勢力圏の機構軍への陽動になるでしょう。」
淡々と話しているが、それは龍の島全体で戦争を始めるという事なのだぞ? また大戦役を始めようというのに、この涼しげな顔。十二神将に相応しい面構えではあるが……
「ところでカナタ、おまえは私の部下なのか、ミコト姫の補佐役なのか、どっちだ?」
忠臣か、と聞くべきなのかもしれんが、カナタに上官や主家への忠誠心はない。姉と慕うミコト姫の為ならば労を惜しまない、という事なのだろう。では……私に対してはどうなのだ?
「どっちでもあります。そう仕向けたのは司令でしょう。」
そうだ。おまえを介してミコト姫をコントロールするつもりだった。誤算だったのはカナタとミコト姫の結びつきの深さを軽く見ていた事か。……いや、おかしいぞ。カナタは照京動乱で危険を顧みずミコト姫を救った。だが、照京動乱までのミコト姫とカナタの関係といえば、私が主催するパーティーで一度会っただけ……なのになぜそこまで深く結びついているのだ? 祖父の蛮行の犠牲者である八熾家の人間をミコト姫が慈しむのはわかる。だが、カナタ。おまえは八熾の人間ではないはずだろう?
「まず、私の部下であって欲しいものだ。神難との提携話は私のプラスにもなると判断して動いたのだろうが、事前に一言あってもよかった。」
八熾宗家の人間には狼眼が顕現する。だが、カナタの狼眼はアギトとは違い、殺戮能力を付与する事も出来る。イナホも私と同じ鏡眼を持っていたが、私と違って邪眼能力のコピーは出来ないようだった。神器を宿す人器である御三家、もしや当主のみが持つ特別な神器が存在するのではないか? もしそうならば、カナタは本当に八熾宗家の人間という事になる……御三家について、少し調べてみる必要があるな。
「オレは御門グループの大株主です。御門グループの方針は軍とは無関係ですし、報告義務はないはずですが?」
「そうだな。勝手な事をしたなどと了見の狭い事は言わん。御堂財閥と御門グループは手を結んでいる。つまり私にとっての利益はミコト姫の利益、ミコト姫の利益は私の利益、それはわかっているな?」
「もちろんです。クシナダ姫と信頼関係を醸築し、司令とも手を結ばせてみせます。」
この怜悧な顔はどうだ。私とまともに駆け引き出来る男が、私の部下にいるとはな。
正体不明ではあるが、頭の切れる優秀な部下を手に入れた、私はそう思っていた。……本当にそうだったのか? ひょっとして、私は……制御不能の怪物を育てているのではないか?……いや!最強の忍者や人斬り人蛇を御してきた私に制御が出来ない訳はない。この狼も御しきって、父の悲願を叶えてみせる!