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再会編44話 政治屋の発想



「もう!演習に行っただけのはずが、どうして実戦を戦って帰ってくるなんて事になったのですか!」


帰投したオレは司令部に報告に向かったのだが、悪巧みに忙しい司令は留守だった。なので報告書だけマリーさんに渡して、その足でミコト様の館に向かい、ぱふぱふの洗礼を受けた、という次第だ。


「ミコト様、文句は奇襲してきた機構軍に仰ってください。」


もう少しミコト様のお胸の感触を味わっていたかったが、一緒に報告に来たシオンの周りから冷気が発生しているのがわかる。ほどほどで切り上げなければ、オレには凍死の運命が待っているだろう。


「カナタさん、姉さんをあまり心配させない事!いいですね!」


めっとばかりに人差し指で鼻の頭を押されたが、ミコト様はオレが軍人なのをお忘れなのではなかろうか?


「お言葉ですが、オレは軍人です。実戦に出る度に気を揉まれては、お体が持ちませんよ?」


「隊長には私達も付いています。ミコト様が心配なされる必要はありません。」


これ以上のスキンシップは許さないとばかりにシオンはオレの手を引き、強制的に距離を取らせた。


「シオンさんもご苦労様でした。これからも()()弟を助けてあげてください。」


「もちろんです。()()隊長なのですから。」


ミコト様の背後に立つ侘助は必死で笑いをこらえている。笑いたければ笑え。後でヒドい目に遭わせてやるかんな!


一度はオレの耳に手をかけたシオンだったが、なんとか思い止まり、袖を引っ張って退出を促してきた。こういう時のシオンには逆らってはいけない。何度も痛い目をみてそれを学習したオレは、ミコト様の館から退出するコトにした。……それに、悲しい対面を済ませなきゃいけない。オレはおっぱいに浮かれる心を静め、ミコト様に行き先を告げる。


「それではミコト様、オレは霊安室へ行こうかと思います。リンドウ中佐、いえ、准将のご遺体はガーデンに到着してるのですよね?」


沈痛な表情になったミコト様は、ゆっくりと頷き、答えた。


「はい。左内に会って労をねぎらってあげてください。」


「そうします。……それでは。」


オレは命龍館からお暇し、霊安室へと向かった。


───────────────────


共同墓地の近くにある真っ白な建屋、それがガーデンの霊安所だ。


リンドウ准将のご遺体を収めてある部屋には先客がいた。妹のツバキさんだ。


「……剣狼か……」


ツバキさんの瞳は涙で赤く染まり、その落ち窪んだ双眸からは暗い光が放たれている。荒れた髪といい、この様子じゃ遺体が到着してから、ずっとここにいたな? 


「リンドウ准将に挨拶したいんだが、構わないか?」


「……兄上を見捨てた張本人が、ヌケヌケと挨拶したい? おまえが兄上を…」


オレを断罪しようとするツバキさん。だけどひんやりとした霊安室に、室温以上に冷たいシオンの言葉の冷気が吐き出される。


「隊長は最善を尽くしたわ。あの状況で何が出来たというの?」


「だが、兄上を見捨てた事実に変わりはない!」


「言い掛かりはやめなさい!リンドウ准将が戦死したのは剣聖よりも弱かったから、それだけでしょう!」


「なんだと!」


「二人ともやめろ!!」


刀に手をかけたツバキさんと、拳を握ったシオンの間にオレは割って入った。


「オレをリンドウ准将に会わせたくないというのはわかった。遺族であるツバキさんの意志を尊重しよう。……邪魔したな。」


「……すまない、言い過ぎた。……兄上は剣狼を信頼し、自分と共にミコト様を支える車軸の両輪になってくれると誇らしげに話していた。兄上がそこまで見込んだ男が目の前にいながら、どうして兄上を救えなかったのかという思いが消そうとしても消せないんだ。難しい状況であった事は理解はしているのだが、感情で割り切る事が出来ないでいる……」


憔悴しきった顔のツバキさんはそう呟いてから、兄の柩の傍にある椅子に倒れ込むように腰掛けた。


「……兄上と話してやってくれ。兄上が後事を託すとすれば、相手は剣狼だろう。それはわかっている。」


オレは冷凍柩の上蓋を開け、リンドウ准将の遺体と対面した。遺体の尊顔は、穏やかな死に顔とは言えなかった。……物言わぬ遺体からは、志半ばで斃れた無念の思いが伝わってくる。


オレは御門家への忠義と、照京の未来に命を賭し、斃れた男へ誓いを立てる。言葉ではなく、心中で。


……リンドウ准将、准将の志はオレが受け継ぎます。ミコト様を擁立し、照京を奪還、そして准将の夢見た市民の為の施政が営まれる都を実現させますから……


遺体に手を合わせてから、オレは柩の蓋を閉じ、踵を返した。


霊安室から出る間際、ツバキさんから呪詛めいた言葉が背中に投げかけられる。


「……剣狼。兄上を殺した剣聖クエスターへの復讐は私が果たす。手を貸してくれるな?」


オレは何も答えず、霊安室を後にした。


────────────────────


霊安室から離れた後も、ツバキさんの呪詛めいた言葉の瘴気にあてられたのか、隣を歩くシオンの表情は冴えない。


「……隊長、ツバキさんは仇討ちをするつもりみたいですが、勝ち目はあると思いますか?」


「ない。ツバキさんも手練れだが、剣聖はそれ以上だ。ツバキさんの師匠筋にあたるリンドウ准将でさえ、剣聖には及ばなかった。准将が万全の状態なら結果は違っていたかもしれんが、絶対に勝てていたとも思えない。」


現在は離脱したらしいが、剣聖クエスターは兵団の部隊長として遇されていた。つまりその力量はアスラの部隊長級と同等、いくら死の4番隊の猛者とはいえ、中隊長のパイソンさんに完封されたツバキさんでは到底及ぶまい。


「私もそう思います。それでも、彼女は復讐を諦めないと思います。私がオリガとは力量の差があると知りながら、復讐を諦めていないように……」


シオンも復讐に生きる女、それだけにツバキさんの心情は痛いほどわかるのだろう。だけど……


「オレはシオンの仇討ちには必ず助太刀する。だけどツバキさんの復讐に肩入れする気にはなれないんだ。リンドウ准将とは短い付き合いだったが、親しみもあって志にも同調していたのに、冷たいモンだな。」


剣聖クエスターは多くの手勢を引き連れていながら、リンドウ准将とは一騎打ちで勝負した。あの場には守護神アシェスもいたのだから、確実に勝とうと思えば二人がかりでもよかった。ナンバー1狙撃手の座を不動のモノとするべく、不必要で残忍な殺しをやらかしたオリガとは違う。


肩入れする気になれない理由は、戦いの正当性……それだけじゃないか。……オレはローゼを守る双璧の一角を崩したくないんだ。冷たい上に勝手なモンだぜ。


「私は隊長が冷たい人間だとは思いません。リンドウ准将の死を悲しんでいるのは隊長も、ミコト様もです。ツバキさんは自分独りで悲しみを抱え、苦しんでいると思っているように感じました。」


「それだけお兄さんを大切に想っていたってコトさ。近しい者の死は人を狂わせる。彼女も例外じゃない。」


「だからといって隊長にあたったり、親衛隊隊士としての仕事を放棄していい理由になるとは思えませんが……」


「シオン、ツバキさんが落ち着くまでは静観しよう。ミコト様の護衛はセイウン少尉とフィネル少尉が交代で代役を務めてくれてるから問題ない。ハッキリ言えば、今のツバキさんに護衛を任せる方が不安だ。」


情緒不安定で集中力も散漫、今のツバキさんは到底ミコト様の護衛を務められる状態じゃない。それにオレは今回の件を抜きにしても、直情径行が目立ち、兄ほどの機転と器量を持たない彼女は親衛隊隊長として不適格ではないかと考えている。場合によってはミコト様に言上し、親衛隊長としての任から外れてもらった方がいいのかもしれない……


問題はツバキさんはミコト様とは幼少期からの付き合いで信頼が厚く、親衛隊からの支持も高いってコトだな。親衛隊は彼女のシンパだ、リンドウ准将の仇は必ず打とうと考えているはず……


……マズいな。照京敗残兵で構成されるレイブンに復讐心が伝染するのは避けたい。リンドウ准将に人望があっただけに、照京兵には復讐に走る土壌があるんだ。


「シオン、二時間後にスリーフットレイブンの指揮官全員を大作戦室に集めてくれ。今後の方針を相談する。」


「ダー。準備にかかります。」


「オレはシュリ夫妻にカレルを交えて、あらかじめ概要を煮詰めておく。」


ミコト様を軸にした体制の確立と照京の奪還を最優先目標とし、帝国の双璧への復讐心から目を逸らさせる。今の段階で双璧への報復を否定すれば、オレが照京兵からの信望を失うだろう。あくまで優先順位の低い目標と位置付け、求心力を維持しながら打破を図るべきだ。教授の送ってくれた本の2巻にも"組織運営の要諦は共有出来る大目標を定め、邁進する姿勢を見せる事。組織のコンセンサスを得られない目標は決して口にせず、水面下で事を運ぶべし"とあったしな。



……やりたかないが、今のオレは政治屋にもなる必要があるんだ。やるしかないなら、やるまでだが……



お仕事多忙と他作品のコンテスト締め切りに追われて更新が遅れてます。すみません。

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