再会編42話 アスラ部隊十二神将
「イスカ様、カナタ達はロスパルナス攻略部隊を撃破、豪腕リードはシュリが討ち取ったとの事です。」
嬉しげな顔で司令室に入ってきたクランドからの報告を聞き、私は執務の手を止めた。勝つのはわかっていたが思ったより早かったな。カナタは周辺都市からの増援を糾合せず、おっとり刀で戦場に駆け付けたのだろうか?……だとすれば御門の企業傭兵もそれなりに損耗したはずだ。
「ほう。豪腕リードを逃さず討ち取ったか。……それでカナタ率いるレイブン隊から戦死者はどの程度出たのだ?」
「ゼロ、ですな。」
なんだと!?
「有志連合部隊を引き連れずに、おっとり刀で駆け付けて戦死者ゼロか?」
「いえ、カナタは有志連合を引き連れて参戦した模様です。そちらの方はシグレとダミアンが指揮を執ったようですが、軽微とはいえ戦死者が出ております。いかにシグレとダミアンといえど、弱兵を率いて戦死者ゼロは不可能でしょうから、これはやむを得ませんな。」
「詳しい状況を報告しろ。カナタはどんな手品を使ったのだ。」
各地から馳せ参じる増援を糾合しながら、進軍速度を落とさなかった。シグレとダミアンを送った以上それぐらいはやれるはずだが、それにしても戦場への到達が早すぎる。
「これを見てくだされ。あやつめは、本当に小賢しい悪知恵に長けておるようで……」
戦術タブレットに映し出された報告書のページを繰りながら、私はタバコに火を点けた。
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干上がらせた河を道に使って戦場へ急行、か。カナタが知恵者なのはわかっていたが、予想以上だな。小賢しい知恵を捻り出す納豆菌を高く評価していたつもりだったが、さらに上方修正せねばならんようだ。
「クランド……私がリードの立場にいたら、この奇策に気付いたと思うか?」
「軍神アスラの血を引くイスカ様は神算鬼謀、気付いたに決まっております。ですがカナタは相手がリードだからこそ、奇策を断行したのでは?」
「……だろうな。」
相手の力量を読み、一枚だけ上をいけ。馬鹿を相手に高度な戦術を用いれば、却って危地を招く。私がカナタに教えた事ではあるのだが……見事に実践して見せたな。それにシグレとダミアンのサポートを受けながらとはいえ、全く遅滞する事なく進軍速度も維持してみせたのか……いや、通常以上の進軍速度を出せている。
「クランド、奇策に目を奪われがちだが、有志連合の部隊を糾合しながら進軍速度を上げているのも特筆すべき点だ。この点はカナタだけの力ではなかろうが、能力のある部下達にキチンと仕事をさせるのも将たる者の資質。……コンマ中隊から、コンマを抜く時が来たようだな。」
カナタに1,1中隊を編成させた時から温めていた構想を実現させる時がきた。全ての準備は抜かりなく進めている。
「コンマを抜く?……1,1中隊から,を抜けば……11!……イスカ様、まさかでしょう!まだ早すぎますぞ!」
「早いものか。兵士としては鉄拳バクスウを退け、指揮官としては豪腕リードを相手にワンサイドゲーム。これ以上、何を望むのだ?」
「し、しかし……あやつの軍歴は一年にも足りて……」
「天才の一年は凡夫の百年に優る。……クランド、朧月セツナの率いる最後の兵団から「剣聖」クエスターと「守護神」アシェスは脱退した。」
急に話が強敵に及んだので少し当惑気味の老僕だったが、それでも相槌は打ってくれた。
「そのようで。将官に昇進し、率いる軍勢を増やした朧月セツナも、中核部隊の戦力低下に頭を痛めておるでしょう。」
「そうでもない。これは極秘情報だが、奴が秘密裏に抱えていた部隊を表に出して最後の兵団を再編成、朧月セツナ自身を含め"最後の兵団十三人衆"と標榜しているようだ。」
「……最後の兵団十三人衆、ですか。」
「私は負けず嫌いでな。奴が十三人衆を束ねるというのなら、私は十二神将を率いよう。」
「十二神将!そこにカナタを加えるのですか!」
「そうだ。クランド、おまえは私の後任として00番隊の隊長に就け。私と意志と行動を共にする最強の兵士達がアスラ部隊十二神将だ。これは以前から考えていた事で、決意は変わらん。」
「ハッ!イスカ様が決意をお固めならば、もうなにも申しませぬ。」
私は卓上に和紙と硯を出して、一人一人の顔を思い浮かべながら、十二神将に任命する兵士達の名を書き連ねていく。
「クランドよ、これが「女帝」御堂イスカが司令を務めるアスラ部隊、最高の兵達を率いる最強の部隊長12人の名だ!」
私は12人の名を書き記した誓紙を掲げる。
00番隊隊長「神兵」鷲羽クランド
01番隊隊長「緋眼」火隠マリカ
02番隊隊長「雷霆」壬生シグレ
03番隊隊長「獅子髪」鬼道院バクラ
04番隊隊長「人斬り」大蛇トゼン
05番隊隊長「豪拳」阿含イッカク
06番隊隊長「鉄腕」スコット・カーチス
07番隊隊長「流星」トッド・ランサム
08番隊隊長「壊し屋」アビゲイル・ターナー
09番隊隊長「白雨」ダミアン・ザザ
10番隊隊長「達人」壬生トキサダ
11番隊隊長「剣狼」天掛カナタ
この12名こそ、私の最も信頼する最高最強の兵士達、彼らの力を使って私は世界を変えて見せる!
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老僕と二人で前祝いの盃を傾けながら、十二神将結成に関する課題を密議する。
「カナタを十二神将の末席に加えるのなら、あやつにも陸上戦艦が必要ですな。いや、ブレイザー1が既にあるのか。」
覇国直送の焼酎「魔王の涙」を飲みながらの密議だが、まずクランドの心構えを正すところから始めねばならんようだ。
「クランド、最初に言っておく。十二神将に上座も末席もない。十二神将に任じた者達は私の掲げる旗の下で、全員が同じ立場だ。まとめ役は言うまでもなくクランドにやってもらうのだが、心中には敬意を持って接しろ。言葉づかいは今まで通り、無頼で構わんがな。」
「ハッ!しかと心得ておきまする。」
「カナタの乗艦についてだが、ブレイザー1ではなく新しい艦を与える。ブレイザー1が悪い艦とは言わんが、ハイロード級とはいえ汎用戦艦ではいささか力不足だからな。」
「では新鋭艦を今から建造させるのですかな?」
「もうさせている。カナタが将校プログラムを受けにリグリットに赴いた時から、な。」
「なんですと!」
「カナタが部隊長になれる器なのは早い段階でわかっていた。だからカナタ達と一緒にリグリットに赴いた時に、アレスの重役とは話をつけておいたのだ。クランド、どんな船か見たいか?」
私の見る目に間違いはない。ここまで成長が早いとは思わなかったが、艦の建造スピードを上げさせればいいだけだ。
「是非見たいですな。いいツマミになりそうです。」
「これだ。」
機密情報専用のタブレットを取り出して、建造中の新鋭艦の設計図を表示する。フフッ、その驚いた顔が見たかったのだ。
「ふぅむ……これまた変わった艦ですな。何より目を引くのは衝角、まるで一角馬のようですぞ。」
「うむ、この新鋭艦の開発チームもユニコーンと呼称しているようだ。」
「しかしイスカ様、この艦を馬に例えれば、いささか馬体が細いですな。乗せるのはうら若き乙女ではなく、むくつけき荒くれどもですぞ?」
確かにな。だがクランド、それには訳があるのだ。
「追加装甲を外した状態だからだ。死神は良い事を教えてくれた。用途に合った戦艦を運用するのではなく、戦艦を用途に合わさせる方が実用的だとな。」
「ではこの艦は、機構軍のアルバトロスやパラス・アテナが搭載しているモードチェンジシステムをパク…採用した試作艦という事ですか!」
パクったでいいのだ。盗用したのは間違いないのだからな。機構軍の新鋭艦のデータを得てから基幹部分以外の設計をやり直させた甲斐はあるはずだ。カナタは兵士としても指揮官としても融通無碍、あらゆる局面に対応出来る男には、あらゆる局面に対応出来る戦艦を用意してやる必要がある。
「そういう事だ。アレスをせっついて完工を急がせねばな。サンブレイズ財団の設立、財団軍事部門スリーフットレイブンの創設、第11番隊の結成は同時にやる。式典は一度にやれば手間が省けるし、盛大にもなるからな。カナタは帰投し次第、リックとビーチャムに将校カリキュラムを受けさせると言っている。二人がリグリットから帰ってきた日がXデーだ。」
それまでにマリカを説得しておかねばならんな。いい顔はしないだろうが、納得はするはずだ。カナタの成長を誰よりもわかっているのは直属の上司であるマリカと剣の師であるシグレの二人。もの分かりのいいシグレと先に話をつけ、二人でマリカを説得する。このセンでいこう。
「カナタはロスパルナスで戦後処理を済ませ、二週間後に帰投予定。将校カリキュラムの期間は一ヶ月、準備期間は50日もないですな。」
「ああ、大仕事だけに忙しくなりそうだ。十二神将結成と同時に、率いる部隊の大再編も行うぞ。アスラ部隊は現状のままでいいが、将官として新たに率いる事になった部隊には大幅なテコ入れが必要だ。」
「左様ですな。しかし部隊長就任を聞かされたカナタはどんな顔をするものやら。」
それが最大の楽しみだ。さぞ大仰なリアクションで、私の心に栄養を補給してくれる事だろう。




