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再会編27話 貧乳だって胸は張れる



シノノメ中将との会見を終えたオレは、中将の副官である雅楽代(うたしろ)大佐と随員達に案内されてグラドサル市内を視察する。


大戦役で受けたダメージから街は回復しつつあり、瓦礫の類はもう街中にはない。代わりに数多くの建設用重機と無数の作業員達が新たなビルや建屋を建造中だ。


建造中のビルの谷間で缶コーヒーを片手に談笑する作業員達がいる。休憩中のようだ。


「雅楽代大佐、あの作業員達と少し話をしてもいいですか?」


「構わないが、何を聞きたいんだい?」


「ただの世間話です。そう長くはかかりませんから。」


「分かった。天掛少尉は庶民派なのだね。」


「オレは庶民派ではなく、庶民なんですよ。分不相応の地位やら階級は押し付けられただけです。」


停車した軍用車から降りたオレは作業員達に近付いた。特殊部隊の軍服を纏ったオレの姿に作業員達の顔に緊張が走るのがわかる。シノノメ中将に倣って穏やかな笑顔を作ってから、捜査でも検閲でもない旨を告げると、作業員達は安堵したようだった。


少し彼らと話をしてみて、この世界の現実を知りたい。オレはある意味、精鋭部隊という聖域に隔離されてる人間で、ありのままの現実を知る立場にないはずなんだ。


───────────────────────


話を終えたオレは軍用車へ戻った。手を振って見送ってくれる作業員達にガラス越しの敬礼を返し、発車を促す。


「彼らはただの作業員だ。大した話は聞けなかっただろう?」


雅楽代大佐の言葉にオレは頷く。


「はい。ですが"大した話ではないからこそ重要"だと思いましたので。」


「何が言いたいのか、意図するところが分からないが……」


「彼らは戦火で焼け出された元難民で、各地を転々としながら日雇い労働者をやっているそうです。グラドサルに来てからは"ちゃんと日当が支払われるので嬉しい"と言っていました。他所の街では払い渋りにあった事もあるのだそうで。」


「閣下が払い渋りなど許す訳がない。他はともかく、新生グラドサルでは誰もが公正に扱われるのだ。」


「しかしピンハネしている中間業者はいるようですね。」


「なに!?」


「建築業界は人足寄せ場みたいな側面もありますから、作業員を紹介してマージンを取る事は多々あるでしょう。しかし元請けから孫請けに経由させてマージンを絞り続けるのはどうですかね。現場の作業員達はそのあたりを良く知っています。誰が中抜きしているのか、とかはね。」


「さっきの作業員達の話だけでそうだと決めつける訳にはいかないのではないか?」


「もちろんです。しかし中将の話ではグラドサルの旧支配層から接収した資産を原資に、十分な復興予算が確保出来たのだそうです。彼らの不正な蓄財は膨大な額で、そのお陰で末端の作業員達にも突貫工事の手当てを支給しても余りある、と。さっきの連中は"日当がちゃんと支払われる"コトに満足していましたが、聞いた額から考えて、突貫手当てが含まれているとは思えない。誰かが抜いているんです、彼らが本来受け取るべき労働の対価を!」


八熾の庄は現在も竣工が続いている。領主としてその事業に携わったお陰で街の建築コストには詳しくなった。地方によってコストに違いはあるが、ロックタウンの作業員日当に比べ、彼らの日当は明らかに安い。


「………」


「劣悪な労働環境に泣き寝入りしてきた連中なら、少々の不公正なら喜んで従事するだろう、そんなナメた考えは許せない。オレも軍務に服してみて分かりましたが、組織の為に無理をしなきゃならない局面は、そりゃありますよ。でも司令は命を張れるだけの待遇でオレ達を遇してくれています。」


建築現場にだって命の危険はある。突貫工事ならなおさらだ。


「至急、特命チームを編成して現場作業員から聞き取り調査を行おう。」


「ありがとうございます。」


「ありがとうはこちらの台詞だ。トップの中将が労働者に正しく報いる施策を執ってらっしゃっても、末端がそうなっていないのでは意味がない。」


「大佐、末端という言い方はヤメてください。人生に末端なんてない。どんな立場にあろうと人が生きているコトに変わりはないんです。」


「……そうだな、末端ではなく、現場と言うべきだった。私も軍高官という立場に驕っていたようだ。閣下が天掛少尉を高く評価する理由が分かった。天掛少尉は弱い立場の人間に寄り添える男なのだな。」


また過大評価がきたか。オレは弱い立場の人間に寄り添える人間って訳じゃない。オレ自身が弱い人間だから、そうしてるだけだ。今いる地位は司令に押し付けられただけなんだよ。


───────────────────


視察を終えたオレは市内にある軍施設で、中将が選抜した精鋭兵士を相手に教練を行う。司令が自分の師団を持ったコトで、アスラ部隊はシノノメ師団から離脱した。早急にアスラ部隊に代わる中核部隊を編成しなくてはならないというコトなのだろう。選抜された精鋭兵達はその指揮官候補生という訳だ。


雅楽代大佐が見守る前で、オレは選抜された兵士20人と一騎打ちで戦い、なんとか全員を退けた。


「この20名は見込みのある者ばかりなのだが、総掛かりとはいえ一騎打ちでは天掛少尉には及ばないか。疲れの出る後半に戦った連中にはチャンスがあるかと思っていたのだがな。」


「申し訳ありません、サー!!」


唱和する20名に向かって雅楽代大佐は首を振った。


「私より強い天掛少尉に、今すぐ勝てなどと無理は言わん。だが体で分かっただろう。これがアスラコマンドの隊長級、諸君らの目指すべき姿だ。」


「イエッサー!!」


「天掛少尉、ご苦労だった。ホテルに戻って汗を流してくれたまえ。夜会の時間になったら迎えをやるから。」


運転手を買って出てくれた候補生が敬礼し、車を回しに訓練場から出ていった。


遠慮はせずに厚意に甘えてホテルに送ってもらおう。流石に少し疲れた。


─────────────────────


宿泊している高級ホテルで開かれる夜会に、三人娘を連れて出席する。ヒンクリー少将の御令息で、指揮官候補でもあるリックも出席させたのだが、リックが選んだパートナーは意外なコトにビーチャムだった。てっきりノゾミだと思ってたんだけどな。


化粧でソバカスを消し、ドレスアップしたビーチャムだったが、慣れない場所に連れてこられた不慣れさまでは消せていない。しかし辺境基地の雑用係から、セレブのたむろする夜会に出席するエリート兵への転身か。同盟侯爵になったオレも大概だが、ビーチャムのサクセスストーリーもなかなかだな。


「キョロキョロするな。ここはゴロツキ溢れるガーデンとは違うぞ。」


「はいであります!しかしリック殿、なぜに自分なのでありますか。なんでも器用にこなすノゾミでよかったでしょう?」


傍らに立つ長身タキシードに疑義を呈すビーチャム、リックはしれっと答える。


「俺よりパーティーに不慣れな奴が欲しかったからさ。ノゾミだと初めての夜会でも器用にこなしちまうに違いないからな。」


「そんな理由だったのでありますか!ヒドいのであります!」


「それにおまえ言ってただろ。"古巣では雑用係というより雑役婦で、パーティーの給仕係さえやらせてもらえなかった"ってな。今夜のビーチャムはパーティーの裏手で皿洗いをやってる訳じゃない、パーティーの出席者なんだぜ?」


「……リック殿……」


「だからキョロキョロオドオドしてないで胸を張れ。アスラ部隊の異名兵士「赤毛の」ビーチャム、その赤いドレスもよく似合ってらぁ。」


励まされ、褒められたビーチャムはニッコリ笑って胸を張ってみせた。


……ビーチャムさん、胸を張るのはいいが、肝心のお胸のボリュームが……


リックもオレと同じコトを考えたらしい。男二人は生暖かい視線を交わして苦笑いする。


「何を考えたのかわかったのであります!天誅!!」


スカートをヒラリとなびかせ、ビーチャムはオレとリックの足を踏ん付ける。


超再生持ちで痛みに強いリックは、足を踏ん付けられたままビーチャムの手を取り、会場に現れたシノノメ中将に挨拶しにいく。


オレも後に続こうとしたが、シオンに手を引かれてしまった。


「どうした、シオン。」


「新侯爵に挨拶したいという方々が列を成しています。リリスが応対していますが、そろそろ顔を出してください。」


老若男女、様々なセレブ達の応対をしていたリリスが、こっちを見て"早くきなさいよ!"と視線で要求してきた。ナツメは……バルコニーでシュリ夫妻と談笑してるみたいだ。相変わらずのマイペースですコト。



サッサとセレブ達への挨拶を済ませて夫妻と合流しよう。考えてみればシュリやホタルとパーティーに出るのは初めてだな。何度出ても夜会には慣れないオレだが、シュリ達がいるなら少しはリラックス出来そうだ。




いつも誤字脱字を指摘してくださる方、ありがとうございます。

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