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再会編24話 汝が血で以て贖え



ガーデンのドックに居並ぶ陸上戦艦達を夕陽が照らし出す。夜の帳が迫る中、大勢のクルー達がフォークリフトやクレーンを使って、武器弾薬と資材の搬入作業に励んでいた。艦隊を率いる旗艦が軽巡の撞木鮫ってのがなんだが、大きさ的には不釣り合いでもオレ達の母艦はいい船だ。問題ない。


「カナタ、出発の準備は順調なようだな。」


将官用のケープを羽織った司令が歩み寄ってきて、作業の進捗状況を確認しながら声を掛けてきた。オレは敬礼してから言葉を返す。


「はい。物資の積み込みを以てコンマ中隊と御門グループ企業傭兵団の準備は完了、予定通り明日の朝、グラドサルへ進発します。」


「大規模演習にはシュリ中隊とホタル中隊も同行させる。スイーパーチーム用に回して貰ったベルーガ級軽巡の実戦テストも兼ねてな。」


「ベルーガ、シロイルカですね。リグリットの水族館で見ましたが可愛い生き物でした。」


「そうだな。だがベルーガ級軽巡は可愛くない性能の新鋭軽巡だ。ハンマーシャークと同時開発されていたアレスの新型だが、叔父上の()()でウチに回ってきた。私の昇進祝いといったところだろう。フフッ、よほど私が可愛いと見える。」


厚意で回ってきたとか、ぜってー嘘だ。司令が中将にお強請(ねだ)りしたに決まってる。


「グラドサルでシノノメ中将にお会いした時に礼状を渡しますから、一筆お願いしますよ。」


「私と叔父上の間にそんな杓子定規なモノはいらん。」


「書いてください!親しき仲にも礼儀あり、中将が司令のお陰でどんだけ苦労してるかご存知でしょ!」


「やれやれ。カナタの皮を被っているが、中身はシュリかホタルだったりしないだろうな?」


「オレもたいがい無頼ですが、司令ほどじゃありません。その生真面目夫妻が同行してくれるのは有り難いですね。道中、お小言は言われそうですけど。」


「シュリやホタルもそろそろ操艦を覚えていい頃だからな。シュリは最近、筋トレに凝ってるようだ。カナタに置いていかれまいと必死なんだろう。いい傾向と言える。」


「オレはシュリに水をあけたなんて思ってません。」


司令が煙草を咥えたので火を点けようとしたが、手で制された。


「カナタ、もう提灯鮟鱇(チョウチンアンコウ)みたいな真似はよせ。おまえの格が落ちる。」


自分で火を点けた司令が紫煙とお説教の言葉を吐き出したので、反論する。


「オレはそんな大層な人間じゃ…」


「おまえがそう思っていようが、周りはそうは見てくれん。同盟軍侯爵として私有領を持ち、名だたる異名兵士(ネームドソルジャー)であるパイソンやキーナムさえも退けた「剣狼」こと、天掛カナタ特務少尉をな。」


それ、ほとんど全部司令が押し付けたモノじゃないかよ。よくよく考えれば滅茶苦茶理不尽なんじゃねえか?


「……地位や身分ごと理不尽を押し付けた張本人が言いますかね。」


「私の押し付けた理不尽という名の重荷をおまえは見事に背負ってみせた。押し付けた甲斐があったというものだな。詫び料代わりに一杯奢ってやるから付き合え。」


「まだ物資の搬入が終わってませんが……」


「おまえがここにいたところで何の役にも立たん事は分かっている。事務的作業はリリスとシオンに任せきり、図星だろう?」


「仰せの通りですけどね。そのお誘い、拒否権はないっていつものヤツですか?」


「そういう事だ。理解したならサッサとこい。」


顎でしゃくりながらケープを翻した司令は、返事も聞かずに歩き出した。


やれやれ、強引なボスですコト。


────────────────────────


司令のプライベートサロンにはミニバーも設えてある。冷蔵庫から取り出した氷をアイスピックで砕いた司令は二つのグラスにウィスキーを並々と注いでカウンターに置き、オレに席を勧めてきた。


グラスを合わせると氷が踊り、心地よい音色を小洒落た室内に響かせる。


「そういやクランド中佐はどうしたんです?」


「今夜は00番隊の懇親ボーリング大会があってな。クランド無双のお時間という訳だ。」


……どこまでボーリングが好きなんだよ、あのジジィ。


おっ!このウィスキー旨いな。オレにすら違いが分かる極上のスモーキーフレーバー、さぞお高いに違いない。


「いい酒ですけど、高くつく酒になりそうですね。」


ただ飲むのに付き合えってコトじゃないんだろう。お高いお酒だけに高くつきそうだ。


「フェイン・ギルモアの30年、値段は60万クレジットだ。」


「マジッスか!!」


この一本が60万クレジットだってえ!?


「どうした、侯爵?」


「司令、こんな高級酒をオレに飲ますのは無駄っていうか勿体ないって言うか……」


「値的にはもっと高い酒もあるが…」


「これでいいです、十分です!」


キャビネットに手を伸ばそうとする司令を慌てて止める侯爵位を持つ小市民の姿はさぞ滑稽だったに違いない。


このキャビネットにある銘酒達を買う金で、一般人なら半生を送れそうだ。いや、一生暮らせるかも……


そんなキングオブ小市民な考えを頭に浮かべたオレ、もちろん人の心を映す鏡を持った司令は小市民の考えなどお見通しで、容赦なく笑った。


「クックックッ。おおかたこのキャビネットの酒類だけで一財産あるな、とか考えてるのだろう? だが一番高いのはキャビネットそのものだったりするのだぞ? その値段、なんと…」


「言わなくていいです!」


「おまえの腰掛けてるその椅子も…」


「ヤメて聞きたくない!お尻がムズムズしてきたぁ!」


なんて居心地の悪いバーカウンターなんだ!オレにはスネークアイズあたりが丁度いいっての!


「カナタは本当にからかい甲斐があるな。ま、掴みはここまでにして肝心の本題だ。」


掴みなんていらねえよ。司令もリリスもお笑い番組に毒され過ぎなんだよ。


「本題ってのはなんです?」


「私の父、アスラ元帥は搭乗していたヘリの事故で死亡した。知っているな?」


「はい。元帥の伝記は読みましたから。」


「その伝記には一点、誤りがある。父は事故死ではなく……謀殺されたのだ。」


危うくお高いに違いないグラスを床に落としてしまうところだったが、司令が空中でキャッチしてくれた。


「驚いたか?」


司令からグラスを受け取り、渇いた喉を潤す為に一気に飲み干す。……酒の味がしねえ。


「……驚くなってのが無理です。確かなんですか?」


「間違いない。隠匿されていた事故資料を入手した。父のヘリには爆発物が仕掛けられていたのだ。」


「……機構軍の仕業ですか? いや、機構軍の仕業なら暗殺と言うはずだ。ってコトは……」


謀殺って表現、それはアスラ元帥は()()()殺されたというコトを指している。


「そうだ。父は同盟軍の誰かに謀殺された。最初は三元帥の誰かだろうと疑っていたが、違ったようでな。」


「アスラ元帥の死による最大の受益者は当時大将だったザラゾフ、兎我、カプランの三人ですが、違ってたんですか?」


となると、あの三人が元帥になるコトによって自分も引き立てられる誰かの仕業だろうか?


「単独犯ではなく、三元帥が共謀した、というのが私の立てた仮説だ。」


……目眩がしてきた。だけど受益者全員による犯行という線は十分あり得る。そもそもあの三人が単独で元帥を出し抜けるとは思えない。司令が共同犯行説を考えたのも、それが根拠だろう。


「オレに犯人捜しに協力しろって話ですか。……本当に高くつく酒だ。」


「おまえは洞察力が高く機転が利く。私が将官に昇進する事にしたのは、私に代わって動ける男の目処がついたからだ。」


司令が大佐の地位に留まっていたのは、父の死の真相を探る目的もあったからか。合点がいったぜ。


問題は我が身に立てられたこの白羽の矢を、引き抜く(すべ)はないってコトだな。……だったら素直に引き受け、代わりに条件をつけた方が得策か。


「やってみます。ですが条件が二つあります。」


「言ってみろ。」


「真相を探る方法は自分で決めます。コンマ中隊のみならず、仲間を巻き込むつもりはありません。もちろんミコト様達もです。」


「よかろう。もう一つの条件とはなんだ?」


「場合によってはマリカさんの手を借ります。マリカさんはこのコトを?」


「まだ話していない。知っているのは叔父上とクランドだけだ。」


「でしたらまだ話さないでください。どうしても手を借りなきゃならなくなった時に、事情を話しましょう。」


「わかった。おまえの弱みにつけ込んで、無理難題を言っているのは分かっている。だがどうしても許せんのだ、父を謀殺した連中をな!」


オレはキャビネットから赤ワインを取り出し、コルクを抜いた。そして二つのワイングラスに真っ赤なワインを注ぎ、一つは自分の手に掲げ、もう一つは怒りに震える司令の拳をそっと開いて握らせ、乾杯を促す。


「乾杯しましょう。裏切り者どもに報復を誓って。」


「ああ。裏切り者が誰であれ、必ず天誅を下してくれる。軍神アスラの名においてな。乾杯だ。裏切り者に告ぐ……汝が血で以て…」


「…その罪を(あがな)え。」


オレと司令は静かにグラスを合わせ、ワインを飲み干した。


ボディが強く、豊饒な風味の赤ワイン、銘柄は知らないが珠玉の一本だろう。




だけど、そのワインからは……確かに血の味がした。




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