再会編8話 正義補正のセレモニー
最強中隊長決定トーナメントは街を挙げてのお祭りイベント、昨夜の前夜祭から大いに盛り上がっていたらしい。
街の至る所に掲げられたノボリやポスター、仮装行列が通りを練り歩き、お祭り気分を盛り上げてくれる。
トーナメントの観戦に訪れた観光客も多く、宿泊施設は満杯だと聞いた。市長はホクホク顔だろうな。
ここの市長の偉いところは、イベントで得た収益は全て街の活性化と慈善事業にあてると宣言し、実行するところだ。他の街なら収益の大半は特権階級のポケットに入っていただろう。
領主にされてしまったオレはロックタウンの市長と何度か会合を持ったのだが、市長はロックタウンを愛し、街の発展と市民の安全を何より重視する為政者の鑑のような人だった。
世襲権力者なのに市民が圧倒的に市長を支持するのも頷ける。市民にとっては権力の正当性は二の次、三の次。最大の関心事はいかに公正で暮らしやすい統治を行ってくれるか、に尽きる。
今の姿勢を変えない限り、ロックタウン市民は市長を支持し続けるだろう。
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ロックタウン屋外競技場に設えられた特設闘技場が戦いの舞台だ。屋外競技場の収容人数は2万人、それが立ち見が出るほどの盛況だってんだから、大舞台だよな。民放のテレビ中継も入るってんだから、司令はプロモーターになっても大成したんじゃないかね。
会場入りしたオレは選手控え室に入り、集中を高める。
昨晩、マリーさん対策は考えに考えた。だけどそれはマリーさんも同じだ。
八熾の一族郎党、特にちびっ子達の前で情けない姿は見せられない。若僧で威厳のない当主であっても、オレは八熾の旗頭なのだ。一族の先頭に立ち、傷付き破れたとしても、決して折れてはいけない。
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「天掛少尉、お時間です。」
ドアの外から係員に呼ばれ、オレは椅子から立ち上がる。
控え室を出たオレは係員に先導してもらいながら、闘技場へ続く廊下を歩く。
「天掛少尉、固いお顔ですが、緊張されていますか?」
表情が固いのは緊張からじゃない。オレの初めての戦いのコトを思いだしていたからだ。
情けは無用、殺らなきゃ殺られる。10号はオレに戦場の掟を教えてくれた。……その10号がオレの初めて殺した相手だった……あの日から、オレの戦いは始まったんだな……
「……少しね。」
「剣狼と呼ばれ名を馳せる天掛少尉でも、初めての闘技場は緊張するものなんですね。」
「初めてじゃない。四度目さ。」
「えっ?」
「ここからは一人でいい。あのゲートの出口が会場なんだろ?」
「はい。天掛少尉、ご健闘を!」
人生四度目の闘技場、だけど今までと違うのは、この戦いにオレは胸を張って臨むってコトだ。
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「レディース&ジェントルメ~ン~~!……龍の門から登場するのは、同盟侯爵にしてアスラ部隊の新星、先の戦いでは「鉄拳」バクスウさえ退かせた男。……01番隊代表……剣狼こと~~~天掛、カナ~タ~~~!!」
蝶ネクタイの司会者がマイク片手にオレの名をコールすると、会場から歓声が上がる。
って、どっかで聞いた声だと思ったら、司会者はチッチ少尉かよ!
龍のレリーフが施された門をくぐって闘技場への花道を歩くオレ。軍楽隊の奏でる勇壮な行進曲がBGMだ。
否が応でも気分が盛り上がってくるねえ、司令らしい演出だよ。
観客席にいるちびっ子達が円を形取る二つの勾玉がプリントされた小旗を振って応援してくれる。
「お館様~がんばれ~!」 「ぼくたちがついてるよ!」 「やさかの狼はまけないの!」
八熾の家紋を背負っての戦いか。ちびっ子狼達に新米当主のカッコいいトコ見せなきゃな。
闘技場に立ったオレは八熾一族が陣取る応援席に向かって手を振ったが、途中で固まった。
……シズルさん、白鉢巻きにタスキをかけた学ラン姿とかやめて!昭和の応援団かよ!
シズルさんの後ろで侘助は家伝の法螺貝吹いてるし、寂助は陣太鼓を叩いてる。やりたい放題だな。
牛頭馬頭兄妹はちょっと離れたトコで見ない振り、賢明だな。
「虎の門から登場するのは、御堂司令直属の00番隊代表……家名再興に全てを賭け戦う、黄金の銃を持つ女~~。……「黄金銃」マリー~~ロール~~デ~メ~ル~~!!」
金髪縦ロールを靡かせながら、黄金で装飾されたガトリングガンを携えるマリーさんが入場してきた。
「お嬢様~~ファイトォ~!」 「八熾に続いて我らも家名再興を!」
マリーさんが没落貴族のお嬢様って噂はホントだったんだな。
華やかな行進曲にノッたマリーさんは足取り軽く闘技場に立ち、観客席に向かって優雅に一礼、チッチ少尉を挟んでオレと相対する。
「第一試合を始める前に、大会出場者の身体を預かるドクターの紹介を致しましょう。ドクター榛、闘技場へお上がりください!」
野球のリリーフカーみたいなのに乗って榛先生が現れ、闘技場へ上がってきた。
「榛先生!帰って来られたんですね!」
「心配をかけたね。カナタ君、兄がとんだ迷惑を…」
「言いっこなしですよ、先生!無事でよかった!」
貴賓席に座るヒムノン室長に目をやると、ニンマリ笑って頷き、親指を立てた。
「見る目のない人間の誤った見込み捜査でドクター榛は身柄を拘束されていましたが、無事に疑いは晴れ、こうして帰って参りました。皆様、盛大な拍手を!」
2万人の観客達が4万の手で拍手を送るこの光景、榛先生の身柄を拘束した連中は顔真っ赤だろう。ざまぁみろ!
「冤罪は社会において最も忌むべき悲劇、その悲劇は今のみならず、10年前にもあったのです。皆様、メインスクリーンをご覧ください!」
軍楽隊がおどろおどろしい音楽を奏で、メインスクリーンからは10年前の事件の概要が映し出される。
トンカチのお父さん、屯田辰ノ進曹長の起こしたとされる事件を……
スクリーンがパリンと割れる演出と共に、大きく「冤罪」の文字が浮かび上がり、事件の真実が流れ始める。
映像が終わる頃には、静寂が会場を支配していた。
タイミングを見計らっていたチッチ少尉はマイクを使わず、豊かな声量のよく通る声で会場に呼びかける。
「なんという事でしょう!屯田曹長は不注意で事故を起こした不名誉軍人などではなく、命を懸けて不正を暴こうとした英雄だったのです!ですがご安心ください!隠蔽された事件の隠された真実をミドウ准将が暴き、真犯人達は罰されました。その報告を受けたシノノメ中将は屯田曹長の名誉を回復し、任務に殉じた英雄として少尉の階級とゴールドスター勲章を授与する事を決定されました!」
うまいモンだ。マイクを使わずあえて肉声でアピールして芝居臭さを消し、劇的な効果を狙う、か。
あざといやり口、だけどこういう勧善懲悪劇は常に大衆の心を掴む。ま、今回に限ってはトンカチと親父さんの名誉の問題だ。派手なアピールも悪くないか。そしてこの勧善懲悪劇の主役は当然……
「故人に代わって授与式の壇上に上がるのは……屯田曹長の息子、屯田勝ノ進伍長であります!」
龍の門から姿を現したトンカチに向かって暖かい拍手が降り注ぐ。
同時に貴賓席からタラップが伸び、シノノメ中将とエマーソン少佐が闘技場に降りてきた。
晴れ舞台に立ったトンカチの胸にシノノメ中将が少尉の階級章を、エマーソン少佐が黄金の勲章をピンで留める。
「屯田伍長、君のお父さんは責任感と正義感を併せ持つ立派な軍人だった。」
柔和な笑顔のシノノメ中将が故人の功績を称え、エマーソン少佐が相槌を打つ。
「中将の仰る通りだ。済まなかったね、私がよく調べておけば、もっと早く冤罪は晴れていただろうに。ヒンクリー少将もご自身でここに来たがったのだが……」
「いいんス!少将は最前線のシュガーポットから動く訳にはいかないッスから!親父の冤罪が晴れて俺は嬉しいッス!」
「トンカチ、よかったな。」
「これも大兄貴のおかげッス!……ふぐぅぅ……親父、見てるッスか……ヒック……」
「オレじゃない。事件を調べたのはシュリとホタルさ。」
「……うおぉぉぉん!親父ぃぃ~~!!」
号泣はいいけど、鼻水はやめとけ。民放の中継が入ってんだぞ?
しかし効果的なショーアップだぜ。プロデューサー=司令、監督、脚本=チッチ少尉ってトコか。
アスラ閥、いや、司令の下では正義が実現される、そういうメッセージを世間に送りたいって試みは大成功だ。
完璧に作った笑顔で拍手を送る司令の姿は、テレビの前の視聴者達に大いに訴えるモノがあっただろう。
でも……ローゼなら作った笑顔じゃなく、本当の笑顔を見せてたんだろうな……




