再会編4話 マキャヴェリズムへのカウンター
「コウメイ、ミコト姫の館が薔薇園に完成し、秘匿通信設備も設えられたとの事です。」
「知っている。これでミコト姫の決裁が取りやすくなるな。」
「息子さんと話す事も出来ますね。」
「カナタと直接やりとりするのは危険だ。息子は聡い。わずかな手がかりでも与えれば、私の正体に気付くかもしれん。」
「コウメイの演技力なら大丈夫でしょう。私がカナタさんなら、頑なに自分と通信しようとしないコウメイの態度に不信感を持ちますね。直接やりとりしようとしないのは、自分が知ってる人間だからじゃないのか?と、疑います。」
確かに。カナタなら手がかりを与えまいとする態度を手がかりにしかねない。
「コウメイ、父だと名乗り出るつもりがないのなら、権藤としてカナタさんの成長を手助けすべきです。ミコト姫が弟と呼び、側近中の側近と目されるカナタさんは、暗闘にも巻き込まれるのが必定。地球で言うところの権謀術数主義をカナタさんに教えるのはあなたしかいません。」
バートの言う通りか。父としてしてこなかった事を、私はすべきなのだろう。
「カナタには間違っても、かつての私のようになって欲しくない。だが父として権謀術数主義者どもに息子が翻弄されるのを座視する訳にはいかん。権謀術数主義者に勝つ方法、対権謀術数主義をアドバイスすべきだろう。権力機構に巣くう亡者どもの考えを、誰よりも理解しているこの私がだ。」
カナタにアドバイスを行うなら、仮の人格、権藤杉男の経歴を固めておかねばならん。
カナタの類推しているであろう私の人物像を想定し、権謀術数主義や組織運用に精通している理由を考えろ。わずかな隙があれば、息子は容赦なく噛み砕きにくるぞ? カナタの牙は剣だけじゃない。その脳内にも鋭利な牙を隠し持っているのだ。
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命龍館と名付けられたミコト姫の館、その秘匿通信室にいるカナタとミコト姫を相手に、私はグループ再編の中間報告を行った。
「了解です。思った以上に御門グループは腐食が進んでいたようですね。」
ミコト姫には意外だったようだが、私にとっては想定内だ。なにせトップが我欲の塊だったのだからな。
我龍とはよく名付けたものだよ。
「ミコト姫、組織とは河川のようなモノなのだ。」
「河川、ですか?」
「上流から汚水を流せば、中流、下流も汚染される。権藤、そういう事だろ?」
その通りだ。いいぞ、息子よ。私の子だけあって理解が早い。……見捨てた私の言う台詞ではなかったな。
「そういう事だ。それから今後、私の事は権藤ではなく、教授と呼んでくれ。」
「教授? 元は教鞭を執っていたのか?」
よしよし、喰いついてきたな?
「ああ。元は首都にある大学の教授だった。」
元大学教授、それが私の仮想人格、権藤杉男の設定だ。カナタなら首都にある大学と言えば、かつて目指した日本一の名門大を考えたはずだ。実際に私の母校なのだから、設定と実像に齟齬は出ない。
ウソを信じさせる秘訣は、本当の話にウソを練り込む事にある。
「インテリだとは思ってたけど、名門大の教授だったか。では教授、例の件だが、リグリットにいる猿渡さんが一人で担当する。他の人間には一切、関与させない。」
猿渡佐和、SBCのエース研究員だったな。カナタの再バイオメタル化も彼女の仕事だった。
「秘密保持の為にはそれが最善だな。猿渡女史なら申し分はない。今、妻子によく似た人間を探しているところだ。見つかり次第、猿渡女史に頼む事にしよう。」
これもウソではない。実際に風美代やアイリによく似た人間を探してもらってはいる。あくまで保険としてだがな。
「教授、更迭する役員の処遇なんだが、どうすべきだと思う?」
「最善策は殺す事だ。更迭された者はグループの機密を他社に売りかねない。」
「オレは殺すのが最善策とは思えないな。役員にも家族がいる。真相を知ったら報復に出てきてもおかしくない。役員で九死に一生を得た者も然りだ。」
その通りだ。邪魔者は殺すなんて安直な人間にはなって欲しくない。反対してほしいが為に提案したのだ。
「それに更迭役員を軒並み暗殺したと露見すれば、面倒な事になるか。」
「組織を大幅に再編する訳だから、それを利用し、更迭役員の知り得る情報を極力無価値にする手を打つべきだろう。彼らにはXデーまで自分の処遇を悟らせず、突然の解任劇に持ってゆく。これなら流出する機密情報は最小限で抑えられる。」
うむうむ。いいセンスだ。私もそう考えていた。
「Xデーを迎えると同時に、セクションDを使って彼らの自宅のパソコンと所有する重要書類を回収しておく。カナタは役員会終了と共に彼らの持っているノートパソコンやハンディコムを取り上げ、破壊しろ。機密情報を完全に暗記しておける人間などそうはいない。不完全で断片的な情報が外へ流れても、致命傷にはならん。」
「わかった。ミコト様、それでよろしいですね?」
「……はい。罷免される役員達は気の毒に思いますが……」
「役員からは外しても、それなりの立場で御門グループに残れる選択肢は提示してやってもいいと思います。教授、出来るよな?」
「出来るが、意味があるか? 役員様だと威張っていた連中が肩書きを外され、アゴで使っていた者が役員になるのだ。そんな境遇には耐えられまい?」
「道を提示したコトに意味がある。立場はどうあれ、御門グループに残れる道はあったのに、選ばなかった。その責任は自分で取るべきだろう。本人が納得しなくても、オレが責任を取らせる。最悪の場合は人生そのものを終わらせてでもな。」
役員から解任される事を受け入れるか、退社しても大人しくしているならよし。御門グループに仇なすなら、場合によっては命まで取る、か。
情はかけるが、情には流されない。いいぞ、それでいい。
「了解だ。御門グループに残す選択肢を与える役員をカテゴリーA、問答無用で放り出す人間をカテゴリーBに分けたリストを送り直す。」
「教授、リスト分けする理由はなんですか?」
「ミコト様、カテゴリーAは無能者のリスト、カテゴリーBは特別背任などの脛に傷持ち者のリストです。教授、無能と不心得を十把一絡げにするのは今後はナシだ。無能者が高い地位を得た主たる責任は引き上げた者にある。そう思わないか?」
本当に察しがいい。それに、無能と不心得を一緒にするな、か。……私が教えられてどうする。
「以後はそうしよう。それからカナタ、協調体制をアピールする為に、御堂財閥からも新役員を受け入れるべきだと思う。この件についての意見を聞きたい。」
「今後のコトを考えれば、受け入れざるを得ないだろう。だが山っ気が強いヤツを送り込まれちゃ迷惑だな。」
「御堂財閥出身の新役員候補のリストは既に作成してある。そのリストを基に司令と交渉してくれ。もちろん、御堂財閥にも御門グループから役員を出向させるという条件も忘れないようにな。」
「こちらから送り込む人間のリストも送ってくれるんだろ?」
「ああ。出向する者、受け入れる者、どっちのリストにも印を入れておいた。私のお勧めは◎、○、△の順だ。」
「教授、競馬新聞じゃないんだから……」
「私の趣味は競馬なのでな。分かりやすくていいだろう?」
天掛光平はギャンブルは一切やらない男だった。だが教授の趣味は本物の権藤と同じく競馬だ。権藤は東京競馬場に日参する競馬マニアで、その魅力とやらを無理矢理聞かせられてしまった。まさか役に立つ日が来るとは思わなかったが……
「名門大学の教授さんが競馬マニアかよ。東京競馬場にでも通ってたのかい?」
「忘れもしない、第61回日本ダービーでのナリタブライアンのあの勇姿……まさかの第3コーナーでのスパート開始だぞ? 誰もが早いと思ったが、ナリタブライアンはそのまま差しきった。凡馬の常識をナリタに当て込んだ私達の不明、不見識を嘲笑うかのような圧倒的なその走りに誰もが魅了され…」
「……長くなりそうだからまたにしてくれ。競馬もいいが、女房子供を泣かせん程度にしなよ?」
「うむ。ではリストは例によって八熾の庄の下屋敷に送っておこう。それではな。」
フフッ、カナタのあの呆れ顔。趣味に関しては誰しも饒舌になるというが、見事に私の演技に引っ掛かったようだな。
外伝にトッドさんのエピソード、流星編もあげました。金髪先生の過去を書いた話です。興味のある方は是非読んでみてください。




