照京編33話 火山のバーンズ
「アシェス、クエスター!どういう事ですか!なぜ私や少佐に黙って勝手な真似を!」
ボクが兄と姉のような騎士二人に本気で腹を立てたのは、初めてだったかもしれない。ボクの怒気が伝わったのか、肩に乗っていたタッシェは慌ててバスケットのマイルームへ退避していった。
「……兵団から要請があったのです。作戦に参加すれば、私達の移籍を認めてくださると……」
歯切れ悪く答えるクエスター。ボクがここまで怒るとは思っていなかったようだ。
「それにガリュウ総帥の政は悪政そのもの。打倒する大義名分は十分だと思いましたもので……」
アシェスはそう抗弁したけど、ボクに相談もなしという理由にはなってない。
「お黙りなさい!照京のミコト様の人となりは知っているでしょう!争いを嫌う、心優しいお方であると!今は陣営が違っても、将来的には私と手を携えてくださるかもしれないお方を、あなた達は敵に回してしまったのです!」
敵に回したのはミコト様だけではなくカナタもだ。カナタは八熾宗家の血を引く人間。ミコト様の人となりなら、祖父の愚行の犠牲となった八熾一族に同情するに決まっている。せめてもの罪滅ぼしにと、八熾を代表するカナタに肩入れしていただろう。
カナタは誰かに忠義立てする人間ではない。だけど、忠はなくとも義はある。己が義を通す為ならどんな困難にも立ち向かう性格だ。本当にマズい事になった。
……でもカナタ、ツイてないにも程があるでしょ? なんでクーデターの真っ只中に飛び込んでくるの!
「ローゼ様、そのあたりで怒りをお鎮めくだされ。兵団の要請を断ったとしても、ロウゲツ大佐、いや准将は陛下に根回しして命令を下させたでしょう。どの道、断れる話ではなかったはず。」
クリフォードが宥めに入り、ボクは少し気を落ち着かせる。
「そうかも知れません。ですが参戦やむなしだとしても、前面に出る事は避けたかった。」
現実は前面に出るのを避けるどころか、アシェスとクエスターが照京攻略の殊勲賞だ。二人の手によって、ガリュウ総帥とウンスイ議長は拘束されたのだから。
「ギン、通信室へ行きます。秘匿通信でトーマ少佐に連絡を取らないと。せっかくの休暇を邪魔されて不機嫌になるかもしれませんが……」
「はい、お供いたします。」
ボクはギンを伴ってマウタウ軍司令部の通信室へ向かった。
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「だいたいの状況は聞いてるよ。ま、終わっちまった事は仕方がねえさ。」
休暇を満喫してるらしく、長袖のアロハシャツを着た少佐はいつものように呑気な口調でそう言った。
「ですが少佐、先々を考えればマズい事態だと思います。」
トロピカルドリンクをストローで啜った少佐は、煙草に火を点けた。
「長期的に考えれば姫の言う通りだろうよ。だが短期的にはそうでもない。虎の子の剣と盾が薔薇十字に組み込めるんだからな。」
兵団を離脱し、ボクの指揮下に入れる。そう思ったからこそ、二人は作戦に参加したんだろうけど……
だけどあの二人は御門家が龍の島でどういった存在なのかがわかってない。御門家と敵対する事は、多くの覇人と敵対する事になりかねないのだ。
「少佐、私達は今後どう動くべきでしょう?」
情けないけど、いい知恵が浮かばない。少佐の知恵を今こそ借りたい。
「休暇を中断してマウタウへ戻る。詳しい話は戻ってからだ。」
「はい。少佐の帰還をお待ちしてます。」
少佐の帰りを待つ間に考えを整理しておこう。それにこの街に赴任してくる防衛司令を出迎えないといけない。
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ボクはクリフォードとギンを伴ってヘリポートで待機する。防衛司令を乗せたヘリは定刻通りにやってきた。
……あれ? あの炎を纏った蜥蜴の紋章は確か……
ヘリから降り立ったのは鍛え上げられた体に赤いコートを纏った長身の老人だった。
「辺境伯!辺境伯ではありませんか!」
「ローゼ様、お久しぶりですな。ずいぶん背が伸びられた。」
「最後にお会いしたのはもう5年も前ですから。ですが辺境伯がどうしてマウタウに? 予定では赴任されるのは…」
「予定が変更になっただけですな。陛下に命じられ、儂が赴任する仕儀に相成り申した。」
「辺境伯が!?」
バーンズ・バーンスタイン辺境伯。リングヴォルトの大貴族で、父の意のままにならない数少ない人物だ。
リングヴォルトの大貴族というだけではなく、「火山の」バーンズと畏怖される異名兵士にして機構軍少将。さすがの父も辺境伯だけは命令一つで右左という訳にはいかない。
父が皇位を争った時には"やむを得ず、支持致しまする。対抗馬が駄馬すぎるゆえ"と父の面前で広言した硬骨漢で、宮廷では「辺境伯」ならぬ「偏屈伯」と呼ばれている。
父に疎んじられ、軍中枢からは外されている辺境伯だけど、失脚した訳ではない。
バーバチカグラードの会戦には召集されたように、ここぞという局面ではその力をアテにせざるを得ないからだ。
「辺境伯が防衛司令に赴任されたのなら安心です。ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。」
「さてさて、この老いぼれに、いかほど教える事がありましょうかな?」
「ご謙遜を。辺境伯が歴戦の軍人である事は皆が知っております。ですが辺境伯、珍しく父の命令に素直にお従いになられたのですね?」
「儂は帝国貴族ですぞ? 皇帝陛下の命とあらば従うまでです。」
絶対ウソだ。やむを得ず辺境伯を駆り出す時の父の渋面が物語っている。父にとって辺境伯は、出来る事なら使いたくない駒なのだ。
「さすがは帝国の重鎮、立派なお心掛けです。」
ボクの背後に控える二人に目をやりながら、辺境伯は答えを返してきた。
「宮廷では偏屈伯で通っておるようですがの。久しいの、クリフォード。ん? おヌシは確か「暗殺屋」ギンだったか?」
クリフォードは厳かに一礼し、ギンは敬礼しながら自己紹介する。
「姫様の護衛を務めます、鉄ギンです。お見知りおきを。」
「ヤクザ風情が王族の護衛とは出世したものだな?」
「辺境伯、ギンは私の信頼する護衛役です。ヤクザ風情は取り消してください。」
「ローゼ様、ギンがヤクザ上がりなのは事実で…」
「クリフォードは黙ってなさい。これは私と辺境伯の問題です。」
「ほう、なかなか良い目をされるようになった。儂とローゼ様の問題、そう仰いましたな?」
立ちはだかる敵、全てを焼き尽くすと言われる辺境伯の瞳に炎が宿る。その迫力に気圧されそうになったけど、負けないから!
帝国の、いや、機構軍の重鎮で、歴戦の強者である辺境伯に、血縁だけで地位を得た小娘が意見するのは無謀だってわかってる。……でも、仲間への侮辱だけは看過出来ない!
瞳に宿った炎が揺らめき、火勢を弱めた。歴戦の勇者である事を眼力だけで証明した辺境伯は、口元だけで笑う。
「……鳳凰の雛を見よ、か。バクスウの言うた事、正鵠を射ておるのかもな。……ヤクザ風情は取り消しましょう。」
ひょっとして辺境伯は、ボクを試したのだろうか?
「ありがとうございます。辺境伯はバクスウ老師とお知り合いなのですか?」
「半世紀近く付きおうておる。偏屈ジジイ同士、気が合うのでな。まあ、碁敵、チェス敵といったところじゃよ。」
「そうでしたか。私も老師にはお世話になっております。」
「ボク、ではないのですかな? 聞き及んだところではローゼ様はまだご自分の事を…」
「辺境伯!頑張ってよそ行きモードを維持してる努力をわかってください!」
バクスウ老師もそんな事まで辺境伯に吹き込まないで!
「ハッハッハッ。ローゼ様、マウタウは儂に任せ、一度リリージェンにお帰りなされ。バクスウも会いたがっておるでしょう。病院は退屈でしょうからな。」
病院!?
「バクスウ老師は入院されているのですか!?」
「公にはなっておりませんが、照京敗残兵の掃討戦で負傷したのです。ご心配なさらず、命に別状はありません。」
「よかった。しかしバクスウ老師ほどの達人を負傷させるとは、何者です?」
「同盟の剣狼カナタ。邪眼持ちの悪魔と兵士どもに恐れられる男らしい。バクスウめは、八熾の小僧狼を相手に不覚を取ったとボヤいておりましたな。」
カナタが!カナタがバクスウ老師を……
「いかがなされた?」
「いえ。それでは辺境伯、マウタウをお願いいたします。ボクは少佐と一緒にリリージェンへ帰投しますから。」
「少佐……死神の事ですな。では儂は帰りを待つ間にナイトレイドの小倅とヴァンガードの小娘がどれだけ腕を上げたかみてやりますかのう。」
「ゆめゆめ、油断なされぬ事です。剣聖と守護神はボクの誇る剣と盾。並世の兵ではありません。」
「それは楽しみだ。ローゼ様、お気をつけて。」
あれ? 昔みたいに話してたけど、それって良くないよね?
「辺境伯、今さらですが、辺境伯はボクの上官になる訳だから、ボクが敬語を使わないと…」
「まさに今さらですな。ここは機構軍式に倣いましょうぞ。階級より世襲身分が重視されるのが機構軍の常識ですからな。」
「いいんですか?」
「ローゼ様の幼少期と変わらぬボクっ娘節が気に入りましたので。」
お言葉に甘えよっと。父上やロウゲツ団長とは現状では協調するつもりだけど、あくまで協調関係に過ぎない。父上や団長の野望とボクの野望は噛み合わない。いずれは対立する日がくるだろう。
経験も実績も乏しいボクには後ろ盾が必要だ。
その相手は辺境伯に決めた。絶対にボクの理想に協力してもらうんだから!




