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激闘編33話 威厳という名の隠れ蓑

ローゼと死神のティータイム、あまり話題は明るくはないようですが……


※作者より※

外伝エピソード&設定資料を別作品として投稿しました。

興味のある方は読んでみてください。



パラス・アテナの作戦室でボクと少佐はお茶会を開いていた。


少佐はお茶じゃなくてお酒を飲んでるんだけどね。日がまだ高いのに、ホントにお酒好きなんだから!


戦術タブの戦況図を眺めながらショットグラスのウィスキーを煽った少佐は独り言を呟いた。


「さて、オーラスだな。この戦場での勝敗次第でどう転ぶかはわからんが、とりあえずは正念場だ。」


とりあえずの正念場、か。矛盾した物言いだけど、少佐がそう言う以上、正念場なのだろう。


「皇帝陛下、いえ、元帥が出撃してきた以上、勝負どころなのはわかりますが……」


「シュガーポットが陥落した以上、ここで負ければ同盟軍は2つの起点から、さらなる攻勢をかけてくる。機構軍は相当マズい状況になるだろう。」


正念場と言ってる割に、少佐の様子はいつもと変わらない。そう、いつものようにどこか他人事だ。


「グラドサルに続いてフォート・ミラーまで陥落するとは思いませんでした。あそこには少佐が発案した八岐大蛇があったのに……」


「完全無欠の兵器も人間も、この世には存在しない。人の作りし物は、人によって攻略可能だ。」


少佐が発案し、ドウメキ博士が作り出した八岐大蛇は同盟軍によって無力化された。


レールを使って移動し、集中運用が可能という長所を逆手にとられて……


「人の作りし物は、人によって攻略可能。覚えておきます。でも、ドウメキ博士が無事だったのは不幸中の幸いでした。博士の頭脳は機構軍の宝ですから。」


「ラマナー高原で交戦が始まる前に、博士に研究所に戻るように伝えた。御堂イスカの狙いはシュガーポットだと分かったんでな。」


「え!?」


「グラドサルを落としたところでシュガーポットが健在であれば、常に攻勢に備えねばならん。そんな不確かな領土を欲しがる女じゃない。だから御堂イスカにはシュガーポットを落とす算段がある、そんなに飛躍した考えでもないと思うがね。」


「少佐!同盟軍の狙いがシュガーポットだと読めていて、何らかの策略があると気付いたのなら警告すべきだったのでは?」


「姫、警告だの忠告だのは聞く耳を持った者にすべき行為だ。ザイドラーは忠告に耳を傾ける男じゃない。なんの証拠もないならなおさらな。」


そうかもしれないけど……でもフォート・ミラーにいるのはザイドラー要塞司令だけじゃない!


「フォート・ミラーには機構軍兵士がたくさん駐屯していました!彼らの為にも警告すべきだったと思います!」


「キキッ!(思うの!)」


「……駐屯兵は運が悪かったとしか言えんな。しかし皇帝も見た目の威厳ほど戦略眼があるという訳ではないようだ。」


「父がですか!?」


「だってそうだろう? ケツに火が点いてから重い腰をあげてなんになる? 動かないよりマシというだけで、賢者とは言えん。真に聡い者とは火が点く前に対処する者を言う。セツナの言葉を借りれば、勿体付けの大物気取り、さ。娘の前で言うべき事じゃないかもしれんがね。」


「………」


「姫、そう深刻な顔をしなさんな。この戦いは機構軍が勝つよ。ザラゾフは強いがセツナには及ばん。それとも俺の不遜な物言いにご立腹かな?」


「いえ、少し混乱しただけです。指南役に立腹するほど、ボクの器は小さくないです。」


「そう、姫は眠れる大器だ。かなり覚醒しつつある、な。期待させてくれ。」


「ボクはまだまだ未熟ですし、大器でもありません。でも、世界を変える意志だけなら誰にも負けない。」


最高の元帥、それが機構軍内の父への評価だ。でも少佐は父の戦略眼はそこまででもない、と冷笑した。その評価はロウゲツ大佐も同じくしているはずだ。


周囲の人間の評価、宮廷で見せる威厳に満ちた立ち振る舞いがボクの目を曇らせていたんじゃないだろうか?


もし父が機構軍の広報誌に書かれている通りの不世出の将帥なら、この戦争は機構軍の勝利によって終結していなければならないはずだ。でも、現実はそうはなっていない。


これからはあらゆるモノを疑ってかかろう。虚像に惑わされずに、信じるモノを見定めるんだ。


超人でも偉人でもないボクに必要な力とは、人物、事象を見通す目だ。




「ローゼよ、そこそこの戦果を上げたようでなによりだ。」


そこそこの戦果、か。この戦役の勝ちらしい勝ちと言えるのって最後の兵団と薔薇十字の戦績だけだよね?


「ありがとうございます。皇帝陛下のご威光あらばこそと肝に命じております。」


ボクはスクリーンに映った父に一礼し、立ったまま次の言葉を待つ。


「殊勝である。侵攻してくる叛徒ザラゾフを迎え撃つにあたって任務を与えよう。薔薇十字軍は余の師団の前方に展開し、防壁となるのだ。」


「はい。陛下を守る盾となりましょう。敵軍を破る剣には誰があてられるのですか?」


どうせロウゲツ大佐なんだろうけど。


「そのような事はおまえが知る必要はない。与えられた役割を果たせ。余に対し、二度と質問は許さぬ。」


「ご容赦を。与えられた任務、必ずや全う致します。」


「それでよい。余からの命令が下るまでは待機せよ。」


通信が切れると同時にシートに座って考えを巡らす。まず、父が兄を信用していないのはよくわかった。


兄の師団は参戦しているが、兄はいないからだ。兄の師団の指揮はアシュレイ副団長が執っている。


この大戦(おおいくさ)で留守居を命じられた兄はさぞ不本意だろうけど、ボクが父の立場でもそうする。


無能な味方ならいない方がいい。


神盾(しんじゅん)」スタークスを擁していながら薔薇十字を本陣前に配置するのは何故だろう?


勝たねばならないこの戦い、精鋭である薔薇十字を本陣前に置くのは得策だろうか?


「神盾」スタークス、「守護神」アシェスの2枚の壁は鉄壁だろうけど……クエスターや少佐は攻勢に出てもらった方がいいよね……


敵将は「災害(ディザスター)」ザラゾフ、彼が率いる第1師団は多数の異名兵士を擁する同盟屈指の強者の集まり。アスラ部隊が存在しなければ同盟最強だったかもしれない師団だ。守りを固めないと本陣が危険なのはわかるんだけど……


……まさか……()()のだろうか? あの父が敵将が怖い? それは流石にありえな……くない!


さっき、あらゆるモノを疑ってかかるって決めたでしょ? 父の心を鏡に映した訳じゃないのだ。


威厳に満ちた偉大な父という先入観は捨てて、皇帝ゴッドハルトの人物像を見定めよう。




ゴッドハルト元帥とザラゾフ元帥の戦いの場はバーバチカグラード。その由来となった古城を挟んで両軍は対峙する。


「蝶の城ってのはな、あの古城の事さ。昔々、ある王国に蝶にしか興味のない貴族がいて……」


パラス・アテナの艦橋で物知りの少佐がスクリーンに映った古城の逸話を教えてくれる。


バーバチカグラードの領主は蝶にしか興味がなく、領民から集めた税金を湯水のように趣味に注ぎ込んだ。


もちろん領民は不満に思い、何度も領主に嘆願が行われたが、領主は聞く耳を持たなかった。領主は蝶にしか興味がなかったからだ。領主としての仕事は全て家臣任せで、自分は趣味だけに没頭した。


統治を家臣任せにすれば、不正を働く者が出てくる。不正を正すべき領主は蝶達を愛でるだけ。


困窮する領民達に目もくれず、珍しい蝶の採取ばかりにかまけた領主は心ある家臣、騎士達にも愛想を尽かされ、蜂起した領民達が城に迫ると、彼らは城門を開けて蜂起に加わってしまった。


蝶の標本を集めたコレクションルームに追い詰められた領主は、領民達に向かって叫んだ。


「余はなにもしておらぬではないか!悪政があったとしても、それは家臣の仕業である!」


領民の代表は答えた。「領主様、あなたの罪は()()()()()()()()です」、と。


そして蝶を、蝶だけを愛した領主は鍬で頭を叩き割られ、絶命した。


「………それでな、床に流れる鮮血に真っ赤な蝶が群がったんだとさ。」


少佐はそう話を締めくくった。


「責任ある地位に就いた者は不作為も罪になる、というお話ですね。」


「趣味に凝るのもほどほどに、って事でもあるな。人血に群がる蝶がいるかどうかは知らんが、いたとすればさぞかし満足するだろうよ。なんせ今日は人血の特売日だ。いや、在庫一掃セールだったかな?」


縁起でもない冗談を口にする少佐。だけど嘘は言っていない。




バーバチカグラードが血に染まる瞬間は、もう目の前まできているのだから。




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