幕間編4話 刻を視る龍
朧月セツナの持つ邪眼、刻龍眼の力とは?
「思い知るがいい。龍の力を!」
風を巻いて襲いかかる私の刃を氷の盾で受け止める吹雪の老人。
「なにが龍の力じゃ!威勢が良くなっただけではないか!奥の手とはな、こういう手を言うのじゃ!」
老人の分厚いグローブに氷の刃が形成された。
「儂の最大硬度のパイロキネシスはマグナムスチールより硬いぞ!全身を切り刻んでくれる。」
氷刃を手にした老将は、矢継ぎ早に連撃を繰り出してくるが、私は余裕を持って躱してゆく。
いかな連撃でも当たる訳がない。私には視えているからな、貴様の全てが。
「!? な、なぜかすりもせん!まるで先の動きが視えておるかのように……ま、まさか!!」
ほう。もう気付いたか。歴戦の異名兵士なのは伊達ではないな。
「皆でかかれ!こ、此奴は……」
後方で一騎打ちを見守っていた部下達に向かって、老将は檄を飛ばす。
「無粋であろう。一騎打ちではなかったのか?」
控えていたムクロが親衛隊と共に老将の部下達を迎え撃つ。
「ムクロ、私の邪魔をさせるな!じき終わる!」
「御意!」
ムクロに命令を下した私は老将を仕留めにかかる。少し仕上げを急がねばな。
ナザロフ直属の部下は精鋭のはず。いかな精鋭相手でも私の親衛隊が負ける事はない。が、早めにケリをつけるに越した事はない。親衛隊から戦死者が出てもつまらんからな。
それに刻龍眼の唯一の欠点は念真力の消耗が激しい事だ。
焦りの色を浮かべた老将は、氷結能力で足止めを試みながら懸命の攻勢に打って出てくる。
氷結能力での足止めなど無駄だがな。どのタイミングで足止めがくるか視える私には当たる訳がない。
「氷結能力がご自慢のようだが、その程度の能力は私も持っているのだぞ!」
滅一文字に炎を纏わせ、老将の氷の盾を破壊する。
今だ!刻を視る龍の真の力を見せてやろう。
刻龍眼の力を全開にすれば、次の動きが完全に視えるようになる。録画映像をスローモーションで視るようにな!
動きの先に、あらかじめ刃を置いておく。手練れならそれでも動きを修正してくるが……遠からず詰む!
それが我が朧月真影流の秘奥義「黄泉葬」だ。
完全に動きを先読みされた老将は、手傷を負いながらも致命傷だけは避けていたが………終わりの刻は近い。
いかに気力を振り絞ろうとも、意図した行動に傷付いた体が応えられなくなってゆくからだ。
だが褒めてやろう。黄泉葬にここまで耐えた者は多くない。
「この儂が!こんな若僧に!あり得ん!あり得んのだ!」
「貴様の半世紀の戦歴など、私の半年の修練にも及ばぬ。才気の差を理解しろ。」
………そろそろくるな。黄泉葬に追い詰められた者の、最後の足掻きが。
両腕に最大威力の氷結能力を展開し、左右を塞ぐ。そして……相打ち覚悟でしがみつき、自分もろとも氷結させる、か。
刻龍眼で視るまでもなく、そうくると思っていたぞ!!
老将の捨て身の特攻に、先読みで渾身の一撃を置いてやる。一瞬遅れて手応えがあった。………終わったな。
致命の斬撃を浴びた老将は吐血しながらも手を伸ばし、私を掴もうと試みる。
………避けるまでもない。届かないのは視えている。
鮮血に濡れた指先は私の鼻先で力尽き、老将は地に伏した。
指揮官の戦死する様を見た副官が、武器を捨てて叫んだ。
「我々は降伏する!パーム条約に従い、正式な捕虜として……」
私は跳躍し、副官を一刀で切り伏せた。返す刀で周りの敵兵も始末する。
「殺せ。この下郎共は私の黄泉葬を見てしまった。生かしてはおけん。」
「ハッ。一人残らず殺せ!絶対に逃すな!」
ムクロの下知の下、後始末が開始される。強者に支えられた軍団は、強者が死ねば脆く崩れ去る。ここは任せても問題ない。
「ムクロ、ザハトの死体も始末しておけよ。」
「お任せを。しかしよく死ぬ男ですな。」
「ザハトの戦闘能力は兵団最弱だからな。小物に期待する方が酷というものだ。」
しかも殺されたうちの一度は狂犬の逆鱗に触れての事だからな。実に度し難い。
逆鱗ではないな。あれは戦争の犬、決して龍ではない。
この世に龍は私と照京のミコト姫のみ、しかし天を戴く至高の龍はこの私一人だ。
天を戴く龍と渡り合える者など存在しない。………いるとすれば………大地を統べる虎だけだ。
フッ、龍虎とはよくいったものだ。
市街の各地を回って指揮を執り、戦闘を終結させた私は旗艦へ戻る事にした。
艦橋の指揮シートに座り、被害状況を確認する。
ザハト麾下の屍人兵は半分壊滅、4番隊の囚人共は三分の一が死んだか。想定内ではあるな。
「セツナ様、作戦本部に屍人兵の補充を要請しますか?」
アマラが気遣わしげな顔で聞いてくる。
「それには及ばん。指揮を執るザハトが死んだからな。ザハトが生き返るまで、残りの屍人兵は冷凍睡眠ポッドに入れておけ。」
「はい、了解しました。」
アマラの顔色が冴えないのは、屍人兵を使う事への嫌悪感だな。
屍人兵と言っても本物の死人ではなく、麻薬と強化薬物で強化された人間だ。
いや、元人間と言うべきか。限界以上の薬物投与で精神が破綻した廃人達なのだから。
奴らはザハトの固有能力で殺す対象を強制せねば、味方でも殺してしまう殺戮衝動の塊だ。
そういう風に薬物を投与されたのだから当然なのだが。
開発部がザハトのデータを基に、屍人兵のコントロール能力を後付けする戦術アプリを開発しているそうだが、実用化されればザハトは用済みだな。
ザハトはまだ気付いていないが、やはり度重なるクローニングで劣化してきている。
肉体は殺される度に新品になるのだから精神の問題だろう。精神というより念真力の問題か。
奴の本体は研究所で温存されているはずなのだが………仮初めの肉体に何度も精神を憑依させていると劣化が生じるという事か? いや、憑依した肉体が殺される度に劣化が起きると考えるのが妥当だ。
興味深い研究テーマだが興味だけでなく、答えを知っておく必要がある。
………これは私の計画にも関わってくる要素だ。ザハトが正気を保っている間にデータを取っておかねばならん。
元々狂気めいた精神の持ち主だが、クローニングを重ねる度に情緒が不安定になり、奇行も目立つようになってきた。劣化が進んでいるのは念真力だけではなく、精神そのものなのかもしれん………
やはり念真力には謎が多いな。念真力の仕組みは、生命の石を創り出し、人類のバイオメタル化技術を開発した叢雲トワでさえ解明出来なかったと百目鬼博士が言っていた。
リングヴォルトの開発部には荷が重いテーマだ。だが心憑依の術の全貌だけは解明しておきたい。
私の統べる新世紀、いや神世紀を永遠のものとする為にな。
私は人類の新たな地平を切り開き、世界に君臨する神となるべき存在なのだ。
「セツナ様、ゴッドハルト元帥から通信が入っております。」
「繋げ。」
メインスクリーンに皇帝の顔が映し出される。フン、いつもの仏頂面か。
真の強者というものは、優雅さを伴った余裕を持つべきだぞ。
「ライゼンハイマーから報告を受けたが、バルク・マウルの街を滅茶苦茶にしたらしいな。」
ライゼンハイマーめ、もう皇帝に泣き付いたか。
「それ以上にナザロフ師団を滅茶苦茶に壊滅させましたが?」
「そんな事は当たり前だ。自慢するような事ではない。他にやりようはなかったのか、と聞いているのだ。」
「他にやりようがあれば、そうしていました。ご不満ですか?」
「多いにな。だがこれまでの功績を鑑みて、今回だけは目を瞑ろう。」
(あの状況から見事に勝利したセツナ様にあまりな言い草です!文句があるなら自分でやればいい!)
(ナユタ、不満を顔に出すな。他人の顔色を観察する事にだけは長けた男だ。)
(はい、セツナ様。)
「皇帝陛下の寛大なお心に感謝します。」
「次の命令を伝える。次の作戦地は…………」
勿体ぶった言い回しの命令を神妙な顔付きを作って聞いておく。この男は気取り顔で大物ぶるのが余程お好きらしい。
まったく長々と………見たくもない顔なのだ。作戦命令などデジタルデータで送ってこい!
「………以上だ。側近を介さず、余が直々に命令を下すのは卿にぐらいだ。栄誉と任務の重さを噛み締めるがいい。」
皇帝の言葉通り、悟られぬように奥歯を噛み締める。栄誉ではなく屈辱を噛み締めるのだ。
見ていろ。いずれは貴様も私の軍門に降る。屈辱を利子付きで返した後に………死んでもらう。
私の創世する神世紀には、貴様の如き神気取りは必要ないのだからな。




