戦役編16話 ヒンクリー家の事情
訳あり女の次は訳あり親子、カナタもなかなか大変です。
「よし、作戦は決まった。本作戦を「負け犬」と呼称する。エマーソン、準備にかかれ。」
肩をコキコキ鳴らしながら、准将は作戦会議の終了と作戦の発令を宣言する。
「……負け犬作戦ですか。小官が思うに、准将はもう少しネーミングセンスを磨かれた方がよろしいかと……」
オレもそう思います。
「ウダウダ言わずに準備にかかれ。剣狼は別働隊に帰還するのか?」
「いえ、状況に変化がない限り、准将の師団と共に戦えとマリカさんから言われています。」
「ではアスラ部隊期待の新鋭のお手並みを拝見させてもらうか。別働隊の到着までは、この艦に滞在するといい。エマーソン、案内してやれ。」
「人使いの荒さも昔から変わりませんな。天掛少尉、部屋に案内しよう。」
オレは席を立って歩き出したエマーソン少佐について作戦室を出た。
案内されたのは士官の居住区にある空き部屋だった。
広さも間取りも不知火の自室とほとんど変わらないが、しばらく使ってなかったらしく、少し埃っぽい。
「この部屋を使ってくれ。後から従卒に日用品を届けさせる。」
「この部屋、しばらく使ってなかったみたいですね。」
「ああ、出るんでね。」
「………なにが出るんですか?」
「聞きたいかね?」
「………いえ、聞かない方がよさそうです。」
「賢明な判断だ。額縁の裏にお札が貼ってあるが、気にしないでくれたまえ。」
「それもうなにが出るのか言ってるようなもんですからね!」
そりゃ戦艦なんだから地縛霊の一人や二人はいるだろうけどさ!
「幽霊など戦歴の長い戦艦には付き物のアクセサリーみたいなものさ。」
「確かに憑き物ではありますね、幽霊だけに。」
「ハハハッ、うまい事を言うね。これは一本取られたな。」
兵士としてだけじゃなくエンターテイナーとしても修練を積んでますから。
「ところでエマーソン少佐はヒンクリー准将と長い付き合いなんですよね?」
「かれこれ20年にはなるが、それがどうしたのかな?」
「准将が奥さんの最後を看取れなかったのは、作戦中だったからですか?」
「………」
「違いますよね? リックだって子供じゃないし、今は軍人だ。准将が遠く離れた戦地にいたのなら仕方がないと諦めもつきます。」
「准将がリックに話していない事を私が話せる訳がない。」
「話せる訳がないというコトは、少佐は事情を知ってるんですね?」
軽く首を振ってからエマーソン少佐は答えた。
「……失言だったな。君は准将から聞いた通り、抜け目のない男だね。だが少尉、あまり他人の事情に踏み込むものではない。」
「他人ならね。リックはそうじゃない、オレの仲間なんです。聞かせてください。リックには言いませんから。」
「………わかった。准将の奥さんは交通事故に巻き込まれて亡くなった。スピンして歩道目がけて突っ込んできた車からリックを庇ったんだ。病院に搬送された時には危篤状態だったらしい。その頃の准将は家族の暮らす街の近くにある基地に赴任していた。ヘリを飛ばせばすぐの距離だ。」
リックのお母さんはわが子を庇って命を落としたのか。………リックは辛かっただろうな。
「どうして准将は病院へ行かなかったんですか!近くにいたんでしょう!」
「行こうとしたさ。だが基地でも事故があった。火薬庫から火が出て爆発を起こしたんだ。悪い事に基地司令が無能な男でね、パニックを起こして役には立たない。だから准将は部下を救う為に基地へ残った。先頭に立って救出作業を指揮し、自らも猛火に怯む事なく建物に飛び込み、多くの兵士を救出したのだ。」
エマーソン少佐は手袋を外して火傷の痕を見せてくれた。
「………救出された一人が私だ。爆発で倒壊した建屋の下敷きになってしまって逃げ遅れた。私達を救出しようと准将は奮闘し、愛する妻の最後を看取れなかったんだ。部下と家族………板挟みになった准将はさぞお辛かっただろうな………」
「そんな事情ならリックに話せばいいでしょう。」
「准将は言い訳をしない男だ。どんな事情があろうと妻の最後を看取れなかったのは自分の責任、そう仰ってな。」
「事故から救出された兵士で准将の麾下にいるのはエマーソン少佐だけですか?」
「私だけではない。救出された兵士のほとんどがヒンクリー師団に在籍している。」
准将がエマーソン少佐達の救出を他の誰かに任せていれば、妻の最後を看取れていたのかもしれない。
………全部自分が背負って、救出されたエマーソン少佐達にリックがわだかまりを持たないように配慮したつもりなんだろう。
でも准将、どうして息子を信じてやれないんですか!
リッキー・ヒンクリーはそんなケツの穴の小さい男じゃない。エマーソン少佐達にわだかまりなんか持ったりするもんか!
「ちゃんと事情を話すべきです。リックは道理のわからない男じゃない。」
「事故を起こしたのが屯田伍長の父親でもかね?」
なんだって!?
「トンカチの親父さんが事故の原因!?」
「事故を起こして死んでしまったのは工作班の屯田曹長で、その息子の勝ノ進は幼い頃からリックを兄のように慕っている。天掛少尉も二人の仲の良さは知っているはずだ。父子家庭で父を亡くし、身よりのなくなった勝ノ進を育てたのも准将なんだよ。不祥事を隠蔽したい上層部を利用して、事故の事に箝口令を敷いたのは勝ノ進の為なんだ。」
………リックは父である准将を尊敬してる。ああなりたいと思っている。
でも母親の最後の時に傍にいてくれなかったコトだけは恨んでいて、わだかまりがある。
准将はそれを知ってはいるが、リックとトンカチの関係が壊れないかを案じて事情を話せないでいる、というコトか。
どうすればいい? 天掛カナタさんよ、また厄介事が増えちまったぜ?
だけど、これはオレが望んで抱えた厄介事だ。
必ずなんとかしてみせる。関わった以上はコトの顛末を見届けるオレのルールに変更はない。
ま、とりあえずは先送りだ。リック達と一緒に戦役を生き抜くコトが先決、死んじまったら厄介事もクソもない。
ヒンクリー師団の旗艦バリアントで待機するコト暫し、ゆっくりと大地を踏みしめ、鋼鉄の要塞は動き出した。
始まったか。准将は戦線を広げ、敵師団がヒンクリー師団を包囲する為にさらに戦線を広げれば後退する。
ジリジリと後退を繰り返しながら、マリカさん率いる別働隊を待つ戦術だ。
准将は敵師団が別働隊の接近を察知し、戦線を再構築すべく動き出した時に反転攻勢に出る。
その時にバリアントを最前線に出して陣頭指揮を取る、オレの出番はそこからだと言われた。
敵の機構軍第8師団の数は約9000、対するヒンクリー師団の数は約5000、倍ほども差がある。
同盟軍と機構軍の軍編成はほぼ同一だ。なのに倍ほども戦力差があるのは、第8師団を率いるメデム少将は有力都市の支配階級出身で、母都市からの援軍も参加しているかららしい。
作戦討議の時に聞いたヒンクリー准将のメデム評はこうだ。
「とりあえず数を揃えて数的優位を作る。その優位を活かして最低でも双方の消耗が釣り合う戦術を考案する。犠牲が同じなら勝つのは数が多い方、これがメデムの基本戦術らしい。よく言えば正統派、悪く言えば機略に欠ける指揮官と言えるだろう。手堅い戦術を取るだけに動きは予想しやすい。」
数的優位を活かすのは立派な戦術だが、数的優位しか活かせないなら凡将だよな。
物量に勝る機構軍にはメデムみたいな手合いが多いらしいけど。
二日に渡る戦局は、ヒンクリー准将のデザイン通りに進んだ。
叩き上げの軍人でゲリラ戦術を得意とする准将は、メデム師団の戦線を目一杯広げさせるコトに成功したのだ。
そして三日目の朝に変化が起きた。敵軍が前線を下げ、後退し始めたのだ。
別働隊の接近を察知したのだろう。もちろん黙って戦線を下げさせてやる准将ではない。
ここぞとばかりに戦線を押し上げ、メデム師団の後退を妨害にかかる。
楔のように精鋭を打ち込み、そこを起点に敵陣を浸食する手並みは見事だった。
艦橋から観察してるオレにはいい勉強になる。大軍の戦い方のお手本みたいだ。
………いい経験だけど、役には立ちそうにないな。オレが師団級の大軍を指揮するコトなんかないんだから。
いや、真剣に学ぶんだ。指揮官の意図を読める兵士と読めない兵士、生存率が高いのは前者に決まってる。
赤と青に点在するマーカーの動きを凝視しているオレに准将が声を掛けてきた。
「剣狼、そろそろ退屈しているだろう?」
「退屈なんてしてませんよ。戦術を勉強させてもらってます。」
「座学の時間はここまでにして、実践の講義に入るぞ。機関全開、最大戦速!」
准将の指揮の下、ヒンクリー師団の主力が動き出す。
「エマーソン、陸戦隊を率いて先に出ろ!俺も後から行く!」
「ハッ!陸戦隊は出撃ハッチに集合せよ!」
「剣狼、数だけ揃えれば勝てると思ってる阿呆共に喧嘩のやり方を教えてやれ!」
「アイアイ、サー!」
オレはナツメとリックを連れて出撃ハッチに移動する。
プレイボールだぜ、機構軍の阿呆共。命の取り合いといこうじゃないか!




