争奪編14話 天使の笑顔
ナツメに笑って欲しいと願うカナタですが……
ナツメの拳から力が抜けたので、オレは握っていた手を離した。
ナツメは俯いたままなので、どんな顔をしてるのかはわからない。
わかってるのは、オレが全部台無しにしちまったってコトだけだ。
気まずい沈黙に包まれた食堂に張りのある声が響いた。
「言いたいコトをお言いだねえ、カナタ。ずいぶん偉くなったじゃないか。」
ラセンさん達幹部を引き連れたマリカさんの登場か。誰かが呼びに行ったんだろう。
ツカツカと歩み寄ってきたマリカさんに、オレは胸ぐらを掴まれる。
「カナタ、ナツメはアタイの妹も同然。それを知っての物言いなんだろうね?」
「……言い過ぎたとは思ってますが、間違ってたとは思いません。」
「………そうだな。おまえは間違ってない。間違ってたのは………アタイだ。」
マリカさんはオレから手を離し、ナツメに向き直る。
「………ナツメ……アタイが間違ってた。おまえを本当の妹のように思ってるから………だから傷付けたくなかった。………だけど本当に大事に思うなら、傷付けるとわかっていても………いや、わかっているからこそアタイが言うべきだったんだ。……なのに顔を背けて逃げちまってたよ。アタイも臆病だな。」
「…………」
ナツメは俯いたままだけど、僅かに肩が震えてる。
「なあナツメ。アタイもウチのゴロツキ共もおまえの笑顔が見たいんだ。」
「見せてくれんかのぅ。老い先短い年寄りの頼みじゃ。」
「笑った顔を見せてくれるなら俺は一週間、いや一ヶ月、カレーを食さないで過ごすぞ?」
「僕も見たいな、ナツメの笑顔。ホタルも見たいだろ?」
「ええ、私も見たいわ。ねえ、笑ってみてよ、ナツメ。」
「バウ!バウワウ!」
ゆっくりと顔を上げたナツメは………泣いていた。
赤子のようにおぼつかない足取りで、マリカさんに近寄って胸に顔をうずめ、号泣する。
しばらく泣き続けたナツメは、袖で涙を拭ってマリカさんに心の内の切なる想いを打ち明ける。
「………ううっ。グスッ。私、私ね!つらかったの!苦しかったの!どうすればいいのか………わからなかったの!みんなの気持ちはわかってたのに、あの日のように裏切られるかもって思うと動けなかった!!」
マリカさんは赤く輝く優しい目で、ナツメを見つめながら苦笑した。
「バカだねえ。笑顔が見たいって言ってんのに泣いてどうすんのさ。しょうがない妹だよ。」
「………マリカはホントに私の事を妹みたいに思ってるの?」
「思ってるさ。本当にアタイの妹になるかい?」
「うん!これからは………ね、姉さんって呼んでいい?」
「もちろんさ。ナツメはアタイの妹なんだから。アタイ達はナツメの家族、ここにいる誰もがナツメを裏切ったりしない。わかったかい?」
「うん……誰も私を裏切ったりしないってわかってたのに動けなかったのは………私が弱かったから。姉さん、私、強くなる!!」
「それでこそアタイの妹だ。」
抱擁する姉妹、取り囲む仲間達、か。オレはとんだ道化師だぜ。
阿呆面を晒してても仕方ねえ、撤収するか。
「みんな行こうか。オレの出る幕じゃなかったみたいだ。」
「了解なのです。」 「アホくさ。昼メロは昼にやってよ。」
「いいじゃねえか、収まるところに収まってよ。」 「行きましょう、隊長。」
コンマワン小隊は食堂を出て兵舎棟に向かった。
「シオン、ウォッカ、ナツメの言ったコトを許してやって……」
「わかってんよ。俺は気にしてねえ。」 「私もナツメの痛みはよくわかりますから。」
大人だねえ、二人共。それに引き替えオレはなにやってんだか。
ナツメがマリカさんの妹か。よかったな、ナツメ。ホントに………よかった。
「ウォッカ、煙草を一本くれないか?」
「いいけどよ。吸わなかったんじゃねえのか?」
ウォッカから差し出された煙草を咥え、火を点ける。
………ニゲえ。どこが旨いんだか、よぉわからんぞ。
「………煙草の煙が目に染みる。涙が出てきちまった。」
「カナタの涙腺が緩いのは知ってる。強がりなさんな。」
「カナタに煙草は似合わないのです!」
「ちゅーする時に煙草臭いでしょ!」
「隊長、泣きたい時は泣いてもいいと思いますよ?」
総ツッコミかよ。涙が出なくなるアプリが開発されてくんないかねえ。
「泣き虫カナタ」、なんて渾名をつけられちまう前にな。
昨日は自分でもよく整理がつかない気分のまま床に入った。
そして嬉しいような、ブルーなような気分で迎える朝。
………リリスさんがブルーなのはわかった。つま先で蹴り起こしやがったからな。
「つま先蹴りで起こすぐらいなら、惰眠を貪っててくれ。怠惰が美徳なんだろ?」
「言われなくても二度寝するわよ!ムカつく顔が目に入ったから蹴飛ばしただけ!」
それを世間では八つ当たりという。
「リリス、おまえ終いにDVで訴訟を起こされんぞ。……聞いてる?」
「私、言ったわよね!准尉が構うのは私だけでいいって!パツキンに浮気したかと思えば、貧乳相手にムキになったり!准尉の浮気者!もう知らない!」
あ~あ、布団にくるまって、手だけ出してあっちいけってか。こりゃしばらく機嫌が直んねえかな?
リリスが朝メシ作ってくんないなら、食堂に行くしかねえか。
昨日の今日で食堂に行きたかねえなぁ。コンビニでなにか買おうか………
いや、なんでオレが遠慮しなくちゃいけないんだよ! 馬鹿馬鹿しい、食堂に行くぞ!
食堂で特朝定食を何事もなかったかのように食べる。
周囲のゴロツキ共の視線が微妙に感じるのは………考えすぎか?
クッソ!これもナツメが悪いんだ、ナツメが!
「ここいい?」
誰も座っちゃいねえだろ。オレは機嫌が悪いんだ。誰だか知らんが話しかけんな。
「空いてるのは見りゃわかるだろ。透明人間でも座ってるってのか?」
「鏡面迷彩の誰かが座ってるかもしれないでしょ?」
どこの世界に朝っぱらからすっ裸で戦術アプリを起動させて朝メシ食うバカがいるって………
「ナツメ!」
「朝から馬鹿デカい声で叫ばないで。馬鹿だから仕方ないかもしれないけど。」
余計なお世話ですー。
顔芸には自信がないが、話しかけんなよって感じの顔を作ってみるか。
「昨日の事なんだけど………」
チッ、物真似芸には定評のあるオレだが、顔芸はイマイチらしい。
「謝らないからな。」
「あのね……」
「イヤです。拒否します。絶対に謝りません、以上。」
「そうじゃなくて、カナタ………こっち向いて。」
ぐぅぅ。甘い声での囁き戦術。オレの弱点を突いてきやがった。だが………拒否する。
「ね? 私、別に怒ってないよ?」
う~そ~だ~。別に怒ってないよ、なんて台詞は翻訳すれば、実は怒ってます、なんだぞ!
そっぽを向いて抵抗するオレ、さあどうする気だ?
「そ、だったら実力行使する。」
ナツメはオレの定食のトレイの前にハンディコムを置いた。
チラ見してみると、そこにはキワドイ水着のマリカさんのお姿が!
食い入るように女神のお姿に見入るオレ。
ハンディコムが持ち上げられたので、つられてオレも顔を上げ、ナツメと目が合ってしまった。
「………やり口が汚えぞ。」
「引っ掛かる方がどうかと思う。」
………たしかに。
「昨日の事なんだけど………」
わかったわかった。文句を聞けばいいんだろ!でも絶対謝らないかんね!
「………ありがとう。」
はい!? 蟻が10匹でありがとう、と。ひょっとしてサンキューの意味ですか?
疑心暗鬼なオレに向かって、頬を赤く染めたナツメは衝撃の台詞で追撃してくる。
「それでね………カナタ。私ね、カナタの事を好きになっちゃったみたい。」
……………ハッ!い、今なんと仰った!オ、オレのコトを………好きになった………マジで!?
ひょっ、ひょっとして今、オレは告られてる!?
いやいや待って待って!オレには6年後のマイ嫁リリスさんが………わあぁ、シオンやマリカさんの顔まで浮かんできて………ちょっ!なんでローゼまで出てくんの!
「ヒューヒュー♪」 「よっ!この色男!」 「みんな集まれ!おもしれえ見世物やってんぞ!」
周りのゴロツキ共!口笛で囃し立てるんじゃない!オレは今混乱してんの!
これ以上ないってくらいにメダパニを食らったオレの顔を見たナツメは、意地悪で満足げな顔でタネ明かしをする。
「な~んてね。ウ・ソ♡」
「は!?……ウソ……ですか?」
たぶん、オレは自分が見ても笑っちまうぐらい、呆気にとられた間抜け面をしていたと思う。
「顔が赤いね。本気にしちゃった?」
「ギャハハ、剣狼が真っ赤な顔してんぞ!」 「ウブじゃの~。」 「これだから童貞はなぁ。」
魂の抜けたような有り様のオレを容赦なく笑い倒すゴロツキ共。おかげでメダパニが解けたぞ!
「お・ま・え・な~!やっていいおふざけとダメなおふざけがあるって知ってるか!」
「今のは当然前者だよね。ほら、みんな愉しそう。」
「圧倒的に後者だろ!彼女いない歴=年齢のヤツに、よくもそんな残酷な仕打ちが出来るな!リリスでもそこまでやんないぞ!」
オレが掴みかかろうとするのをヒラリと躱したナツメは、あっかんべぇと舌を出す。
「昨日言いたい事を言われた復讐完了。あ~面白かった。ふふっ。」
あ……いま、笑った。ナツメがふつーに、無邪気に笑ったよ。
「フフフッ。カナタはからかい甲斐があるって姉さんが言ってたけど、ホントに面白い。アハハッ。」
爆笑するゴロツキ共と一緒に哀れなオレを笑いやがるか!
ロックタウンに出掛けた時………ナツメに笑顔が戻るなら、オレは道化師になってやるって思ったよな。
なるほど、神様は忠実にオレの願いを叶えてくれたってワケね。
しっかし昨日に引き続き、今日も道化師かよ。堪ったもんじゃねえな。
オレのゲンナリ顔がツボにハマったのか、ナツメは楽しそうに笑ってる。
………まあいいか。とんだ三枚目にされちまったが、ナツメの笑顔は見れたんだ。
笑顔のナツメはキュートで激カワだったから、よしとしておこう。
オレが苦笑いを浮かべてるのに気付いたナツメが、笑顔でウィンクして見せた。
そうそう、そうだよ。そんなナツメが見たかったんだ。
予想以上の激カワ娘だったナツメを見ながら、オレは心の中で独り言を呟いた。
………な~にが「殺戮天使」だよ。ただの天使じゃねえか。




