出張編35話 琴鳥のコトネ
カナタ達は声帯模写のエキスパート「琴鳥」に協力を依頼するようです。
「琴鳥、確か谺琴音曹長の異名だな。リグリットに来ているのか。」
司令は異名持ち兵士の紳士録でも持ってるのかね。
「はい、剣狼は気付かなかったようですが。」
無知で悪かったね!しょーがないだろ。まだこの世界に来て四ヶ月経ってないんだぞ。
「異名からしてコダマ曹長って声帯模写の名人なんですよね?」
「そうらしいが、私も直接面識はない。イグナチェフ曹長はコダマ曹長を知っているのか?」
「以前に作戦で一緒になりました。一度聞いた声は完全に再現出来るという話は本当みたいです。天性の声真似の上手さに専用アプリで補助もしているのだと。」
「クランド、直ぐにコダマ曹長を迎えに行くのだ!」
「ハッ!」
主の命令に、一礼してから中佐は指揮車両から出て行く。
「脱出用ヘリはラビアンローズの屋上のヘリポートに向かわせるでしょうね。オレがそのヘリに乗り込む、それでいいんですよね、司令?」
「そうだ。やれるか?」
「やれます。ぶっつけ本番になりますが………殺れます!」
「どういう作戦なのか説明してもらえるかしら?」
シオンが訝しげな声で聞いてくる。
「テロ屋共は保険の人質を連れてヘリポートにやってくるだろう。そこに迎えのヘリがきた、シオンならどうする?」
「見上げるわね。」
「つまり………オレの視界に入るワケだ。」
「…………了解よ。全員、狼眼で睨み殺すって訳ね。」
「それが理想だが、そううまくいくとは思えない。少なくともオルセンは狼眼に耐えるだろう。それに軍隊崩れなら周囲を警戒するヤツもいるかもな。」
「警戒要員は私が狙撃で仕留めろ、ね。任せて。」
「頼むぜ。となるとオレはここにいる意味がないな。市長が用意する脱出用ヘリのところへ行きますね。」
「私も行こう。ジャスパー警部、ここは任せるぞ。」
「おう、なにか動きがあれば報告するぜ、司令さん。」
「私がいない間の事だが………」
司令がジャスパー警部にいくつか指示を出している間に、オレはリリスにテレパス通信で現状報告と今後の作戦案を説明する。
するべきコトを済ませた司令とオレは指揮車両を出た。
司令の運転するスポーツカーで、市長の用意したヘリの待つ軍のヘリポートに向かう。
「軍用ヘリを指定してきたか。当然の一手だな。」
「ですね。まだヤツらは試合を支配してると思ってるな。すぐに攻撃権交代させてやる。」
移動の間に事件のデータでも復習しておくか。オレは膝にノートパソコンを載せて起動させた。
「ターンオーバーか。カナタ、ビッグゲームは楽しめたか?」
「おかげさまで。最高のゲームを最高の席で楽しめました。ヒムノン少佐なんか泣いてましたよ。」
「それはなによりだ。私もガリュウの泣きっ面が見れて最高だった。」
ガリュウ総帥もスタジアムにいたのか。
………そりゃいるか。独裁者ってああいう試合を観戦するのが大好きって相場が決まってる。
「ガリュウ総帥はブレーズの試合見たさにリグリットまで来てたんですか。ご苦労様。」
「リグリットくんだりまで試合を見に来た挙げ句、ブレーズは負けて4連覇を逃したのだから痛快だった。優しい私はマリーゴールドの花束にメッセージカードを付けて送っておいたよ。」
「どんなメッセージを送ったんですか?」
「勝敗は時の運、来シーズンに期待します、だ。」
メッセージは普通だな。となると嫌がらせは花言葉の方か。
「マリーゴールドの花言葉の意味は?」
司令はとびっきりヒトの悪い笑顔で答えた。
「絶望。」
ガリュウ総帥が花束を床に叩きつけて踏みにじる光景がありありと浮かんできて、笑いがこみ上げる。
だけど笑いはすぐに凍りついた。膝に載せたノートパソコンに映ったデータが心も凍らせる。
………絶望か。オレもオルセンにはマリーゴールドの花束を贈ってやるとしよう。
最初に射殺された犠牲者達のデータが映ったノートパソコンをそっと閉じて、オレは復讐を誓った。
スポーツカーは詰め所をノーチェックで通過し、ヘリポートで待機中の大型ヘリの傍に直接乗り付けた。
ヘリの傍には警察車両が止まっていて、オレ達の姿を確認するとドアが開く。
降りてきたのはクランド中佐と、切れ長の細目で覇服姿のはんなりした感じの女性だ。
彼女が「琴鳥」のコダマ曹長か。確かにカリキュラムにいたよ。
薔薇園は美人だらけなんで目が肥えちゃってたけど、余裕で美人さんの部類だよな。
「キミがコダマ曹長か? すまんが手を貸して欲しい。」
司令の問いにコダマ曹長は優雅に一礼してから、
「ウチでよろしかったら力添えさせてもらいます。」
「助かる、状況は把握しているか?」
「車中で中佐はんが説明してくれはりましたんで、大体は。」
この喋りは照京出身かな?
「我々は刑務所でフィンチの持つハンディコムを奪う。そこからがコダマ曹長の出番だ。」
「よろしおす。それからウチの事はコトネで構わしまへんえ。」
………コダマ曹長の舞妓さんみたいな喋りで緊張感が薄れそうだ。
「ではコトネ、早速ヘリに乗ってくれ。作戦説明は中でやるぞ。」
オレ達はヘリに乗り込み刑務所へ向かう。
「なるほど。ウチがフィンチはんとやらになりすまして、敵の行動を誘導したらええんですのね?」
「ああ、こう誘導しろという指示はテレパス通信で我々が行う。脳波通信回線を繋げてくれ。」
「了解ですえ。司令はん、一つよろしおすか?」
「なんだ?」
「ウチは声帯模写には自信があります。声質やなまりではバレないと思いますけど、フィンチはんの性格や嗜好の全部を把握している訳やありません。」
なりすましには個人情報も重要だもんな。
「通話記録を見る限り、ヤツらは雑談はしてない。それにリーダーのオルセンはフィンチに金で雇われただけだ。個人的に親しいワケじゃないから大丈夫なハズ。」
「了解どすえ。確か剣狼はんどしたなぁ。よろしゅうに。」
「カナタでいいよ。ボイスチェンジャーを使うしかないかって思っていたから、コダマ曹長がいてくれたのは僥倖だった。協力感謝する。」
「ウチの事もコトネでよろしゅおす。」
クランド中佐の緊迫した声がはんなりした空気を切り裂く。
「イスカ様、奴らが通信をはじめました!」
「コッチに流せ!」
悪巧みを聞かせてもらいましょうか。せいぜい今のうちにいい気になってろよ?
「こちらウッドペッカー、モスグリーン応答せよ。」
「モスグリーンだ。状況は?」
「警察に動きはない。予定通りだ。そっちは順調か?」
「順調だ。市長は折れた。迎えのヘリがこちらに向かっているそうだ。」
「モスグリーン、くれぐれも油断するな。なにか仕掛けてくるとすれば、ヘリに乗るところでだ。」
「ウッドペッカー、雇い主に対しては敬語を使え。」
「後金が支払われたらな。ヘリに乗ったら連絡してくれ。誰も乗せずに操縦は自分でやる事、いいな?」
「言われなくともそうする!通信終わり!」
「チームワークがなってないな。逆転のタッチダウンパスを決められそうだぞ。」
「司令、ペイトン・マニングばりのナイスパスでお願いしますよ。タッチダウンは決めてみせますから。」
「マニング? そんなパワーボーラーいたか?」
ヤベえ!コッチの世界にゃマニングもファーブもいないよな。とにかく話題を変えよう。
「コトネ、声真似出来そうか?」
「なにがだ? 協力を依頼しておいて態度が大きいぞ、若造。」
………完璧だな。大したもんだ。
「オレも物真似芸には自信があったけど、到底かないませんよ、司令。」
「そのようだな。コトネ、カリキュラムが終わったらアスラ部隊にこないか?」
「は、はぁ。ウチは別にかましまへんけど、上官はんがなんて言わはるか………」
「司令!ヘッドハンティングは事件が解決してからお願いします!リリスと民間人の命が懸かってるんですから!」
「おお、そうだったな。民間人はともかく、リリスが死ぬイメージが沸かなくてな。ゴキブリよりも生命力がありそうだろう、あの小娘は?」
ヒデえ言い草もあったもんだ。後でリリスに言いつけてやろう。
刑務所の中庭にヘリは着陸し、オレ達は刑務所内に入る。
テロ事件の首謀者フィンチは特別檻房に入れられているらしい。
刑務官の案内で、オレと司令は隔離された棟屋の最上階にある独房へ向かう。
「ここまででいい。カナタ、私がやる。見学してろ。」
司令は刑務官を帰し、独房前に立つ。
オレは刑務官から預かったカードキーをドアにかざして、司令に目で合図する。
司令が頷くの確認し、オレはカードキーでドアを解錠し蹴り開けた!
………電光石火の早業だった。
司令はマリカさんもかくやという速さで室内に踏み込み、一瞬でフィンチの腕を切断していた。
さすが完全適合者、抜刀術も超一流だぜ!
切断された腕がボトリと地面に落ちても、惚けたような顔をしていたフィンチだったが、一拍の間をおいて自分が何をされたか理解したようだった。
「グアァァァ!き、貴様!」
司令は流れるような動きで残った腕を背中から捻りあげ、フィンチを独房の壁に押しつける。
「屠殺される豚みたいな悲鳴を上げるな!カナタ、ハンディコムを探せ!」
押さえつけられたフィンチの体を調べると、ポケットからハンディコムが出てきた。
「司令!ありました!」
「うむ、大義。」
司令はフィンチをベッドの上に投げ飛ばすと、いい仕事をしたとばかりに一服しはじめた。
「貴様ら軍人か………!!……女帝イスカ!なぜ貴様がここに………」
「正義の味方は突然現れるものだ。不勉強だな、フィンチ。ああ、腕の止血なんぞする必要はないぞ。すぐに貴様はフィンチからミンチに変わるのだからな。武士の情けだ、ミンチにされた貴様の死体は刑務所内の樹の根元に埋めてやろう。愛してやまない植物の栄養になるがいい。」
「俺を殺したりすれば人質がどうなるか分かってい………」
「………死体が喋るな。」
司令の突きが心臓に刺さり、フィンチは悲鳴代わりに血を吐きながら絶命した。
「カナタ、死体の顔の血を拭え。フィンチにはもうひと働きしてもらおう。」
オレはフィンチの靴紐をほどいて切断された腕を縛り、口元の血を拭う。
「これで上着を着せてサングラスでもかけさせれば、マネキンに使えると思います。」
「ご苦労、では行くか。」
オレはフィンチの死体を担いで独房を出た。
棟屋の階段を降りながら、つまんねえ考えが頭をよぎる。
ヒトを殺して死体をマネキンに使う、か。
………分かりきったコトだけど、オレらは地獄への階段も降ってるよな。
今日は古本屋巡りでもしようかなぁ。




