出張編33話 Mr.ジョンソンからの提案
事件現場にイスカが到着。カナタは出迎えたのですが、その後に………
クランド中佐が差し出すライターで煙草に火を点けながら、司令がオレに問いかける。
「カナタ、状況は?」
「相手は環境保護原理主義者。人質は女子供を中心に多数。練度は中の上、リーダーはデキるヤツみたいです。」
「要求は?」
「刑務所で服役中の幹部全員の釈放。一方的に要求してきた後は一切の交渉を拒否。」
オレは司令と並んで歩きながら状況報告を済ませる。
指揮車両に入る前に後頭部に小石が当たった。
振り向くと警戒線の外側の人だかりの中に知った顔がいた。キカちゃんだ。
「カナタ、どうした?」
「司令、先に入って作戦検討をお願いします。オレは野暮用を済ませてきますんで。」
「なんじゃ、トイレか。緊張感のないヤツめ。」
中佐は黙っててくださる?
あのコが何者かは分からないけど、只者じゃないのは確かなんだ。
「キカちゃん、オレに何か用なの?」
このコに危ないから早く安全なところになんて言う意味はない。
もうさっきまでの愛らしい雰囲気は消えてる。………この目は………兵士の目だ。
「………これ。」
キカちゃんからハンディコムを渡された。手にして通話に応じる。
「………剣狼か?」
男の声だと思うがボイスチェンジャーで声を変えてるな。当然か。
「何者だ、なんてのは愚問だろうね?」
「分かってるなら聞きなさんな。俺がジョンソンでもスミスでもよかろう?」
「そうだな。じゃあMr.ジョンソン、要件を伺おう。」
「人間より向日葵が好きな連中を排除する為に有益な情報がある。聞きたいか?」
飛びつきたいがここは我慢だ。
「条件次第だ。タダじゃないんだろ?」
「我々に関する情報の秘匿。」
………やっぱり、このコは………敵か。
だったら出逢いたくなかった。やりにくくなる。
「無理だ。給料分の忠誠心は見せないとな。もう少し妥協してくれないか?」
「では10時間の沈黙でどうだ?」
「オーケー、10時間は誰にもなにも喋らない。だがオレを信じるのか?」
「剣狼にとっての最優先事項は人質の中にいる娘だろう? 今、我々に構ってる余裕はないはずだ。」
確かにMr.ジョンソンの言う通りだ。
「それに保険は掛けてある。剣狼が約束を違えれば、アスラ部隊が介入している事をテロ屋に伝える。女帝に神兵が出張ってきてると奴らが知れば、出方を変えてくるぞ? 事件解決の妨げになると思うがね。」
司令と中佐の姿を見てる!………ってコトはMr.ジョンソンはここを視認出来るところにいるハズだ!
オレは周囲を見回して、それらしき人物を探したが見つからない。
「よせよせ、見つかるような位置にいるほどヘボじゃない。」
だよな、ここは負け惜しみでも言っておくか。
「みたいだな。でもアンタが手を貸してくれる理由は分かった。」
「ほう? 理由ってのはなんだ?」
「さっきテロリストじゃなくてテロ屋って言ったよな? つまりMr.ジョンソン、アンタはテロリストが嫌いなのさ。」
「クックック………そう、当たりだ。俺はテロ屋が嫌いなのさ。剣狼と似たような理由でな。」
ボイスチェンジャーの不自然な声で含み笑いされると、微妙にイラッとくるね。
「ほう? 理由ってのはなんだ?」
俺はボイスチェンジャーの不自然な声を真似てみた。
「おまえさんの名演説を聞いたよ。「戦う意志を持ってオレの前に立つな。立った以上は死ぬ覚悟があるとみなす。」だったな。言葉の裏を返せば剣狼は覚悟のない奴は殺したくない訳だ。覚悟どころか戦意さえない民間人を巻き込む輩は、おまえさんの価値観の対極にいる。そんな輩を好きになれるとは思えんね。」
「………当たりだ。オレもテロ屋は大嫌いでね。じゃ、テロ屋が嫌いな者同士で取引成立だ。情報を提供した後はサッサとリグリットから撤収してくれ。剣に懸けて約束は守る。」
「信じよう。キカに代わってくれ。ああ、それと物真似芸はなかなかだった。是非、芸人に転職してくれ。そうすりゃ戦わずに済む。」
「断る、芸人の世界は軍人よりも世知辛い。いま代わる。」
オレの物真似芸はなかなか上手いと評判なんだけど、敵からも評価されちまったぜ。
オレがキカちゃんにハンディコムを渡すと、キカちゃんは素早く耳にあてる。
「うん、わかった。」
そしてキカちゃんは小さな手帳をオレに手渡すと、人混みに混じり姿を消した。
オレは渡された手帳を開いてみる。手帳には可愛い丸字でびっしりメモが取られていた。
…………これは!テロ屋共と外部の通話記録か!
オレはメモの要点を頭に入れて、整理しながら指揮車両に戻った。
「長いトイレだったのぅ。」
ジジィを無視して、オレは司令に報告する。
「テロ屋共の情報を得ました。ヤツらは刑務所内から指示を受けています。」
司令は細い眉を僅かに寄せて、
「確かか? 情報源は?」
「情報源については後で。今は信用するしかないし、出来ると思います。」
シオンが両腕をオーバーに広げて首を振る。
「刑務所内から指示? どうやって? 伝書鳩でも飛ばしてるの?」
「フツーにハンディコムでだよ。」
「受刑者がハンディコムなんて持ってる訳がないでしょう!」
ジャスパー警部が苦々しげにつぶやく。
「身内の恥だが絶対ないとは言い切れん。過去にもあった。刑務官を買収すればいいだけの話なんでな。」
禁酒法時代のアル・カポネもムショから指令を出してたらしいしね。モラルの低い時代なら、なくはない話だ。
「それが事実なら利用しない手はないな。カナタ、詳しく話せ。」
オレは咳払いしてから、メモの概要を話す。
「今回の事件の首謀者はサイモン・フィンチ、エバーグリーンの大幹部みたいです。」
「みたいでなく、事実そうだ。狙いはフィンチだろうと思っていたが、狙いではなく奴が首謀者だったか。」
思案顔のジャスパー警部がそう補足してくれた。
「フィンチはハンディコムで直接テロ屋共と会話しています。スクランブル機能が特別な要人用のハンディコムで。」
ボイル刑事が苦々しげにつぶやく。
「Shit!!無線傍受はしていたが、要人用のスクランブル機能がついたハンディコムだと傍受は不可能なんだ!」
「どうして? スクランブル機能は万全じゃない。その気になれば可能でしょう?」
シオンの疑念はもっともだ。ジャスパー警部がまた補足してくれる。
「技術的な問題じゃない。法的な問題だ。この街には内緒話を聞かれたくない要人様が多くてな。要人用のハンディコムの傍受には特別な許可がいる。」
………腐ってやがるなぁ。人命の懸かったテロ事件の時は特例措置を認めりゃいいだけだろうに。
「ヤツらは周到に計画を立ててます。市議会議員の奥方が一番のVIPだと思われていますが、そうじゃありません。人質の中に市長の家族がいます。」
ジャスパー警部が即座に否定する。
「市長の家族が人質にいれば、俺達が気付かん訳なかろう。」
「………愛人と隠し子でも?」
刑事二人は天を仰いだ。どうやら隠し子がいても不思議はないお方のようだ。
司令が密かに笑ったのは見なかったコトにしよう。後で脅迫手帳に書き込むんだろうな。
「交渉拒否も頷ける話だ。奴らに交渉など必要なかったのだからな。市長が動くのを待っているのだ。」
極上の脅迫ネタを手に入れたからか、司令はどこか満足げだ。
少しはリリスの心配もしてくださいよ。
「実行犯8人は軍隊崩れ、でもリーダーのオルセンだけは別格です。機構軍の元中尉で優秀な軍人だったみたいだ。」
「そんな奴がなんでテロリストに?」
ボイル刑事の疑問に司令が皮肉を交えて答える。
「軍人としては一流でも詐欺師としては二流だった。つまり、横領がバレて軍を追放されたのさ。」
オルセンは司令が知ってるレベルの兵士か。リリスの言う通り要注意だな。
「状況はこんなところですね。さて、どうしたものか。」
フィンチが首謀者だと知ってるコトがこっちの切り札だよな。
だが切り札は使い方を誤れば死札になって返ってくる、思案のしどころだ。
「狡いオツムが自慢じゃろ? リリスの為にも頭を捻らんか。」
「中佐も考えてくださいよ。ボケ防止になるかもです。」
「なんじゃとぉ!ワシはまだまだボケとりはせん………」
司令がクランド中佐を手で制しながら聞いてくる。
「カナタ、人間が一番罠に嵌まりやすい時はどんな時だ?」
「自分が罠に嵌めてると錯覚してる時です。」
「そうだ、フィンチとオルセンは周到に罠を張った。その出来栄えに自信を持っているだろう。付け込む隙はそこにある。」
なるほど、ここはヤツらの罠の延長線上に罠を張るべき局面、司令はそう教えてくれてるんだ。
よし、その線で考えよう。オレとリリスのデートを邪魔してくれた代償は高くつくぜ? 覚悟しやがれ!
猫か犬かなら………う~ん、犬派ですかねえ。




