出張編31話 天才少女第二号
カナタは不思議な少女と出会ったようです。
今日はリリスとお出かけする日だ。
天気はいいし、お勉強もないし、楽しい一日になりそうだぜ。
約束は11時、トレーニングを済ませてからシャワーを浴びて、おめかししてから出掛けよう。
ラビアンローズ近くの公園にあるコーヒースタンドで、カフェオレとホットドッグを買った。
オレがスタンド近くのテーブルで朝ご飯を食べていると………
「おじさん、ホットドッグとチリドッグとパンケーキを。コーラは特大で。」
朝から良く食う客だと思ったらシオンかよ。ジャージ姿ってコトはランニングの途中かな?
トレイいっぱいにパン類を載っけたシオンに声をかけてみる。
「よぉ、シオン。朝から食いしんぼだな。」
「公園に野良犬はつきものだけど、最近の野良犬は人語を話すのね。驚いたわ。」
こんにゃろ、会ったばっかだってのにいきなり毒吐きやがって。
「驚いたなら驚いた顔しやがれ、能面女。」
「貴方の為に無駄なカロリーを使いたくないの。エコは大事でしょう?」
「エコ? エゴじゃないのか?」
「ダニーより会話のセンスがあるみたいね。地位を奪う相手と一緒に朝食っていうのも気まずいから別の場所を探すわ。ダスヴィダーニャ。(さようなら)」
「はいはい、どこなと行ってくれ。」
「バカー。」
「パカーな? ルシアン語は少し分かるんだぞ!」
ウォッカも同志もタチアナさんもルシアン人だからな。自然に覚える。
「パカー。(じゃあね)」
毒舌女にゃ慣れっこだけど、リリスの毒舌とシオンの毒舌って質が違うんだよなぁ。
やっぱ毒舌にも愛がないとな、愛が。………毒舌を浴びせるのが愛ってのも相当歪んでるかもしれんが。
朝食を食べてから公園内を散歩する。
日曜の公園は家族連れも結構いて賑やかだ。
ん? でもあの女の子は一人じゃないのか?
親は何してんだ、無用心だろう。誘拐されたらどうすんだよ。
オレは一人で地面に落書きしている女の子に近付いてみる。
「キミ一人? お父さんやお母さんは近くにいないの?」
「みゅ? お兄ちゃん誰?」
振り向いたツインテールの女の子は覇人みたいだ。
目がクリッとしてて大層愛らしい。リリスとおんなじくらいの歳、いや、もうちょい下かもな。
リリスが大人っぽい………大人過ぎるんでそのあたりの感覚に自信はないが。
「オレは天掛カナタって言うんだ。」
「カナタだね!キカと遊んでくれるの?」
キカ? 変わった名前だな。愛称だろうか?
「キカちゃんっていうんだね。お絵かきしてたのかい?」
お絵かきじゃないか、地面に木の枝でびっしりと書かれていたのは数字だった。
なにか意味のある数字なんだろうか? そう思って落書きの開始地点を見たオレはギョッとした。
3,14159から始まってる………これまさか円周率か!
オレはハンディコムを操作して円周率を出してみる。
………合ってる…………確認したのは30字ぐらいまでだけど、多分全部合ってるんだろう。
「ひ~ま~つ~ぶ~し~だよ♪ ねえねえキカと何して遊ぶ?」
キカちゃんは無邪気な笑顔で聞いてくる。
「え、ええっと、しりとりとか。」
「じゃあキカからいっくよ~♪ 石楠花!」
「玄米。」
「一汁一菜!」
一汁一菜? 渋い言葉を知ってるなぁ。
「キカちゃんの朝ご飯は一汁一菜だったの?」
キカちゃんはふるふると首を振って、元気よく答えてくれる。
「ん~ん、キカの朝ご飯はソーセージとベーコンと目玉焼きとぉ、お豆腐とワカメのお味噌汁にキャベツのサラダ!ヨーグルトも食べたよ!フルーツも!」
バランスが取れてますね、一安心。
「そっか、よかったね。い、から始まる言葉………い、一等兵。」
「躄三百文!………あ!」
「オレの勝ちみたいだけど、いざりさんびゃくもんってどんな意味?」
「躄が行けるぐらい近い場所にお引っ越ししても、それなりに出費はかかるって意味だよ!」
む、難しい言葉を知ってんなぁ。円周率といい、このコは天才っぽいぞ。
「じゃあ次は鬼ごっこね!カナタが鬼だよ!すたーとぉ♪」
ツインテールを翻してダッシュしたキカちゃんは、あっという間に木立の向こうに走り去った。
は、速え!あのコ、間違いなくバイオメタルだ!
「カ~ナ~タ~、こっちだよ~!鬼さんこ~ちら~♪」
Gパンの膝をパンパン叩いてキカちゃんはオレを呼ぶ。
オレは謎の天才少女第二号を懸命に追っかけたが、キカちゃんは木立を上手く利用しながら逃げ回り、どうしても捕まらない。
脚には結構自信があったってのに情けないが、捕まらないものは捕まらないのだ。
苦心してようやく追い詰めたと思ったら、垂直ジャンプで高い木の枝にぶら下がって、またしても逃げられてしまった。
軽量級バイオメタル、しかも適合率も相当高いな。何者だ、このコは?
「鬼さんこ~ちら♪」
オレの思いをよそに、キカちゃんは両足をぶらぶらさせながら無邪気に笑ってる。
「参った。キカちゃんの勝ちだ。」
オレが白旗をあげるとキカちゃんは地面に飛び降りて、満面の笑みを浮かべた。
「これで一勝一敗だね♪ 次はなにして遊ぼう?」
この身体能力なら誘拐なんかされっこないだろう。一人でいるワケだ。
「キカちゃん、さっきも聞いたけどお父さんやお母さんは近くにいないの?」
「いないよ。キカにお父さんもお母さんもいないから。」
孤児ってコトか? それとももう死別してしまったのか。どっちにしても悪いコトを聞いちまったな。
「ごめんね。え~と………」
「だいじょぶ!お父さんもお母さんも、もういないけど、キカには兄ちゃんがいるから!」
もういない、か。死別してしまったんだな。でも兄弟がいるのか、よかった。
「お兄さんがいるんだね。どんなお兄さん?」
「怖くて優しい兄ちゃんと、おっきくて優しい岩兄と。それに少佐もいるから全然さびしくないんだよ♪」
おっきくて優しいは分かるけど、怖くて優しい兄ちゃん?
それに少佐? やっぱりこのコ、軍の関係者か?
ピピピッとハンディコムが鳴る。待ち合わせの時間に遅れないように仕掛けておいたアラームだ。
オレがハンディコムを取り出すと、キカちゃんが覗き込んできた。
「かっわいい!このコだれ?」
オレのハンディコムの待ち受け画面は、ネコ耳リリスさんだ。
オレが寝てる間にそうなってた。面倒だから戻してない、そう、あくまで面倒だから戻してないのだ。
「リリスって名前のオレの友達だよ。」
そして6年後の嫁です。そんなコトまで言わないけどな。
「リリスちゃんっていうんだ!キカ、このコとお友達になりたいなぁ。」
いいかもね。リリスにだって友達の一人ぐらいいてもいい。
同じ天才少女同士で気が合うかもしんないし。
ハンディコムをポケットにしまおうとした時に耳慣れないアラームが鳴った。
ハンディコムからだ。警察からの緊急警報だって?
慌てて詳細を見てみる。
テロリストグループが人質を取って立て籠もっているだと!? 場所は………ラビアンローズ百貨店!!!
百貨店周辺には近づくななんて言われても、そんなワケにいくか!
「キカちゃん、オレは急用が出来ちゃったみたいだ。ごめんね、また遊ぼうな。」
「ざ~んねん。カナタ、またあそぼ~ね♪」
このコが何者なのか気になるけど、そんな詮索してる場合じゃない。
オレはキカちゃんの頭を軽く撫でてから全速ダッシュした。
とにかくラビアンローズへ急がないと。
全速力で走った甲斐があって5分足らずでラビアンローズ百貨店前に到着した。
百貨店周辺にはイエローテープが張り巡らされ、パトカーが何台も止まっている。
事件発生から間が立ってないからか、野次馬の数はそう多くない。
オレはテレパス通信でリリスに呼びかけてみる。
(リリス、聞こえるか、リリス!)
(時間に遅れないように早めに来るとは感心な心掛けね。褒めてあげる。)
応信があったので心底ホッとした。
(無事か? 無事なんだな?)
(今のところはね。)
(どういう状況だ。)
(ザイルの手錠で後ろ手に縛られて、人質生活満喫中。)
チッ、やっぱそんな状況かよ!
(了解、待ってろ。必ず助ける。)
(アテにしてるわよ。現在、人質は私を含めて38人、うち子供6人、乳児は一人よ、女は24人で最初に抵抗した男3人は既に射殺されたわ。)
問答無用で射殺したのか。テロリストってヤツはこれだから!
(テロリストの数と装備は? 練度と犯行目的もだ。)
将校カリキュラムの対テロリスト作戦の授業が早速役に立つとはな。
(全員バイオメタル兵、重量は不明。数は8、練度は中の上。リーダーはそれなりにデキる奴よ、注意して。おそらく全員に軍隊経験があると思う。装備は山刀とアレスの自動小銃キラーホーネット。立て籠もってるのはビル3階の婦人服売り場中央、人質の警戒にあたってるのはリーダーを含めて4人。残りの4人は各所で見張り役をやってるわね。)
データ分析はお手のものだな、頼りになるぜベイビー。
(了解、警察の手に負える相手じゃなさそうだな。)
(コイツらエバーグリーンのエコテロリストよ。環境の為なら人類を滅ぼしていいって狂信者の集まり。話し合いの通じる相手じゃないわ。)
(エコテロリストか、厄介だな。………厄介なのはエコテロリストだけじゃないみたいだが。)
(どうしたの?)
百貨店ビルの死角から装甲車が数台やってきて停車するのが見える。
おそらく警察のスワットチームだ。
(スワットチームがご到着だ。)
(やられ役の定番ね。どうするの?)
(貸借対照表の借りを増やすしかないな。また連絡する、待機せよ。)
(了解よ。)
あの女に連絡だな。まーたトラブル体質って言われんだろうけど。
体がダルいなと思ったら微熱があった。今日は執筆を諦めて大人しく寝ます。
 




