なんか不憫すぎる
ちょっとシリアス?
【えぐっつ、えぐっつ…‥‥やっとまともなモノにありつけたのだよ…‥‥】
「そこまで泣くほどか?」
冬には近いけど、まだ秋の夜長。
号泣しながら夜食を食べるサキュバス・フラットの彼女の様子に、リューはそう尋ねた。
【泣くほどなのだよ!!ひぐっつ、本当はこういうご飯を食べなくともえぐっつ、異性の精気を吸い取れさえすればううううっつ、飢えることはないのだよ。けれども‥‥‥】
嗚咽混じりに食しながらも語り始めた彼女に対して、食べるのと話すのどちらかに集中しろ、といいたかったリューたちであったが、一応黙って聞くことにした
…‥‥元々、彼女の生まれ故郷はこの国ではないそうで、どこかは覚えていないが、その国の娼館だったそうだ。
その経営者でもあり、魔物使いであった人の従魔であったサキュバスから生まれたのだが、生まれてすぐに母親のサキュバスもろとも捨てられたらしい。
【おかんは言っていたのだよ。おかんの主は、うちがまだものも言えない赤子の内に契約を結ばせようとしていた、と。そして、人気が衰えていたおかんを捨てた後、うちをその座に据えて娼館で働かせようとしていたのだ、と】
だがしかし、彼女の母親であったサキュバスは拒否した。
サキュバスは本来、異性を襲って淫夢を与え、その精気を食べる存在であり、娼館で娼婦として働くというのはまさしく天職であった。
けれども、彼女の母親のサキュバスは、彼女がサキュバスの亜種であるサキュバス・フラットだと本能でわかったことから拒絶したらしい。
サキュバス・フラットはサキュバスの亜種で、能力は高いけれども色欲とかが薄い。
その為、この娼館での仕事を苦痛に思うのではないだろうかと、母親として子を思う気持ちがあったがゆえに、主に逆らったそうだが、そのことにその主は激怒し、しかも、ただ契約を破棄して、野に放つという事だけではなく、その主は…‥‥
【おかんの、羽や尻尾といったサキュバスの特徴的部位を、切り裂き、食いちぎり、その上徹底的にサキュバスとして動けぬように…‥‥】
様々な矜持を踏みにじり、そして彼女とその母親を捨てたのだとか。
サキュバスとして二度と働けぬ彼女の母親は、その時点でもう命がないようなものであった。
精気もすえず、命をつなぐために必要なものを母親はとれなくなったのだ。
だが、それでも子を愛するのは人間でもモンスターでも変わらず、母として彼女を守り切ったそうだ。
【でも、それからの生活が本当に大変だったのだよ…‥‥】
もうその母親のサキュバスは命を失ってもおかしくはなかった。
ボロボロになったモンスターなど、あとは他の野にいる他のモンスターに喰われるか、もしくは欲に目がくらんだものたちがさらに追い打ちをかけて、殺した後に体内の魔石を抜き取るしかない。
身を守ろうにも、母親はサキュバスとしての力をその元主に徹底的に壊され、淫夢を見せて足止めなどが出来なくなり、本当に危ない状況だったそうだ。
それでも母娘は頑張った。
懸命に野山や谷を越え、歩き、その周辺に生えている木の実などをこのサキュバス・フラットの彼女に食べさせて、なんとか生かしたのである。
だがしかし、やはり精の供給が立たれたことで、日に日に母親は衰弱していき、ようやく彼女が成長し、まともに話したり歩けるようになったところで‥‥‥‥‥
【大きなギガンテスという、単眼巨人のモンスターにつかまって、喰われたのだよ…‥‥うちを逃がして、必死に逃げて逃げきったけど、おかんはそれ以来、うちの前に表さなくなった。それからしばらく経ってからある街でそのギガンテスが討伐されたようで、体内に魔石がいくつも見つかったから、他のモンスターを食べていたと言う話はあったけれども‥‥‥‥】
そこまで話したところで、サキュバス・フラットの彼女は涙をさらに流し始めた。
その母親である元主を恨めしく思ってもおり、母がいなくなったことを悲しくも思い、仇のモンスターは討伐されたせいでその憤りの無い怒りもあって、もうぐちゃぐちゃなようである。
話を聞いていたハクロたちにも、いつしか涙が流れていた。
【うううう~~悲しすぎますよその話!!】
【ピキッツ・・・・・・ピエェェェン!!】
【モンスターであるがゆえに、人とは違う事での悲劇としてはあることだけれども‥‥‥‥悲惨すぎて涙が止まらないカナ‥‥‥】
全員ぐずぐずっとつられて涙を流す。
【それで一生懸命今日まで生きたのですが‥‥‥‥うち、料理ベタでまともな飯も作れず、かと言ってサキュバスとして働こうとしても、いざ目の前にすれば蹴り上げて潰したりで…‥‥だんだん栄養を取れず、衰弱したのだよ。そこで、精気をとるなら何も淫夢じゃなくてもいいじゃないと思って、適当に憑りついてみて、その相手の夢に干渉して、欲望を夢でかなえさせることにしたのだよ。ほんのわずかだけど食いつなぐことはできて、でも足りなかったのだよ…‥‥なぜか、憑りついた相手全員、欲が満たされたせいか、ちょっとした罪悪感があればその相手に向かって土下座するようになったけどね】
「…‥‥犯人お前か!?」
まさかの土下座懺悔事件の犯人が判明したのであった。
【でも、それでも足りず、存在そのものが消えゆきそうなほどに弱り、腹をくくって今晩あなたから精気を吸い取ろうとしたのだよ‥‥‥‥ご飯を喰わせてくれたことに感謝するし、本当にごめんなさいなのだよ】
深々と土下座し、謝るサキュバス・フラットの姿に、皆は心からの反省を感じ取ったので、許すことにした。
それに、ここまでずっと大変そうな道のりを歩んできたようで同情したのである。
そんな中、いぶかしげな顔をしていたワゼが口を開いた。
『‥‥‥サキュバスとの契約破棄、及びに虐待ですカ。そういう悲劇が起きやすいモンスターでもあるそうですが、流石にそこまでするとなると、その主とやらはどうも魔物使いとして何かが欠如していますネ。‥‥‥そもそも、その元主とやらは本当に魔物使いだったのでしょうカ?』
そのワゼの言葉に、全員疑問を抱いた。
「どういうことだ、ワゼ?」
『魔物使いの中には、娼館で働かせるためにサキュバスなどのモンスターを従魔にしたり、従業員にしたりして稼ぐ者たちがいマス。とはいえ、その娼館ですが、他にもサキュバスはいましたカ?』
【赤子の頃の話ゆえに、おかんから聞いたことしか知らないのだよ…‥‥でも、確か他にもいると言っていたかもなのだよ】
『で、貴女はサキュバス・フラット…‥‥サキュバスの亜種、つまり容姿などで負けることはあれども、実質的にはサキュバスの上位種族デス。つまり、サキュバスによってはより上の位ですヨネ?』
何かを確認するかのように、ひとつづつワゼはサキュバス・フラットの彼女に質問を重ねていく。
「ワゼ、それだけの質問とかをするという事は‥‥‥何かあるのか?」
『ええ、ほぼ確実にものすごくやばい事ですガ』
【どういうことなのだよ?】
『‥‥‥モンスターという存在は、簡単に言えば実力主義のようなところがありマス。例えば、ゴブリンの群れがあったとしたら、その中心には亜種や進化種がリーダーとなって率いていたり、違うモンスター同士でも、力の強い方に従うなどがいい例ですネ。つまり、自分よりも本能的に上の者に従い、そして守る本能があるのデス。力だけではなく、その本能的に上位の存在に対しても同様の行動をとるはずなのデス』
「となると、サキュバス・フラットの彼女は亜種ゆえにサキュバスたちよりも上の者‥‥‥上位の存在だから、他のサキュバスたちにとっても守るべき相手‥‥‥ってことは、その娼館に他のサキュバスたちがいたのであれば、彼女の母親だけではなく、皆で守ろうとするはずだと言いたいのか?」
【でも、その元主とやらはそのサキュバスたちの主である魔物使いですよね?基本的に、従魔は魔物使いの命令に背くことはないと思いますが…‥‥】
『仮契約であれば、背くことは可能デス。特に、サキュバスなどは本契約などをほとんどせず、まさに体の関係だけで仮契約のみという事をやっているのデス。そのため、他のサキュバスたち全員と本契約を結んで入れさえすれば、その母親だけを徹底的になぶり、他のサキュバスたちを黙らせることもできるでしょうが…‥‥いくら何でも、それは無理に近い話なのデス』
そもそもサキュバスは精を求めるモンスター。
そんな話を聞く限り、明らかに他の者たちに対しても同様の馬鹿をやらかしそうな主であるならば、仮契約はしても本契約までは流石にしたくはないだろう。
つまり、他のサキュバスたちと仮契約である可能性の方が大きく、もしかしたら全員から総スカンを喰らう可能性だってあったわけだ。
『その母親も仮契約であれば、背くことはできますし、抵抗としてサキュバスの力で元の主とやらを眠らせたりなどできたでしょウ。しかし、守るのに必死で、その上他にサキュバスがいたとして誰一人行動できなかったとなると…‥‥魔物使いと従魔の間で結ばれる、契約とは違う物があった可能性があるのデス』
深刻そうな顔で、ワゼはそう告げた。
「何かあるのか?」
『可能性としては‥‥‥「隷属の首輪」もしくはそのたぐいの魔道具による、強制的な娼館経営デスネ』
名前の通りというか、相手を奴隷のようにしてしまう道具であり、ある程度の力があれば効果はないそうだが、サキュバス程度ならば簡単に奴隷に出来てしまうそうだ。
『ただし、この手の魔道具は、犯罪に使用される可能性が大きいので、どんなに敵対している国があろうとも、全世界で厳しく規制されて、取引も禁止される道具のはずデス。一介の娼館経営者程度が、手に入れられるものではありませんし‥‥‥‥もしかしたら、その国そのものが腐っているとかないでしょうかネ?』
要するに、そんな危ない魔道具を見て知らぬふりをしている国があるかもしれないという事なのだ。
もしくは、国ではなくどこかの組織という可能性もあるのだが…‥‥いずれにしても、それ相応の権力や金がある相手がその娼館の背後にある可能性が高い。
「それってつまり、とんでもなくやばいと」
『ご主人様の語彙力の無さには少々後で勉強してもらうとして…‥‥その通りデス』
軽く何か言われたような気がしたが、どうやらとんでもない事案が発覚したようである。
『貴女はその娼館の事を分かりませんか?』
【当時は赤子だった故に、モンスターだけどほんのちょっとしか覚えておらず、何処なのか、どんな名前だったのかもわからないのだよ。でも、おかんが言っていたこととしては、最初はその娼館の経営者は体はスリムでまともだったそうだけど、最後に目にしたときには、もはや肥え太った醜い豚のような姿だったぐらいにしか‥‥‥‥】
サキュバス・フラットの彼女もよく覚えていないそうだ。
そもそも、その話自体が母親から聞いたことしかなく、細かい部分を教えてもらえなかったようだ。
『怒りに身を任せ、母娘もろとも捨てたとしても、その娼館のについて話すことはできたはずデス。ですが、もし隷属の首輪のような物が付いたままであり、その詳細について追い出された後も口にできない用意されていたりするのであれば…‥‥‥』
当然、詳細を話せないはずである。
・・・・・・どうやら、とんでもない厄介ごとに足を踏み入れかけているようだ。
『この件に関して下手すれば、とんでもない国家間でのもめごとの種になる可能性がありますし、判明した今、彼女を連れて国王陛下に報告しに行くことをご主人様にお勧めいたしマス』
真剣な表情で、ワゼはそう言った。
「でも、国王が動いてくれるのだろうか?」
『たかが娼館での情報、されども物凄い真っ黒な陰謀の香りもするので、あの国王陛下であれば嬉々として引き受けるでしょウ。‥‥‥宰相が胃をこじらせて死にますガ』
何だろう、否定できない。
こういった面倒ごとは、国に任せた方が良さそうであり、ワゼのその提案には乗ったほうが良さそうである。
「だったらそうしたほうが良いか。エルゼにも念のため事情を説明して、一緒に行ったほうが良いかもしてないし‥‥‥」
こういう時に限って、一介の学生の報告と舐めて、必ず馬鹿な事を言って無駄な妨害を仕掛けてくるようなやつがいるだろう。
婚約話の際にリューの力を見せつけたとは言っても、喉元過ぎれば熱さを忘れるとか言うように、己の都合のいいように忘れているやつがいるかもしれないのだ。
そんな時に、エルゼもリューと一緒にいれば、より王族と親密であると判断させて、無駄に馬鹿な事を言う輩も減るであろう。
権力を傘にしたくないが、馬鹿に対して有効なのだから仕方がない。
「えっと、サキュバス・フラットの貴女も一緒に来て証言してくれますか?」
何よりもまずは、この彼女の自身の話を直接聞かせたほうが良い。
その為、リューはサキュバス・フラットの彼女に話しかけた。
【‥‥‥別にいいのだよ。この際おかんを傷つけたような輩には徹底的にほうふくしてやりたいのだよ!!】
ぐっとこぶしを握り締め、決意した強いまなざしで見返す彼女。
ぐぅぅぅぅぅ~~~~~~
「‥‥‥まだお腹空いていたの?」
【はぅぅぅ・・・・・・胃が満たされても、やはり本能的に満たされぬのだよ‥‥‥】
それなのに、思いっきり場の雰囲気を崩すような腹の音を盛大に立てたのであった。
どうやら食欲とサキュバスの本能では、本能の方が勝ってしまうようである。
【そもそも、他人の欲望に合わせた夢を見せて、力を微弱に養えることから、実は精気とかではなく魔力の方を食べているのではないかと、長年の経験でうちは予測するのだよ】
『でしたら、いっその事ご主人様と本契約を結んで魔力をいただくのはどうでしょうカ?』
【【【「【え?】」】】】
ワゼのその提案に、皆は思わずそう言ったのであった‥‥‥
・・・・・・どう考えても、ろくでもないような面倒ごとに巻き込まれたようにしか思えない。
そして、ワゼの提案の意味することとは?
次回に続く!!
・・・・・・今作最も不憫で不幸な薄幸の美少女というテーマで、サキュバス・フラットの彼女が生まれたというのは、ちょっとしたこぼれ話。単に何処とは言わないが、全体のバランスをとるためだけに生み出したとも言える。
何処とは言わないけど、その部分を大きくする予定?あるといえばあるけど、当分貧しいものを持ったままかも。