家出
ロマンは、真っ白な毛並みの美しい大型犬でした。ロマンは今度の旅行のことにはあまりに乗り気ではありませんでした。なぜなら、ロマンは少しばかり臆病な犬だったのだから。それでも、ロマンは親友の黒いわた毛のようなレフがどうしても旅行に行こうと言うので、飼い主に内緒で少しばかり家出をすることにしたのです。
それはロマンとレフにとってはじめての家出でした。ふたりは夜の闇をかけて、丘の裏にある、穴ぐらの中へと入っていきました。その穴の中はしんと静かでした。どこまでも深い闇がふたりを襲いました。
「ねえ、レフ……」
「どうしたの、ロマン……」
「馬鹿に静かだね……」
「そりゃあね、人間の世界からは想像もできないぐらい静かだよ」
「君は怖くないのかい」
「なにがさ」
「人間の世界から離れることがさ」
ロマンはそんなことを言って、フフッと笑いました。レフにはそれが愉快でたまりませんでした。
……怖くてたまらなかったよ。でもね、ロマン。それを越えるぐらいわくわくしているだろ。
暗闇の地下室のようなところを走ってゆくと、ぼんやりと灯りのともっているところがありました。そこには山犬のおじいさんがうす汚れた作業着と折れまがった帽子をちょいと被って立っていました。
おじいさんは、ロマンとレフを見ると、少しばかり微笑んで、そしてちょっと怖い声を出しました。
「おふたりはどこへ向かわれるのかな」
「どこでも、遠くに行きたいです……」
そうロマンは言いました。
「遠くに……。この列車に乗れば、どこまでもゆくことができるよ。そう灼熱の砂漠の広がる南の国から、血も凍ってしまうような北の国まで……」
「楽しいところがいいな……!」
レフはフハフハ笑って言いました。
「楽しいところか。そりゃあ、楽しいところはいくらでもあるさ。人間の世界しか知らないような君たちには、どれを見たって楽しくて転げまわりたくなることだろう……」
「おじいさん、僕たち、すぐにでも出発したいんです。一番先に出発する列車はどこ行きですか」
ロマンは丁寧に尋ねました。ロマンはちょっとばかり、他の犬よりも育ちが良いのでした。
「そうかね、それなら二番ホームからアラフィッス行きの列車が出るけどね。アラフィッスまでゆくと面白くはないだろうね。何しろあそこは大人の街だからね。治安も良くないよ。この頃ではハイエナのギャングどもがたむろしているんだ」
「ハイエナのギャング……」
「僕、ハイエナって見たことないな。ちょっと見てみたいかも……」
レフはハフハフ笑いながら言いました。
「あまりおすすめはできんね。途中のマッカシー駅で降りることをおすすめするよ。あそこらへんには、モグラの地底文明があったからね。面白い博物館もあるしね」
「おじいさん、ありがとう!」
ロマンはおじいさんにお礼を言うと、列車の方へと歩いてゆこうとしました。
「ちょっと待ちなさい。お金は持っているのかね」
「えっ……、お金……?」
「そうだよ。お金がなきゃ列車には乗れないんだよ。試しにあそこにいるどら猫に聞いてごらん」
見ると、鋭い目つきのどら猫が受付の鉄格子の中に座っていました。
「ふにゃあ……」
ロマンは驚いて、そして困ってしまいました。
「持っていないんだろう。仕方のないことだ。それまで人間の家に飼われていたのだからね。わたしに任せなさい。ほれ、お金をあげよう」
それはまばゆい銀色の光を放っている大きな銀貨が五枚でした。
「ありがとう! でも、こんなに本当に良いの?」
「うん。いいよ。だけど、もしこの先、このお金をどこで手に入れたのかを誰かに聞かれたら、わたしのことは言っちゃいけないよ」
「どうした……?」
「おじいさん、盗賊の一味なんだ……。あまりに良い仕事があって、今はお金は腐るほどあるんだ」
「じゃあ、悪い犬なんだ……」
「かっこいい!」
レフはホフホフ笑いながら言いました。
「おじいさんはお金はたくさん持ってるけど、友だちはいないんだ。だからほら、もらっておくれ」
「ありがとう! おじいさんは僕たちの友だちだよ」
ロマンはそう言うと、泥棒のおじいさんにお辞儀をして、レフと一緒に、犬走りでどら猫のいる受付に行ったのです……。