泉川リコ 9話
私は江戸時代に生まれてきたわけではもちろんないけれど、きっとむかしから女子という生き物はきっとうわさ好きだったに違いない。
ユウとメグミのうわさ話が盛り上がっている。内容は、どうやらこの学校内に、カップルが誕生したとのこと。
念のためいっておくと、女子校だ。
……。
まあ、別段、驚くことでもない。そういうのもあるだろうなぁ、くらいには思っていた。まあしかし、入学式が終わってそんなに時間がたってもないのに、ずいぶんと急なものである。
「へー」
私ではなくモエが言った。私がそっちを振り向くと、
「いまの、聞いた? リコちゃん」
「まあ……。距離的にどうしても聞こえるし」
「やっぱり、そういうのあるんだねー、女子校って」
モエが体育座りしている膝の上で、さらにチューリップみたいに頬づえをついて、その上にほっぺをのせた。なんだかかわいい……じゃなくて。
「まあ、勝手にやってればいいんじゃない?」
「リコちゃんクールだね!」
「そう?」
「じゃない?」
「だって、べつに、私には関係ない話だし。放っておけばいいじゃん」
私は言って、前を向く。皆、同じクラスになったばかりか、バレーボールの連携はお世辞にもうまくできているとは言いがたかった。
「でも……、リコちゃん、後輩とかにモテそうなタイプだよね」
「……はい?」
私はワンテンポ遅れて、モエに振り向く。モエはくすくすと口元に手を当てて笑って、
「リコちゃん、おもしろい顔してる」
「してないって。後輩?」
「ほら。泉川センパイ、みたいな。格好いい系だよね、リコちゃん。クールっていうか」
「……そうかな」
私は天井を見上げる。もちろん、それは何度も言われたことだった。だから、なんとなく自己認識はしている。
けれど、なぜかはわからないけれど、モエから言われると、意味合いとか深さとかが違ってくるように感じた。
「でもさ、そういう話聞くと、びっくりするよね」
モエが言う。私は視線をそっちに戻して、
「確かにね」
「べつに、怖かったり気持ち悪かったりはしないけど……。なんていうんだろう、友達で、仲がいいとそうなるのかな?」
「んー、もともとそういう人もいるんじゃない?」
「そうか-、リコちゃんもそっち方面の人だったかー」
「なんで急にそうなった!?」
私がツッコミを入れると、モエが屈託なく笑った。まったくもう。私は目を細め、小さくため息をついた。
そうこうするうちに、授業が、私たちの番になってくる。
コート内、端、自分のポジションにつきながら思考を巡らせる。
なんだか深く考えていくと難しい話になりそうだから、簡潔に考えるけど、私はいわゆるそういうのじゃない。
じゃない。だって、いままでそういった気持ちは持ったことがなかったし。そして、これからもきっとそうだと思っていた。
けれど、この閉塞感だらけの女子校で。なんの変哲もない、退屈な日常の中で。
確かにモエを一目見たときから、どこか私の琴線に触れる部分があった。たった一人の人間と出会ったという、客観的な事実。でもそれは真実じゃなくて。
白いバレーボールを目で追いながら考える。
私の、この気持ちはそういうんじゃない。
でも、お風呂に入ったとき、一緒に部屋で過ごしたとき。
どこか、いままでと違う自分がいたことは確実で。
……確かめなければいけない。
何をと聞くか。
それは、もちろん、あれだろう。
この気持ちの正体だ。
私はトスがやってきたから跳び上がって力強いサーブをひとつ決めてやった。




