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泉川リコ 5話

「なんか銭湯みたいだね」


 隣を歩くモエがそんなことを言っている。


 まあ確かに、それはそうかもしれない。私も、この寮にきたばかりのときは、そう思ったものだ。


 廊下はカーペットが敷かれていて、ほとんど音が立たない。二人のスリッパの音だけが小さく響く。

 ここだけ見ると、まるで旅館の中みたいな風情だけど、慣れている私には情緒も何もあったものじゃない。


「……にしても、春日さん、順応早いね、いろいろと」


 窓から遠い通路側、右隣を歩くモエに私は声をかける。


「モエでいいよ。私も、リコちゃんって呼びたいからさ」


 と言って、モエは見ただけで溶けてしまいそうな笑顔を見せた。それがすごく自然な笑顔で、なぜか私は目を見開いてあからさまに驚いてしまった。


「ん?」


 モエは笑顔を氷解してまばたきをする。


「い……、いや、なんでも」


 なぜか言葉に詰まった私は軽く前を見て、また彼女に視線を戻し、


「……ていうか、モエ、さっきの話の続きだけど、順応早いなぁ、って思って」


「そう?」


「うん」


「そうかなぁ」


「そうだと思う」


「でも、内心、どきどきだったよ? とくにあいさつのときとか」


「あいさつ……。ああ、あの黒板の前の?」


「そうそう」


「ああ、あれは確かに、ね。誰だって緊張するよ」


「そういえば、リコちゃん、いちばん前の席だったよね」


 モエが前を見ながら言う。


「え、うん」


 私はそんなモエを見てうなずく。


「なんだかきれいな人がいるなぁ、って、思って。目、合っちゃってたよね」


 えへへ、とモエが屈託なく笑った。


「いや……、べつに、私、そんなんじゃないし。おせじとかいいから」


 私は一度壁のほうを見てから、窓のほうに視線をやった。外は真っ暗だ。


「えー、お世辞なんかじゃないよ?」


「はいはい」


 いまの私の顔はどうなっているだろう。鏡がなくてよかった。さすがに真っ赤とはいわないけれど、もしかしたら自慢(?)のポーカーフェイスも少しは崩れていたかもしれなかったから。




 当然だけど、いままで何度も体育だったり修学旅行だったり、もちろんここの脱衣所だったり、同じ学校の子の裸は見ているし、見られているからいまさらどうってことない。

 どうってことないのだ。


 それは正論であるけれども、なぜか私は服に手をかけつつ、緊張していた。

 すでに制服は着替えていて部屋着で、とくにボタンを外したりもしないから、すぐに下着になってしまうわけで。


 ……いやいや待て待て。

 べつに女同士なんだし、私は何を意識しているのだろう。初対面だから? うん、たぶんきっとそう。


 たぶん。


「どうしたの? リコちゃん」


 モエが当たり前のようにブラウスを脱いで、下着姿になっていた。私の1.8倍はスタイルがよくて、思わずぎょっとなったけど、できるだけ顔に出さないようにして、


「いや……、なんか、友達の前で着替えるの、恥ずくない?」


 私はぼそぼそと声に出す。言葉にしたら、余計に意識されてしまうというのに。


「そう? あーでも、リコちゃん、恥ずかしがり屋さんっぽいよね」


 モエは軽く笑う。


「そういう問題?」


 少ししゃべったら、いくらか照れが緩和されてきた。この勢いのまま、服を脱いでしまおう。


 服を脱ぎながら。

 ちら、ちらとどうしても横目でモエの肌を見てしまう。きれいだなぁと。思わずさわりたくなってしまうほど、まるで何かの彫刻のようだった。


 ……っておいおい待て私。


 思わず額に手を当てる。何を考えてるんだっつの。これじゃ怪しい中年おやじだ。


「どうしたの? リコちゃん」


「わ!」


 本気でびっくりした。モエが超ドアップで――私の目の前に現れてきた。集中していたから、物音も気配もまったくなかった。


「ちょ、びっくりさせないでったら!」


「え! あ、ごめんごめん。そんな大きな声ださなくても……」


 逆にモエのほうがびっくりしたみたいで、目を白黒させている。


 私はタオルで体を隠しつつ、まだ頭に血がのぼっていたが、


「……いや、私こそごめん。えっと、おふろはいろっか」

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