泉川リコ 3話
私は転校したことがないからわからないけど、これってすごいシチュエーションだよな、と思った。
担任の先生が、転校生がきますと紹介している。教室は静まりかえっている。……この中に入って、自己紹介するのか。なかなかどうして、緊張するってレベルじゃない。
中途半端な時期の転校生だな、なんて思いつつ。窓側の列、いちばん前の席にいる私は、思いのほかドアから入ってくる転校生を早く見られる位置にいた。
まあ、だからといって、何がどうなるわけでもないけど。
「それでは、春日さん」
教師が言った。ドアのほうに歩いていく。
開けた。聞き慣れた音が鳴った。
私は肩が強張り、大きく目が見開いた。
とんでもなく美人だった。なんていうか……、そう、テレビの中にいるアイドルみたいな。
ぜったいに誰しもが緊張するであろう場面なのに、その子――転校生は長い巻き毛を揺らして、教師とともに、教壇の前へと移動していく。
――そしてこれはあとになって気づくのだけど、このときの私は、その転校生の子をガン見していた。なぜだろう。理由は自分でもわからない。たぶん、何か直感的にひかれるものがあったんだと思う。
「えーと」
全員に背を向けた教師が、場つなぎの言葉を発しながら、『春日 萌』と黒板にやけに達筆な字を書いた。
やがて振り返ってから、隣の転校生に手を向け、
「こちら春日モエさん。ご両親の都合で転勤――」
と現在進行形で紹介しているけれど、対する私はなぜか気が気じゃなかった。どうしても、その春日モエとやらが気になって、教師の言葉が耳に入らなくなっていたのだ。
やがて。
「春日モエです、よろしくお願いします」
転校生があいさつをして、一礼をする。
が、ふと。
私がずっと見ていたからだろう、モエがこっちを向いた。
目が合った。
私は知らず知らずのうちに、頬づえをついている手に力が入り、そしてまばたきを失っていた。
視界が、彼女の姿だけを映し出して。
私の網膜が、すべて彼女色に塗り替えられて。
そして。
緩やかな茶色に巻き毛を揺らしながら、モエはこれ以上ないほど優雅にほほえんだ。
そのときの私の感情といったら、なんだろうね、きっと君にはうまく伝わらないというか、恥ずかしくて言語化できないっていうか。
なんにしろ。
これが私と春日モエの、ファーストコンタクトだった。




