魔眼のホルマリン漬け
「魔眼のホルマリン漬けです」
「ひいッ!!!!」
その奇々怪々な『目玉』を見て、俺は悲鳴を上げてしまった。
それもそのはず。
その『美味しいもの』とは、ギョロギョロと黒目を動かす『眼球』だったのだ。
魔眼は痰のような黄色い液体を絡ませながら、また1つ、また1つ……と飲み口から垂れ落ちている。潰れた温泉卵のような姿だが半透明で、中に白い線虫のような生物が蠢いていた。白目らしき部分では輝度ある血管がドクンドクンと脈打ち、病がちな灰色で染まった黒目は、死刑執行を待つ狂人の死際が如く、常に前後左右へ『眼』を向けている。まるで、自分を最後に食べる人間を監視しているかのような……ひええ……
「歴代の魔王様も我々『魔者』と同じく、『魔者』を食して『魔力』を蓄えておりました。どうぞお口に……」
「いらないいらないっ!!! マジでいらないっっっ!!!」
全力でお断りした。小さい頃から好き嫌いはしなかった方だが、これは好きか嫌いかというレベルを超える代物だ。100万貰えるとしても食べない。1億だったらやります。……あっ、やっぱ無理だ。魔眼が俺のことめっちゃ見てる。めっちゃ綺麗な目で見てくる。つうかこっち見んな。
「さっ、魔王様、こいつが情に訴えてくる前に早く」
「オーク、もう遅い。俺はこいつの透き通った目を気に入っちまったようだ。食べることなんて……できないよ……」
「これを食べれば魔力が回復して、封印が解けるかもしれませんが?」
「早速いただこう」
俺は食い気味に言い、素早く口を開けた。オークは「はいはい」と言って(お母さん?)、俺の舌に1個の『魔眼』を乗せる。おえ……舌の上で彼が脈打ってるのがよく分かった。プルプル震える舌を一切動かさず食すのを躊躇っていたが、唇の間から涎が垂れてきたのでやむを得ず、ゴクリと飲み込んだ。
まず伝わってきたのは、「ブシッ!」と口内で大芋虫を潰したような食感だった。逆立つ鳥肌。広がる不味さ。脈打つ眼玉。笑顔のオーク。
「クチックチッ」と、できるだけ魔眼を刺激しないよう舌の奥に持ってきてから、食道に通す。オヴェ……という吐き出す衝動に駆られながらもグッと堪えて、胃腸にそれを届ける。
「……どうですか、魔王様。魔力は元に戻りましたか?」
豚の糞が頭の中でワルツしてるような頭痛に苛まれる最中、オークは心配した顔で俺を見ていた。
あぁ、そうだった。俺はこれを好き好んで食べたわけではなく、魔力を回復するためにやむを得ず食べたのだった。不味すぎて記憶が少し飛んでいたようだ。
ええと……魔力は……
「……特に変わらないな」
(最低限回せる)脚や腕を動かして身体の具合を確かめたが、何も変わっていないようだ。強いて言うなら、これから腹痛が襲ってこないのか心配だ。
そんな風に朦朧としている俺を見たオークは、眉間に深いシワを寄せて座礼した。
「申し訳ありませんッ! 魔王様を不快にさせた挙句、このような始末に陥るとは……ッッ!! ここは私の眼を以って……ッッッ!!!」
オークは幅のある男爪を自分の眼球に近づけて抉ろうとした。部下の自傷行為は流石に見逃せないので、大声でデマカセを言う。
「いや大丈夫だって! 思ったよりもコクが有ってまろやかで美味かったしな!」
「それではもう1個食べ───」
「いや大丈夫だって! 思ったよりもコクが有ってまろやかで美味かったしな!」
「…………」
「……なっ!!!!」
オークは俺の心情を無言で察した。そしてキャンディみたいに、口へ魔眼を放り込む。「美味しいのに……」と言いながら魔眼をコロコロ舐めるオークに、俺は引きつった笑みを見せた。
そんな和やかな空間に
──────チリン
鈴の音が揺れる。
就職活動が終わったらまた更新します。
それまで末永く待っていただきたいです……。