やはり俺は封印されし魔王(女)だった
「「「 破あああああああああああああああッッッッッ!!! 」」」
「………………」
「「「 おりゃああああああああああああああああああッッッ!! 」」」
「………………あの」
「「「 どっせえええええええええええええええええええええいッ! 」」」
「………………えっと」
「「「 ぱうッッッ!!! 」」」
「魔王様………」
「………………あれ?」
俺の意味不明な咆哮が森中に響き渡った後、平和を象徴するが如く鳥のさえずりが、何処からともなく聞こえてきた。小鳥は「チチチッ」と鳴きながら頭上で旋回し始め、やがて、頭頂部に着地する。芳香漂う生糸のような紅髪を気にいったのか、辺りを散歩し、旋毛をツンツン突いている。
そう、相も変わらず、魔王の頭の上では、世界の平和が広がっているのだった。
「あの……魔王様……?」
オークはキョトンと目を丸くしている。彼のその冷静な反応は、俺を現実に引き戻した。
口を噤んで顔を震わせ、ちらりとオークを一瞥するが、心恥ずかしく直ぐに目を逸らした。俺は誤魔化す意味で両脚をばたつかせ、語気を荒くした。
「なっ、なんでッ!? 魔王なんだから溢れ出る魔力だとかオーラだとかで木っ端微塵にできるはずじゃッ!?」
オークは何とも言えない表情を向けてくる。
その目は、ハローワークの受付嬢が俺に向ける憐憫の眼差しそのものだった。やめてくれ、オーク。その視線は俺に効く。
紅くなった瞳を凝らして、無言を続けるオークに問いかけた。
「オーク! これ外せないのか? お前俺の家来なんだろ! 助けてくれよ!!」
「……その錠には『聖属性』の効果が付与した封印が為されておりますので、魔者である私には触れられないのです。魔王様が、そう仰ってくれたではないですか。半世紀も昔、尋常では無い力を持つ勇者に敗北し、捕らえられ、此処へ封じられたと……」
「封じ……られた……?」
「魔王様、まさか……精神継承の儀を行ったのですかッ!? 説によれば精神の継承と共に、各々の甚大な魔力に適した容貌へ変化すると聞いております。しかし、貴方は、『ネメシス様』そのままのお姿で──」
「……多分、そのまさかだと思います……」
俺は舌足らずな言い方で呟いた。
走馬灯で出会った『ネメシス』そのものに転生したという事実…………勇者から封印された魔王であったという事実……しかも女性フェロモン香る未成熟な少女の身体に成り代わったという事実……に、ひたすら絶望し、俺はうなだれるのだった。
仕方無しに、『事の顛末』をオークに話すことにする。
自分は日本という小さな島国の社会不適合者だということ。
ピザによって魔法陣が形成され『メネシス』が出現したということ。
走馬灯の中で『ネメシス』と出会ったこと。
俺は甚大な『魔力』を持っていない人間だということ。
それらをオークに丁寧に説明した。この異世界に存在しない言語……『ニート』や『ピザ』……であっても、単語ごとに崩せばそれなりに通じるらしく、彼が内容を理解するのに支障はきたさなかった。
俺はメンタルヘルスを受講している人間のように、『前世』と化した自分の半歴を赤裸々に話した。ポツポツと、それはもう惨めに……
その間オークは何も言葉を発さず、ひたすら俯いていた。しかし、俺が話し終えると顔を上げて、ポケットから薄汚れた布を取り出した。そして言うのだった。
「ネメシス様にも何か考えがあってのことでしょう。……それに、私の主はネメシス様ではなく、魔王である継承を済ませた貴方です。とにかく、無事で何よりでした」
オークは心配させまいと優しく微笑み、腰に引っ掛けていた何本かの『竹筒』の1本を手に持った。竹筒を斜めにすると、チョロチョロと水が流れ出る。彼はその水で布切れを絞ってから、ピタリと俺の太ももに当てがった。柔肉の丸みに合わせて、奥へ手前へと擦りつけ始める。
「ちょ、ちょちょ、何をするんだ!?」
滑らかな肌に、男のゴツゴツとした外皮がピトリと接触する。俺は背筋をピンと立てて、腰を震わせた。「あうっ」という短い吐息をオークの頭頂に当ててしまう。ピクリと反応した太股は、オークから倒されて寝そべっている。
「いえ、魔王様の脚に泥が付着しておりますので……。ご存知ですか? この近辺は良い土を持っておりまして、水を加えるだけで【とても粘り気の強い水泥】に変化するのですよ」
オークは膝の裏も優しく撫でながら言った。オークの関節や硬い皮膚が触れるたびに、痺れるようなこそばゆさを感じる。ギュッと唇を閉めて伏し目がちにオークを見るが、彼の話は全く頭に入ってこなかった。
他人から洗髪や散髪される時の『くすぐり』が『快感』に変わる……あの感じを真近に俺は受けている。自分の下半身を丁寧に洗われるのだ、興奮状態になるのは当然である(そうなの?)。
しかし、全くもって紳士過ぎるオークだ。もしオークが免許制だったら、彼は無免許オークってやつだろうな。
一通り拭き終わったオークは、隣に置いていた藁の箱を探り始めた。
「……何をしてるんだ?」
限界まで腰を傾けて、彼の仕草を覗き込んだ。サンドイッチでも入ってるかのような風貌の箱だ。
確かに、『雲ひとつ無い晴天』『心地よく流れる皐月風』『彩り豊かな花畑』といい、絶好のピクニック日和である。……魔王が封印されていることを除けば。
「ええ、今日は良い天気でしたから、薪割りの後に『おやつ』でもと……」
「おやつ!? まさかサンドイッチじゃないだろうな!?」
「サンドイッチとは何か分かりませんが、美味しいものですよ」
オークは藁箱からビンのような容物を掴み出して、蓋を開けた。傾けたビンの口を手の平に乗っける。ビンの底に固まっているのか、『美味しいもの』は直ぐには出てこない。胸踊らせながら『美味しいもの』の登場を待つ。数秒すると、『美味しいもの』が「ビチッ…ビチッ…」とローションのような液体を絡ませつつ、現れた。
「魔眼のホルマリン漬けです」
「ひいッッッ!!!!」
そこにはあったのは、食べ物(?)と呼ぶのもおこがましくなるほどにグロテスクな見た目の『眼球』だった。濁った黄液にまみれながら、ギョロリとした黒目を俺に向けている。
これを食べるくらいなら俺は喜んでウンコ味のカレーを食べるだろう。
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