やさしいオーク わるいオーク そんなの ひとの かって
※作者の趣味が如実に現れています。ご注意ください。
「「「 ネメシス様! ……ネメシス様ッッ!!! 」」」
声の持ち主から「ガクガク」と肩を揺さぶられる。
夏休み明けの登校日に似た猛烈な気怠さが襲ってくるが、俺は垂れ下がった瞼に何とか力を入れた。
ズズズ……と、ピンボケした世界が、視界360度に映り渡る。
……目前には、緑色の何かがギャアギャアと騒いでいた。
俺はゆっくり眼球を動かして、その緑色の被写体にピントを合わせる。
「………………あえ?」
完全に覚醒した視覚が映したものは、言うなれば『幽霊』と『ヤクザ』と『ピエロ』を足して『石原さとみ』で引いたような……とにかく、この世のものとは思えないほどの恐ろしい形相をした怪物『オーク』だった。
「お目覚めになりましたか!!!!」
「ビジャビジャアッ」と飛び散るオークの唾を顔面で受け止めてから、俺は正確に事態を把握した。
まずい、性奴隷にされる。
オークといえばファンタジー的に暴漢であることがスタンダードで、野蛮で汚らわしい存在として描かれることが多い。最低限の知能はあるが醜く惨めな生き物で、極端に性欲が強く、破壊するだけの存在として描写されているのが常だ。
だから、俺が第一印象としてオークを「敵」と見なしたのは当然だと言える。
……いや、当然だと思っていたのだが────
そんな野蛮なオークが、顔をクシャクシャにして、涙を流していた。
「ズズッ…」俯いている彼は鼻水を啜り、嗚咽を続けている。
数十秒
目を赤くして泣いているオークを、俺は見ていた。
どうして泣いてるのか、とか、油断させようとしてるのか、とか、様々な邪推が巡ったが、我を失って泣き喘いでいる彼を見ると、「悪いやつじゃないんだろうな」という思いに支配されていった。人間みたいに感情を爆発させている彼に、俺は親近感を抱いてしまったのかもしれない。
パチパチと瞬きしながら呆気に取られていると、彼は「ハッ」と気付いたように瞼をグイと拭いた。そして逃げるように半歩ほどの距離を取り、片膝を立てて、頭を深く垂らした。
俺は目を丸くして、平身するオークを見るのだった。
「五百年…待ち望んでおりました。我が主『ネメシス卿』……魔王様!」
「………………魔王様?」
「ハッ!! 私は魔王軍で雑兵を務めておりました下級魔族でございます! ……お忘れになられたのですか?」
「………………」
……思い出した
俺はピザを喉に詰まらせて死んで、異世界に流転されて────
魔王に転生したのか
「……そうか、俺は、魔王になったのか……」
噛みしめるように輝かしい事実を言い放つ魔王。つまりは自分だが、そんな俺を、オークは不思議そうに見つめている。
「と、いうことは! オークは俺の家来ということだなッ!?」
目を輝かせながら、ドッジボールみたいな問いを投げつけた。オークは小学生の戯言を受け流すような優しい口調で答える。
「左様でございます」
「魔王の俺は世界を統べる力を持っているということだなッ!?」
「左様でございます」
「もっと元気良く! ヘイッ!!」
「!? ……左様でございますッ!!」
「そうかそうか……ニートの俺が本当に魔王になれるとはな……ククク……」
俺は我ながら気持ち悪い笑みを浮かべた。
『魔王』といえば凶悪な部下を引き連れて勇者に敵対する悪党である。しかし最近の題材では『魔王』がダークヒーロー的な『別の正義』を担っていることが度々存在する。前々から、そういう損な役回りは自分に似合うのではないかと思っていた。むしろ憧れていた。現実でも俺は社会と戦う孤独な社会不適合者だったわけだしね。魔王を務めるのも案外楽勝か……?
「クックック……」と魔王に相応しい笑みを浮かべながらオークを見据える。その後、俺の頭に1つの疑問が浮かんだ。
「そういや他の魔王軍がいないけど……みんな隠れてるのか? まさかお前1人ではないだろ?」
さしあたり、魔王軍といえば名だたる幹部がいたり、護衛軍がいたり、優秀なスパイのいる偵察部隊があったり……一国の軍をも制圧する勢力を持っているはずだ。むしろそういう膨大な『敵』がいなければ、勇者としても張り合いが付かないだろう。これ、ファンタジーの基本ね、模試で出るから覚えといて。
オークはなぜか、大きな身体をおずおずと縮こまらせてから間を取って、元気良く応えた。
「申し上げにくいのですがあッ! 私1人でざいますうッ!! ポウッ!!」
「いや、もう元気出さなくていいから。……って、今何て言った?」
「ハッ!! 魔王軍には幾千万の魔物が仕えておりましたが、現在は、私1人でございますッッ!!!!」
「………………は?」
何を言ってるんだコイツ。魔王軍が俺とオークの2人? 2人組? 体育の授業じゃないんだからさ、冗談は止してくれ。体育の授業だとしても止してくれ。
……しかし、このオークが嘘を付いているようには見えない。
涙をのんで『魔王軍が魔王とオークの2人のみ』という絶望的事実を受け止めた俺は、次に繋がる算段を彼に提示する。
腐っても『魔王』なのだから、俺は、部下であるオークに『希望』を与えなければならない。そう、魔王たる者、この場で上司たるカリスマ、その銘々たる威信を発揮しなければならないのだ。
「……そ、そうかそうか! まぁ…仲間は増やしていけばいいわけだしな! 当面の問題はそれか! ……よし、これから忙しくなるぞオーク! まずは魔王軍の復興だ! ちょっと待ってろ……今この手錠を──」
手錠と鎖によって束縛された背後の両手に、精一杯の力を入れる。最低限動かすことが可能な上半身を前方へ傾けて、「グググ」と両腕を持ち上げた。
加えて腰を上へと捻ると、鎖が鈍い音を発しながら雁字搦めにされている碑石を擦り上げた。しかし、頭の後ろにピッタリと接触する聖白たる石碑はビクともしない。諦めて、ペタリとその場に腰を下ろす。
……しょうがない。使いたくはなかったが、チート級の魔王の魔力に頼るしかないだろう。
「オーク! 離れていろッ!! 今から俺の魔力を解放するッッッ!!!!」
魔王級の魔力なのだから、山の1つや2つは余裕で吹き飛ばせるだろう……ククク……
さぁ、俺の本気を見せてやる。
─────魔力の解放
「「「 破あああああああああああああああッッッッッ!!!! 」」」
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