あなたの息子さんはピザを喉に詰まらせて死にました
(やはり俺は、母さんから毒を盛られて死んだのか……)
何もない空間。死後の世界と思しき暗闇で、俺は一人、思念と化していた。
「ピザを喉に詰まらせて死んだのよ。ほんとドジね」
(えっ)
暗黒の世界に丸い光が浮かび上がる。俺が食ったピザの亡霊か…? と畏怖していると、その不思議な光はポワポワと目前で浮遊し始め、徐々に、徐々に、明瞭さを取り戻し、人型の形に変貌していった。
ヒラヒラしたスカート
胸元が開いた寒そうな服飾
片方だけ半分欠けている双角
首の根元まで伸びたチグハグな赤髪
子供みたいな丸い瞳に拗ねたような唇
俺の胸元までしか無い小柄な身体
女子中学生みたいな格好の、角の生えた少女が、俺と向き合って現れた。
(……あなたが魔王ですか?)
「そうよ。……何? 何か言いたいことでも有るの?」
彼女は腰に手を当てて、俺の顔を不機嫌そうに覗いた。
普通の人間よりも鋭い彼女の犬歯が、ギラリと威嚇する。俺は(いや、何でもないです)と首を振ってその場をやり過ごすことにした。(おっぱい小せーな)と思っても言わないことにした。(これが合法ロリって奴か、破壊力ヤバイな)と思っても顔に出さないことにした。(ワンパンでいけるか……?)と思っても手を出さないことにした。
「全部聞こえてるわ馬鹿ニートッ!!」
……ブチブチブチッ
それはもう丁寧に俺の皮膚組織を破る音が聞こえてきたね。
なんでしょうかね? ……鋭い刃のような物が、俺の腹部に突き刺さったみたいな――
チラリと眼下に視点を落とすと、彼女の角が、俺の胃腸深くまで貫通しているという恐ろしい光景が広がっていた。
(い、いてえええええええええええええええええええ!!!!)
悲痛な声をこれでもかと上げながら、腹を押さえて転げ回る。
「ここは死後の世界なんだから、痛みなんてないわよ」
(――えええええ!!! ………………あっ、ホントだ)
俺は恥ずかしそうにこめかみを掻きながら立ち上がった。全く……早く言ってくれよ……
「本当馬鹿ね。あと、言っとくけど、あの噴き出したジュースにも毒なんて入ってなかったわ」
(……えっ? それは嘘だ! 腐ったタクシーみたいな味がしたぞ!)
「そうね、アンタの言う通り、その飲み物は腐っていただけなの」
(なんだって? ……まるで俺が馬鹿みたいじゃないか)
「やっと気付いたのね」
(……じゃあ、部屋に置いてあった生命保険会社の書類も、俺の見間違いだったわけだな)
「いえ、あれは間違いなく『ソ●ー生命保険会社』の意向確認書だったわ」
(あ、そうなの……)
こう、明確に断言されてしまうと寂寥感が凄い。まぁでも、今時中学生や高校生にでさえ生命保険の契約をしている家庭もあるわけだから、俺の過ぎた邪推なのかもしれないな……。
「アンタが死んじゃって、お父さんもお母さんも泣いているわ」
(えっ!? ………………妹も?)
「ええ、それはもう。存外嫌われてはなかったようね」
(そっか……)
なんだ…家族から嫌われていたというのは、俺の杞憂だったのか。
「あっ」
(なに?)
「アンタの指に朱肉付けて、判子を押そうとしてるわ」
(あのクソババア!!)
行き場のない怒りやら悲しみやらを謎の空間で発散していると、ふいに、力が抜けた。
いきなり海の中に投げ込まれたような……捉え所の無い空間に飲み込まれたような……。
じわじわと、息をするのが辛くなってくる……何が……起きている……?
意識が遠くなって、目前にいるはずの魔王がぼやけ始めた。
「そろそろ時間みたいね」
(時間……? ちょっと待て……何も聞いてない……)
「魔力が微塵も無い単なるヒューマンに魔王を務めさせるなんて、気が進まないけど……」
(ダメだ……俺の声が……)
「まぁでも、アンタみたいなお気楽馬鹿の方が、上手く世界が回せるかも……なんて」
(………届かない)
「フフフ、そんなわけないか」
(…………)
「でも、世界の命運はアンタに任されたわ。……さようなら、ヒキニート君」
「あなたに幸せが訪れますように」
……
…………
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転生するまでの経緯、全てを思い出す。
そうだ、俺は、魔王の精神を引き継ぐことに、成功してしまったのだ。