第7話「ゲーセン」
土曜日。
真中が魔族党、ファティル・ヴィタァと戦って丸一週間が経った。
今日は、環薙と姝刄が約束し、初めて出掛ける日でもあった。
「真中、どっちが良いかな?」
鏡の前で永遠と服を選ぶ環薙に欠伸をしながら答える。
「……ふあぁ。んー、そっち」
流し目で見て感じがいい方を指差すと環薙も納得したのか、鼻歌交じりに着替え出した。
フリルの付いたワンピースに同系色のポーチを引っ掛けている。
少し薄着かと思うかもしれないが、今日の天気は晴れで天気予報でも暖かい一日と言っていたので大丈夫だろう。
「それじゃあ、真中、行って来ます!」
「ああ、気を付けてな」
「はーいっ」
環薙は元気良くマンションを飛び出して行った。
残った真中はと言うと……。
「しゃーねぇ、掃除すっか……」
やらなければならない家事を消化して行くのだった。
商店街入り口。
姝刄との待ち合わせは此処だった。
やはりというか何と言うか、集合時刻より大分早く着いてしまった環薙だったが、姝刄はもう待ち合わせ場所に着ていた。
「おはよう姝刄さん。随分早いのねっ」
「おはよう一ノ瀬。何、前持って行動するのが家訓なのだ。それより、私の事は凛恵と呼べ」
「分かったわ、凛恵!」
「む、そう素直に呼ばれると照れるな……」
「えへへ、私の事は環薙って呼んでね」
「うむ、では環薙。パンケーキを食いに行くぞ」
「うんっ」
白のブラウスに紺色のハイウエストスカートを履いた姝刄は言うが早いか商店街へと歩き出した。
慌てて追いかける環薙。
二人は知らない人が見れば姉妹の様であった。
喫茶店に入ると目的のパンケーキを二つ注文し、待っている間に雑談に花を咲かせる。
「凛恵は真中との付き合いは長いの?」
ガールズトークと言えば恋愛話である。
環薙は二人が以前からの知り合いだろうとは思っていたが、つい気になってしまったのだ。
「そうだぞ。彼奴とはそうだな……もう出会って3年になるな」
「3年……結構長いのね」
「ふふ、人との付き合いは年月では無いぞ環薙」
「そ、そうねっ……で、二人はどうやって知り合ったの?」
「話せば長くなるぞ?」
「いいわ、聞かせて!」
姝刄は頷くと、昔の事を思い返した。
3年前、姝刄凛恵は虐められていた。
中学2年の今くらいの時期、普通ならばクラス単位で仲良くなり、会話も増えてくる頃、姝刄は一人ぼっちだった。
理由は真面目に勉強していただけ。
容姿も整っていた事もあり、同じクラスの女子は姝刄に嫉妬した。
最初はラクガキや足を引っ掛ける程度だったが、全然動じない姝刄の態度にどんどんエスカレートしていった。
姝刄は勿論動じていない訳では無かった。
家訓で弱い者虐めを禁じられていた姝刄はやり返す事が出来ずにぐっと我慢していたのだ。
そして、そんな痩せ我慢も耐えきれなくなり思わず魔法を使いそうになってしまったーーその時。
「おい、辞めようぜ? そういうの」
何時も教室の隅の席で昼寝ばかりしていたクラスメイトが重い腰を上げたのだ。
「何よ、魔渡くん。私達の邪魔しないでよ」
この時はまだ不良らしさもなく、女子達は真中に言い返す。
「そうよ、私達はこの子で遊んでるだけなんだから!」
「そうよ、そうよ……!」
徒党を組む女子グループは「遊んでるだけ」確かにそういった。
姝刄はその言葉に遣る瀬無い思いを抱いた。
……あれが、遊んでいるだけだと?
怒りが込み上げ、魔力の操作を始めた、その刹那。
「じゃあ、俺とも遊べよ」
漆黒の翼が教室を支配した。
惚けるクラスメイト達の机に無数の羽が舞い落ちた。
中学2年で、身体変幻という高度な魔法を使える者は誰一人居なかった。
身体強化で持て囃されていたくらいなのだったのだ。
「それが、あいつとの出逢いだな」
環薙はその話を聞いて、凛恵に同情と羨みの念を送った。
「そっかー、あの面倒臭さがり屋の真中がねぇ……」
「本人は煩くて眠れないから黙らせただけだと言っていたがな……あの時のあやつの姿を見て、私も堂々と生きようと思ったのだ」
「なんだか、羨ましいなー」
「な、何がだ?」
「だって、虐めを格好良く真中が助けてくれたんでしょ? いいなー。それで真中の事好きになっちゃったりしなかったの?」
環薙はカマをかけるように聞いた。
「そ、それは……まあ、私の目にもあの時のあいつは格好、良く見えない訳でも無くは無かった……が、そのっ……ほら、環薙、パンケーキが来たぞ! 食べようじゃないか!」
顔を真っ赤に染めて狼狽する姝刄が環薙はある確信を持ったが、奥手そうなのでこの辺で許して上げることにした。
「〜〜〜〜ッ! やっぱり此処のパンケーキ美味しいっ! ねっ凛恵?」
今は恋敵では無く、一人の友達として此処にいるからだ。
その後、買い物をしたり買い食いをしながらプラプラと他愛の無い時間を過ごした。
環薙にとっては、全てが初めてで楽しい一時だった。
終始笑顔の環薙に姝刄も自然と笑みを浮かべている。
「次は彼処に行きましょっ」
環薙が指を指したのは、ゲームセンターだった。
「ふむ、げぇむせんたーとな。産まれてこの方行ったことが無いぞ?」
「大丈夫、大丈夫。ほら、行きましょ!」
「お、おい環薙……」
店内に入ると、何台ものゲーム筐体から流れ出る音楽が煩雑していた。
「おお……随分と騒がしい所なのだ?」
「ふふ、先ずはUFOキャッチャーをやりましょ?」
環薙は姝刄の手を引いてUFOキャッチャーのエリアに向かった。
「凛恵はどれが欲しい? 私が取ってあげるわっ」
どうやら腕に自信があるのか、得意気な環薙。
姝刄は店内を見渡すと、一つの景品に目が行った。
「これがいいの? 分かったわっ」
まだ何も言ってない姝刄だったが、顔に欲しいと滲み出ていたらしい。
子猫をモチーフとしたぬいぐるみから目が離せなかったのだ。
「でも本当に取れるのか? 些か不安だぞ?」
「ふふーん。取り方ってのがあるの!」
環薙はコインを投入すると、狙いを定め、横へ奥へとクレーンを移動させる。
移動が終わると、三つ又のアームはゆっくりと下に降りて行き、ぬいぐるみの前で大きく開いた。
しかし、そのアームは深々と刺さっただけで掴みはしなかった。
「やはり、無理ではないか……」
少し残念そうに呟く姝刄だったが、アームが上がると目を見張った。
「んな……!?」
アームの先っちょがぬいぐるみの頭部に着いている輪っかに引っかかり、ぬいぐるみを持ち上げていたのだ。
そして、アームは元の場所、つまり排出口まで戻ると再び開き、ぬいぐるみを落とした。
「はいっ、あげる!」
環薙が差し出すと姝刄はそれを抱きかかえ例を言った。
「ありがとう環薙、大切にする……」
次に環薙が連れて行ったのはゲームエリアから少し離れた所だった。
もう環薙の案内に不安の無くなった姝刄は堂々とした足取りで着いて行く。
そして、辿り着いた場所とは……。
「プリクラよっ」
「ぷり……くら……」
姝刄の頭に衝撃が走った。
よもやこんな今ドキ女子が行うような事をするとは夢にも思うまいと。
「知っているぞ……これは、あれだろ。ぷりてぃーくらっしゅというやつであろう? 今時の女子がやたらと目を大きくして顔面を崩壊させるとか……」
「ぷっ、何よそれ……やってみれば分かるわっ」
「う……うぬ」
プリクラの筐体の中に入り、コインを入れると『モード選択をしてねっ』と、キャピキャピした声が流れる。
戸惑う姝刄だが、環薙が適当に色白モードを選択する。
「あ、フレームだって。どれがいい?」
「む? では……この青い奴で頼む」
「おっけー、じゃあ撮影が始まるから指示に従って」
環薙がそう言うと先程の声が再び耳に届いた。
姝刄は気付いたら撮影が終わっていて良く覚えて無いが、内容はポーズを取れだとかそんな感じだったと思う。
「それじゃあ次は、ラクガキしに行くわよ!」
「写真と何の関係があるのだ?」
「日付けとか入れられるのっ」
「ほう、成る程。最新の機械はすごいな」
プリクラの性能に感心する姝刄を引っ張ってプリクラ機の横にある狭いラクガキルームへと入った。
「じゃあ好きな写真を選んで好きな様にラクガキしてみて」
環薙は慣れた手付きでスタンプを押したり、文字を書いたりしている。
一方姝刄はあたふたと取り乱しながらなんとか書き込んだ。
「はい、じゃあこっちは凛恵に上げる」
「い、いや私はお金を入れて無いから遠慮する……」
「二人で分ける物なの……ほら」
手にすると、笑顔で寄り添う二人の真ん中に「友達記念♡」と書いてあった。
「悪くないな……」
「でしょ?」
「しかし、今日は私ばかりもてなされてしまった様で申し訳ない」
「いいのっ、だって、私がずっとしたかった事だもんっ」
「そうか……今日は楽しかったな」
「そうね、また遊びましょう!」
こうして二人は認め合い、本当の意味で友達と呼べる様な関係となった。
「くふふ、やっぱり女の子って良いわね……」
だが、彼女達は気が付かなかった。それを見守る黒い影に……。
明日も17時に更新しまーす!