第6話「友達」
教室へ戻ると机に上半身をぺたりと預けた環薙の姿が目に入った。
きっと、質問責めにされた挙句昼食を摂る時間も無かったに違い無い。
「大丈夫か……?」
力なく「うぅ……」と呻くと、環薙は恨み言の様に呟いた。
「このクラスの生徒は全員パパラッチが向いてるんじゃないかしら……」
「そうかもな、まあ彼奴らも魔道の練習が厳しいから娯楽……つーか、面白そうな物への感心が強過ぎるつーか……まあ、何はともあれお疲れさん」
真中は労いの言葉と共にことりと缶ジュースを置いてやった。
昼休み置いて行ってしまった事への詫びの印でもある。
「奢りだ、昼飯食ってないんだろ?」
「ありがと〜〜くぴくぴ」
カシュッと開けると、喉を可愛いく鳴らしながらジュースを飲む環薙。
ミックスされたフルーツのフレーバーが心地良く身体を突き抜けていくのを感じた。
「ふぅ……おいしー」
「そりゃ良かったな」
「ところで真中は何処に行ってたの?」
思いだしたかの様に、環薙は悪戯な表情を作る
「私のへるぷを無視して何処か行っちゃったんだから、そりゃあもう重要な用があったんでしょうねっ?」
無いです。
とは、とても言えそうには無かった。
仕方無く姝刄を山車に使い言い訳を聞かせてやる。
「それが、姝刄に呼ばれてよ……」
「姝刄って、あの西洋騎士みたいな美人さん?」
「美人かどうかは知らんが、そいつだ」
「へぇ、真中は私が揉みくちゃにされてる時、女の子と会ってたんだ。へぇ〜……」
あれ、言い訳が言い訳の効果を発揮して無いぞ、それどころか逆効果じゃ無いか……。
真中は遅まきながら事態の悪化を悟った。
「む、私がどうかしたか……?」
そして、姝刄が来た事によって更なる悪化が起こるかもしれない。
真中は話を逸らそうと姝刄に話掛けた。
「お、おう姝刄。どうしたんだよ?」
「うむ、真中を〈魔道祭〉に誘おうと思ったのだっ……どうだ?」
「どうだ……って言われてもな」
真中は環薙に視線を向けた。
環薙は知らないっ、と言った表情で頬を膨らませばがらそっぽを向いている。
だが、環薙と約束したのだ。此処でもたついていたら環薙に失礼だろう。
「俺はこいつと約束してっからよ、今回は無理だ」
真中はきっぱりと断った。
環薙は嬉しそうに足をパタパタさせている。
「そうか、やはりお前は他の男とは違うな。清々しいくらいだ。出直すとしよう」
「悪いな姝刄……」
「なに、機会は今回キリでは無いのだ。また声をかける」
席に戻ろうとした姝刄の制服の裾を環薙が掴んだ。
「待って! あ、あんたは……その、真中が話す数少ない女子だし……仲良く、したいんだけど、どう?」
この学校に来て、真中以外に会話をする友達の居なかった環薙はそう提案した。
「フッ……真中が気に入る理由も何と無く分かる気がするな。良かろう、私は姝刄凛恵だ。今後とも宜しく頼む」
「わ、私は一之瀬環薙。好きな食べ物はパンケーキよっ」
唯の自己紹介で食べ物まで言う環薙に目を丸くする姝刄。
「おい、真中」
「なんだよ?」
「こやつ、可愛い過ぎないか?」
「にゃ、にゃによ? 行きなり……」
「そうか、そうか。パンケーキが好きか。私も甘味は好物だ。今度一緒に行くとしよう」
「そ、それって……私、遊びに誘われてる?」
「……う、うむ」
食い気味の環薙に若干言葉を詰まらせる姝刄。
今までファティルに襲われて友達を作る暇も無かった環薙は、感動を覚えていた。
友達、遊ぶ約束……。
「えへへ、楽しみにしてるわね!」
環薙は始めて出来た友達に屈託の無い笑みを向けた。
「真中ぁ、私、友達出来ちゃった……えへへ」
学校から家に帰るまで、いや、帰ってからも環薙から同じ事を聞かされた。
いい加減聴いてられなくなって来たので「はいはい」とやる気の無い返事を返す。
「もう、ちゃんと聞いてる?」
「友達出来たんだろ。はいはい、そりゃ良かったな」
「……あれ? もしかして真中、拗ねてる?」
「はぁ……!? 拗ねて、ねぇよ」
歯切れの悪い真中に環薙は目を光らせる。
ソファで足を組んで座っている真中の前まで行くと
「ねぇ、拗ねてるの?」
「拗ねてねぇ」
「……ふふ、真中かわいい〜」
「ばっ、おい、拗ねてないつってんだろ! ちょっ、やめろそのにやついた顔を!」
「きゃー襲われる〜」
ムキになって捕まえようとする真中から叫びながら逃げる。
ソファを一周し、寝室に逃げるととうとう捕まってしまう環薙。
「きゃっ」
「うおっ!?」
電気の付いてない寝室で二人はもつれ合いながら倒れた。
廊下の電気が扉から漏れるだけの寝室で、吐息が触れ合うくらい近い二人は、心臓の音を加速させていた。
「……普通、逆じゃねぇか?」
そんな居心地の悪い空気を拭うべく、真中がそう呟いた。
真中が読んだ漫画では、絶対男が上だったのだ。
「真中が私を庇ったんでしょ……ふふ」
「な、なんだよ……」
「真中の体、硬いなって」
「お、おい……」
真中の上で胸に顔を埋める環薙。
まるで自分の心臓の様に鼓動する真中の心臓に耳を当てる。
「ドキドキしてる……」
「当たり前だろ……こんなん」
誰だって、ドキドキする。
そう言う前に環薙が喋りだした。
「私ね、6歳の時に天照の声を聴いたの」
「天照って、あの時の……?」
「うん、それでね。お父さんにそういう“専門”の学校に行こうって言われたんだけど……幼い頃の私はクラスの皆と別れるのが嫌で泣ながら断ったの」
環薙は続ける。
「そしたらとある日、黒魔女っていう悪い魔女に私が誘拐されそうになったんだって。それを追い返そうと戦って、死んじゃったらしいの……叔父さんから聞いたんだけどね。それから私は度々襲われる様になって友達を作る暇も無かったから、今日姝刄さんと仲良くなれて嬉しかったの」
真中は情報を整理する。
黒魔女は恐らく、この間の黒いローブの男、ファティル・ヴィタァの事だろう。
しかし、気になる点が一つ。
10年間も襲われて未だ環薙が無事だと言うことだ。
もちろん、何かの事情で襲われなかった時もあっただろうが、そんな事があり得るのだろうか……?
「そう、か……」
何かが引っ掛かる。しかし、その何かが分からず縛り出す様に声を漏らす。
「真中はね、そんな一人ぼっちの私を助けてくれた、王子様なの……」
「そんな柄じゃねぇけどな」
「良いのっ、だから真中は友達じゃなくて……ううん、何でもないっ」
友達じゃないなら何だろうか?
真中は足らない言葉の意図に気付く事なく、気が付いたら眠ってしまった。
寝息に気付いた環薙は少しだけ真中の体を登ると
「恋人になって欲しいな……なんて」
頬を軽く突ついて眠ってるのを確認し、軽く頬に唇を触れた。
「おやすみ、真中……」
翌日。
目を覚ました環薙は激しい後悔の念に駆られていた。
(わ、私ったら……空気に流されてあ、あんな…………あぁぁぁ〜)
一頻りもどかしさを感じていると、直ぐ近くで艶っぽい呻き声が聞こえた。
「……ん」
そこで気が付く。
そう言えば昨日そのまま寝てしまった事を。
耳元には真中の寝息と、たまにさっきみたいな声がかかる。
それに、よく見ると真中に後ろから抱え込まれたような体制で、心音が一気に爆発する。
(……わ、わわわ。私、大人になっちゃった……?)
昔母に聞いた話だと、大人のカップルが一緒に寝ると大人になるのだとか。
(どうしよう……)
真中が起きる前に抜け出さなくては、そう思い、体をよじる環薙。
(ひゃっ……)
真中は環薙が動いた事で体制が悪くなったのか、少しだけ体を移動させる。
その手は、間違えて真中の方を向いてしまった環薙のお尻に触れていた。
小さな悲鳴を漏らす環薙は、仕返しとばかりに真中の胸を叩くが、真中は起きず、逆に抱き着かれてしまう。
真中の首と交差する様に抱えられた環薙はもう既に胸がいっぱいで限界だった。
(あ……あ……あふぅ…………)
許容量を超えた恥ずかしさに、再び意識を落とす。
数十分後、目を覚ました真中は絶叫した。
「なんじゃこりゃっ!?」
その声で起きた環薙も悲鳴を上げ、二人はその後数日はぎこちなかったとか。
第7話は明日の午後17時に更新予定です!
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