第4話「激闘」
「……そうだ、寝ちまったんだ」
真中が目を覚ますと夕日がカーテンの隙間から差し込み橙色の空に目を細めた。
(あいつ……体調悪いって言ってたけど)
恐らく違うのだろう。
そう思えた。
何と無く、何と無くだが……何かに怯えた様な、そんな雰囲気を感じた。
でも感じただけだ。
それに余計な詮索は知り合って間も無い一之瀬と真中の間柄なら失礼に当たるのでは無いか……?
そんな事を考えながら、真中は腹を摩った。
「夕飯……買って来るか」
真中はマンションを出て、本日二度目の商店街へ向かった。
「……天照ッ!?」
環薙が顕現させた天照大神は、最初より光が薄くなっていた。
そして、ベリアルの攻撃を段々受け切れなくなってきていた。
「くけけ、化身顕現は魔力消費が激しいからなぁ……もう限界じゃ無いのか?」
「……くっ」
実際その通りだった。
天照が光線を放つ度に、ベリアルの攻撃を防ぐ度に膨大な魔力が失われて行っていた。
しかし、ベリアルは全ての攻撃を交わし、受け止めているにも関わらず未だ疲れを見せていない。
「もう楽になっちまえよ。俺達の仲間になれ……」
ベリアルを操るローブの男は、諭す様に環薙に言う。
だが、環薙はそれを享受する気にはなれなかった。
「お前等の仲間になるくらいなら……死んだ方がマシよ」
環薙の言葉をつまらなそうに聞いたローブの男はふと、何かを思い出した様に環薙に提案する。
「じゃあお前と一緒に居た男から殺そう」
「え…………」
「だってよぉ、お前が殺される方がマシって言うからさぁ……どうせなら絶望して死ねって」
「やめてっ! あの人は何も関係無い!」
「それがさぁ、この間お前を見失った時嘘つかれたんだよねぇ」
「……嘘?」
「お前を知らないか? って聞いたらしらねぇってよ……だが蓋を開けてみりゃ仲良くでぇとしてるじゃねぇか……嘘は良くねぇよなぁ? 良くねぇよ……」
これはローブの男の策略だった。
あの男がどんな奴か知らないが、この女の大事な男であるならば、絶対に庇う筈だ。
それは身を呈してでも。
「……卑劣なッ。天照、私の魔力をギリギリまで使って!」
天照は再び光輪を輝かせる。
「愛だねぇ……けけ。だが、愛っつーのは脆く儚い。そういうもんだ」
ベリアルは槍を天照に向けて構えると炎の馬が槍に焔となって纏わり付いた。
「気が変わった、てめぇはどうも此方に来るのが嫌らしいからな。此処で死ね。一瞬で殺してやる」
ローブの男から殺気が放たれた。
膨大な光と荒ぶる炎熱が相対する。
(恐らくこの一撃で私は死ぬ……楽しかったな、今日のデート……)
環薙はフードの男が会話に出したからか今日の真中とのデートを思い返していた。
始めて同じ歳の男の子と遊んだ。
始めて一緒に喫茶店に行った。
一緒に居た時間は少なかったけど、環薙は確かに感じていた。
人と人との温もりを……。
だからッ……絶対に、あいつの戦力を削る!
真中が、殺されないように……。
「行けっ!天照ッ!!」
「やっちまえ! 反逆者ッ!!」
天照は光を全て吐き出す様に放ち、ベリアルは腕が壊れるくらい強力な突きを放つ。
光と炎が激突した。
だが、魔力が足りないのか光は炎に飲み込まれて行く。
嗚呼、これで終わりだ……。
復習も出来ず、幸せにもなれなかった。
しかし今日、人と遊ぶ楽しさをしってしまった。
一緒に食べるご飯の美味しさをしってしまった。
何より、人を初めて好きになってしまった。
(死にたく無いよ……真中ぁ)
心の中で、何度も練習した名前を叫ぶ。
ボロボロに朽ち果てた私を救ってくれた、ぶっきらぼうな王子様。
炎が迫りキュッと目を瞑った。
目の淵からはポロポロと涙が流れた。
さよなら、私の人生ーーーー
「ちょっと待てよ。こいつにはまだキスしちまった罪を償いきってねぇんだ」
「…………真中!」
「おいおい、名前で呼び合う仲だったか?」
言われて口を両手で塞ぐ。
でも、何で……?
人払いの結界が貼ってある筈なのに……。
「って、こんな所にいたらこんがり焼けて晩飯買いに来た筈なのに俺が晩飯になっちまうな……よっと」
「ひゃ……真中?」
「失礼するぞ、だが、今だけは文句言わないでくれよ? 恐ぇの我慢して来てやったんだからよ?」
真中は環薙の膝に手を入れて持ち上げたのだ。
つまり、お姫様抱っこというやつだ。
こんな状況なのに顔に熱が集まるのを感じる。
「身体変幻・漆黒の翼」
真中が囁く様に唱えると、真中の身長よりも大きい二枚の翼が背中に生まれる。
その翼は漆黒。
悪魔の如き両翼は、雄々しく動くと真中を遥か上空へと押し上げた。
灼熱の炎は地を這っただけで、真中達には傷一つ付けることは無かった。
「んなっ……あいつ、また出やがった。一体何者何だってんだッ」
黒のローブの男は歯を軋ませる。
悪魔顕現は化身顕現より使う魔力が少ないが、それでももう殆どの魔力を注いでやっていたのだ。
これ以上の戦闘はあまり推奨出来ない。
「なぁ、一之瀬。あいつは一体誰なんだ?」
「あれは……」
真中の声が聞こえたのか、黒ローブの男は同じ高さまで浮上し名乗りを上げた。
「俺は魔族党が一人、ファティル・ヴィタァ。無益を嫌うただの男さ」
風で煽られたフードが外れ、その全貌が露わになる。
銀の単発に赤い瞳、見た目は真中とそう変わらない様に見える。そして、歪んだ口はあの日見た物と同じだった。
「お前は……あの時の」
「そうだ、貴様とは一回会っている。俺が名乗ったんだからてめぇの名前も聞かせて貰おうかッ!」
「……俺は魔渡真中、ただの高校生だ」
真中の言葉を聞いてイラついた様に舌打ちをする。
「普通の人間が、この空間に入れるわゃねぇえんだよおお!」
ファティルは右手から炎を吐き出す。
「……って、言われても、なっ」
交わしながら魔力の砲弾を投げ込む。
砲弾をベリアルが安々と弾く。
「……さっきから気になってたんだけどよ、あの馬車に乗った奴って何だ? 人間か?」
一之瀬に聞いたつもりだったのだが、再びファティルが答える。
「くかかっ、顕現も知らねぇとかとんだ一般人じゃねぇか。構えて損したぜ……」
ファティルの目付きが変わる。
「逃げてっ!」
「やれ、反逆者……」
一之瀬が叫び、ファティルが静かに命令する。
ベリアルと呼ばれた馬車男が真中に槍を構えて接近する。
「逃げんのは性に合わねぇんだよな……」
「へっ? 真中?」
思わず顔を見上げる一之瀬を無視して魔法を準備する。
「一回、使ってみたかったんだよな、この魔法……」
「ちょ、ちょっと真中ぁ!」
暴れる一之瀬をよっと担ぎ直し、もう目前まで来てるベリアルを迎え撃つ。
「あひゃひゃひゃひゃ! 顕現した悪魔に魔法なんざ効かねぇんだよ!」
腹を抱えて笑うファティルにムカついて何時もより魔力を込める。
「風よ、集え、吹き荒べーー荒ぶる大鷲!!」
手に集めた空気の魔素を風に変え放出する。
さらに変形の魔素をもって大鷲へと姿を変え、肉薄するベリアルへと投げつける!
バババババッ!
真中を殺そうと迫るベリアルを風の大鷲が押し返す。
「はァ!? なんだあの魔法……ベリアルが、吹っ飛ばされただと!?」
ファティルは普通ならば効果が無い筈の魔法が効いていて狼狽する。
一之瀬はというと、口をポカーンとして見ていた。
「一時撤退、逃げるぜ一之瀬!」
魔法でベリアルを押し返している内に上昇して距離を開ける。
「おい、一之瀬。あいつをどうにか出来ないのか?」
「……天照の本気の一撃なら、いけるかも……でも、もう魔力が……」
疲れた声で一之瀬が言うのに対し、真中は考えていた。
俺の魔力を渡せば良いんじゃ無いか?
と。
しかし、バレたらこいつは、普通に俺に接してくれるだろうか?
普通の人間として、友人として、今まで通りに過ごしてくれるだろうか。
否、考えてる時間は無い。
そんな自分の保護なんざしてる場合じゃない。
大事なのは今、助かるか、助からないかだ。
魔法が切れるのももう直ぐ迫っていた。
「おい、一之瀬。俺の言う事を聞いてくれ」
「……どうしたの?」
「……俺には、魔力を渡せる能力がある。この間お前の魔力切れを治したのもその所為だ」
「……うそ、そんな能力があるなんて聞いたことがない」
「でも本気なんだ、お前今魔力を操れるか?」
「……ぐっ、ちょっと無理、かな。さっきギリギリまで魔力使っちゃったから……」
それを聞いて真中は「そうか……」と声を漏らす。
一回のキスであんなに怒っていたんだ、二回目はきっと殺されるな。
でも、あいつに殺されるより断絶良いに決まってる!
決心する真中の目に魔法が切れて此方を向くベリアルが写る。
それに焦った真中は一之瀬に命令する様に叫ぶ。
「おい、一之瀬! 目を瞑れ!」
「ーーえ、な、何で?」
「良いから瞑れ!」
「わ、わかっt……むぐっ!?……ん」
最初は驚いた一之瀬だったが、抵抗は無く、寧ろ受け入れる様だった。
(真中の魔力が……入ってくる。暖かくて、気持ち良い……)
「……ん」
ゆっくりと唇を離すと艶やかな声を漏らす一之瀬。
「……本当に、魔力が戻ってる。いや、寧ろ前より多いくらいかも?」
「悪いな、一之瀬……」
「勝手にキスしたの……嬉しかったけど……許さないもん、だから私の言う事一つ聞いてくれる?」
「ああ、何でも言ってくれ……」
乙女の唇を奪った罰だ。何でも聞き入れてやろう。
「私の事、名前で呼んで……真中」
「…………環薙」
「うんっ」
名前を呼ぶと笑顔を咲かせる環薙。
(女ってのは俺が思っていたほど恐い生き物じゃ無いのかもしれないな)
真中は笑顔を向ける環薙を見て、自分の中の凝り固まったイメージが揺らぐ。
目の前では魔力に満ち溢れた環薙が天照を呼び出していた。
「行くよ天照! 真経津鏡!!」
その声と共に、天照の手に一枚の手鏡が握られる。
その鏡はベリアルを写すと神々しく光、次の瞬間極太の光線が放たれる。いや、光線だけでは無かった、ベリアルの炎も一緒にベリアルを襲う。
「……くそッ! 何処にそんな力が……ベリァァアアアル!!!」
光の本流に呑まれたベリアルは為す術もなく黒い煙と共に現世を去って行った。
「覚えていやがれ!」
ベリアルを失ったファティルは、血相を変えて消え去った。
「すげぇ……」
目の前で起きた光景が今も網膜に焼き付いている。
「全部、真中のお陰だよっ……」
真中に潤んだ瞳を向ける環薙。
そして、真中に抱き着き瞳を閉じた。
ファティルに勝った喜びや、助けてくれた真中への思いが重なって環薙の体を突き動かす。
唇と唇が触れる瞬間、真中の吐息が漏れた。
「すまん、環薙……魔力、切れた」
急に重力を感じ重くなる真中。
環薙は残った魔力で真中を支えると
「ありがと、真中……」
助けてくれた王子様の頬へ愛の印を刻んだ。
今日は成人式なので22時にも投稿しようと思います。