第三話「マレフィキウム」
土曜日の朝。
今日は一之瀬の責任とやらを取るべく、街の案内をさせられる日だった。
時刻は9時36分。
眠い目を擦らせながら起きた真中は電子ケトルに水を入れ湯を沸かす。
冷蔵庫を開けてみるが、特に何も入って無かったので、仕方無くコーヒーだけ胃に入れた。
休日に女子と会うなんて何ヶ月ぶりだろうか?
記憶を辿りながら、お洒落と思われる服装をタンスから探す。
(あんま服買わないから碌なの無ぇな……)
基本制服か寝巻きで過ごす真中は、服に頓着が無い。
時間も押して来て、真中は適当に黒いピッチリとしたパーカーに下はパーカーより濃い黒のパンツに決めた。
元の素材が良いからこれでも似合うのだ。
面倒臭さくて遠慮したのだが一回モデルの勧誘にあった事もあったくらいだ。
身長が高い真中はシュッとした体型で、髪型は百獣の獅子を連想させる様なナチュラルな癖毛。
鼻筋は高く、鋭い目も容姿と合っていた。
クラスの女子曰く、真中くんは鎖骨がエロいとの事。
真中は鏡を見て、こんなもんだろ。
財布をポケットに突っ込むと目的地の商店街へ向かった。
この時時刻は9:57分だった。
「遅いっ、遅刻です。何分待ったと思ってるんですかっ」
商店街に到着するとゆるっとしたニットのトップスに短パンニーソ姿の一之瀬が待っていて、遅れた真中にぷんすか怒っていた。
時間を確認すると10:06分。待ち合わせ時間に然程遅れたとは思っていなかったのだが。
「……悪い」
「ホントですよ。私なんか9時前には着てましたからねっ、見習って下さいっ」
ぷりぷり怒る一之瀬に真中は「そりゃ早すぎだ」と呟くと一之瀬は顔をほんのり赤く染めて「べ、別に楽しみで早く来過ぎちゃったとか、そういうのは全くありませんからっ」と慌て否定した。
「まあ、遅れたのは俺だけど此処に居てもあれだし、そろそろ行こうぜ」
「ちょっと聞いてますかっ? 私は全然思っていませんからねっ!」
「はいはい、ほら通行の邪魔だ」
通り辛そうな通行人を見て、一之瀬の腕を引っ張る。
一之瀬は耳まで真っ赤になると、今度は大人しくなった。
腹が減っていた真中は、この商店街で一番お気に入りの喫茶店に入った。
聞くと一之瀬もまだ朝食も食べて無いと言うので丁度良かった。
「お洒落な所ですねっ」
店内をキョロキョロと見渡す一之瀬はわくわくした表情で言った。
案内した場所を喜ばれて嬉しくなった真中は笑顔を作ってメニューを取り出した。
「だろっ? この店のパンケーキもめっちゃ美味いから食ってみろよ」
一之瀬は俺の顔を見つめるとこくこくと頷いた。
若干顔が赤いが風邪じゃないだろうな?
本当は真中の笑顔が珍しく、また誰もが心を奪われそうな満点の笑顔を向けられて、言葉が出なくなった一之瀬だった。
「わぁ…………」
一之瀬は目の前に置かれたパンケーキを見て、目をキラキラさせていた。
「い、いただきます」
恐る恐るナイフを刺して行く一之瀬、一口サイズに切ると徐にパクッと食いついた。
「〜〜〜〜ッ」
口に頬張ると足をパタパタと動かし、喜びを表す。
「どうだ?」
「おいひいふぇす!」
その回答に満足した真中は、自分で注文したサンドウィッチも「ほらっこれも美味いぞ」と、分けてやった。
お腹一杯になった二人は喫茶店を出る。
勘定は気前が良くなった真中の奢りだ。
「あぁ……美味しかったです」
「そりゃ良かった」
「今度は何処に行きますか?」
食事を経て距離が縮まったのか、一之瀬はもう敵対心みたいな物はなく、普通の友達の様に聞いて来た。
「そうだな……ショッピングモール行くか?」
「あ……いえ」
商店街から外れてショッピングモールに行く提案をすると歯切れの悪い返事が返ってくる。
「どうした?」
「……あっ、あそこに行きたいですっ。是非行きましょう。ささ、早く……」
「お、おい押すなって……」
急に思い出した様に一之瀬が連れて来た店は普通のアクセサリーショップだった。
「へぇ……一之瀬はこういうの好きなのか?」
「えと、嫌いじゃ無いですよ?」
何とも突っかかる言い回しだ。
来たい訳では無かったがノリで入ってしまった……みたいな。
だが、折角なのでどんな物があるのか覗いてみる。
ネックレス、ブレスレット、リングにピアス。
髑髏のごつい物から花やハートや動物の可愛らしい奴も置いてあった。
「一之瀬はどれが好みだ?」
「…………」
「おい、一之瀬?」
「はっ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけで」
そう言って俯いてしまう。
やはり、何か様子が可笑しい。
黙ってネックレスが飾ってある棚を見ている一之瀬を置いて、店内をぶらつく。
といってもそこまでの広さじゃ無いので二、三歩といった感じだ。
様々なネックレスを眺めていると、ふと目に止まった物があった。
(はは、一之瀬みたいだな……)
それは、一之瀬そっくりな半目の黒猫のネックレスだった。
店員さんを呼ぶと、すぐに梱包して貰った。
「大丈夫か一之瀬〜?」
黙ってる一之瀬にさっきかったネックレスを渡そうと声を掛ける。
「魔渡さん、もう帰ります……」
「……は?」
「すいません。ちょっと気分が悪くなっちゃったみたいで」
「大丈夫なのか?」
「ええ、本当に……すいません」
結局、ネックレスを渡す前に一之瀬は帰ってしまった。
真中はマンションに戻ると、買ったネックレスをソファに放り投げる。
「なんだよ……」
一人で舞い上がっていた自分に腹が経ち、真中は気を鎮める様に眠りについた。
真中が眠ってすぐ後、場所は戻って商店街。
この時間帯なら夕飯のおかずを買いに来る主婦で賑わっているのだが、今はそれは見かけられない。
シンと静まり返った商店街に二人、片方は黒のローブを纏い、フードを深々と被った男。
もう一人は……一之瀬環薙だった。
「おぉい、久しぶりだってのに辛気臭ぇ顔してんなぁ……白魔女ぉ」
白魔女と呼ばれた環薙は苦虫を潰した様な表情を作る。
「俺はお前の事買ってるんだぜ? 何て言ったって6歳で神の一端を降臨させた女だ……早くこっちに来い、優遇するぜ?」
「誰がお前等の仲間なんかに……っ!」
ローブの男の誘いを強く拒否する環薙。
その表情は憎悪の対象を憎む……そんな必死さがあった。
「お前等は、お父さんとお母さんを殺した! 私は絶対に仲間にならない!」
「ありゃあ……抵抗する方が悪いね。けけっ」
「ーーッ! 許さない……化身顕現ッ!!」
環薙の叫びに応えて一体の化身が降臨する。
黒髪を揃え、和服に身を包んだ美しい女性。背中には雷神の雷鼓の様な輪が光輝いている。
だが表情は無い。瞑ったままの瞳が環薙の怒りを表しているかのようだった。
ーーその姿、正に天照大神。
「さっそく出しちまうか。けけっ、楽しくなって来たじゃねーか。さあ、俺達の顕現戦争を始めようか……悪魔顕現ゥッ!!!」
瞬間の事、天照大神の化身が放つ光で輝いていた商店街に闇が這いずる。
「来い! ーー反逆者!」
そして、天照とは違う怪しげな炎の光を放つ。
現れたのは、焔で出来た馬が引く馬車に乗った大男。
天照を見ると口を歪に歪めた。
「天照ッ!」
それを見た環薙は天照に攻撃を命令する。
天照は命令に従うように両手を前に伸ばした。
すると、背中の輪が目の前に移動し、眩い光線を放つ!
ーーーーカッ!
光の本流がベリアルを襲う。
だがベリアルはそれを予想していたのか、既に場所を移動していた。
「はっ、んな直線的な攻撃あたっかよ! やってやれベリアル!」
ベリアルは馬に鞭を打つと物凄い速さで天照に肉薄する。ベリアルは手に持った大槍を構えた。
一閃。
光速の突きが放たれる。
ガキィィィン
だが、天照は光輪を盾に使い、槍と衝突させ防いだ。
「そう来なくちゃなぁ!」
ローブの男は楽しそうに笑った。
第四話の投稿は、翌日の午後21時予定です。