第二話「転校生」
行きなり現れた転校生、一之瀬環薙は、真中が今朝助けた女の子だった。
(あんな事しちまったから怒ってるだろうな……)
あんな事とは、魔力渡しの事である。
魔力渡しは全世界をどこを見渡しても真中以外に使用出来る者が居ないのだ。
緊急だったとはいえ普通であればただキスをされたと思われても仕方が無い。
しかも、小学生と思ったのだが……まさか同い歳だったとは微塵も思わなかったのである。いや、小学生だったらキスをして良いと言う訳でも無いが。
つんつん。
ふと背中を突つかれる。
今は現国の時間で、やる気の無い真中は窓の外を見て惚けていたのでそのまま後ろのを向いた。
勿論、後ろの席には一之瀬しか座っていない。
顔を伺うと、ムスッとした表情で真中を睨み付けていた。
「なんだよ……」
周囲にバレないよう小声で聞くと、何も言わずにノートの切れ端を差し出して来た。
『へんたい』
真中は溜息を零す。
あれだけ悩んで、隠している能力を使ったというのに帰って来たのは綺麗に畳まれた制服と「へんたい」という4文字だけ。
裏に返事でも書くか……と、紙を裏返すと
「本当に不本意ですが、助けて頂いたのは事実なので、渋々お礼を言ってあげます。有難うございました」
そう小さな文字で書いてあった。
(こんなに嫌そうな礼を貰ったのは初めてだ……)
真中は苦笑いした。
書くスペースも無いので、違う紙を用意し伝言を書く。
『どういたしまして』
後ろ席に紙を落とすと、それ以降鋭い気配はしなくなり、現国教師の催眠術と春の暖かな陽射しに瞼を閉じた。
「……ん、ふぁあ」
目が覚めると既に昼休みになっていた。
昼は大体購買のパンで済ませるのだが、今日はあまりお腹が空いていない。
いつも「昼餉の時間だ。行くぞ!」と、騒がしい尼織も友人と飯を食いに行ったみたいだ。
転校生の一之瀬もきっとクラスの連中に誘われて昼食を取りに行ったのだろう。
ちらっと写った一之瀬の席が不在な事からそう考える。
しかし、クラスメイトの会話が真中の耳に入って来た。
「一之瀬さんて、ちょっと絡み辛いね」
「うん、お昼誘っても断られたし……」
どうやら真中の予想は外れていたらしい。
誘いを断ったのか……。
何気無く一之瀬の事を考えていると。
「……ん? また紙が」
現国の時間に一之瀬とやりとりした手紙もどきが真中の机の隅にちょこんと置いてあるのが目に入った。
内容を確認するとーー
『今朝の件で話したい事があります。昼休み、屋上に来て下さい』
そう書いてあった。
真中は後頭部をぼりぼり掻くと徐に立ち上がり教室を出た。
向かう先は勿論屋上だ。
「やっと来ましたか……へんたいさん」
あんまりな開口一番に「変態じゃねぇ、魔渡だ……」と自己紹介を兼ねたツッコミを入れる。
「では魔渡さん、あなたに聞きたい事がありますっ」
「なんだよ……?」
聞き返すと、今朝の行為を思い出したのか顔を真っ赤に染める一之瀬。
「け、今朝私に何したんですかっ!? 魔力切れを起こしていた筈なのに、寧ろ絶好調なくらいなんですっ」
「ならいいんじゃねぇか?」
「え……あれ。良いの、かな?」
自分でも理解出来ていないらしい。
それはきっと、一之瀬は俺が魔力を渡すのに接吻したのに、その魔力を渡された事に気が付いていないからだろう。
真中の能力、魔力渡しは、真中以外に使える人が居なかった。図書館で調べても出て来なかったのだ。
それをあの一連の出来事だけで、真中が魔力を渡したという事実が認識出来るとも思えない。
だが、真中にしてみれば好都合だった。
真中には、あの能力は出来るだけ秘匿したい理由があった。
10年前の話。
真中がまだ小学生に上がる前、真中はある女の子と仲が良かった。
スキンシップとしてキスされた時、初めて真中は自分の能力に気が付いた。
相手の女も魔力が渡されている事には気が付かなかった様だったが「真中君とちゅうすると元気になる!」と、その日以来熱い接吻を毎日されたのだ。それはもう唇が擦り切れるくらい……。
その日から真中は女子に苦手意識を感じ始め、遠ざける様になったのだった。
(嫌な思い出だ……)
思い出に浸っていると、頭の中のループから抜け出した一之瀬が、丈の長い制服をパタパタとさせながら言った。
「ま、間渡さん。私を助けてくれたとはいえ、あ、ああんな事をしたのですから責任取って下さい!」
あんな事とはキスの事だろう。真中は責任と言うより罪滅ぼしの意識で何をすれば良いのか具体的な内容を聞いてみる。
「何すりゃいいんだ?」
「えと、明日、土曜日……この街を案内して欲しいのっ」
「はぁ……? それは構わないけどよ……そんなんで良いのか?」
「良いです。いえ、良くは無いですけど。これは、その、責任の一部ですっ。明日のデ……案内が全部とは思わないで下さい!」
早口でよく聞き取れ無かったが、つまりキスしたんだから、街の案内とか一之瀬の頼みを気が済むまで聞いてやれば良いのか。
「分かったよ……」
それならいっか。と、気軽に返事をすると、指の先しか出てない両手を胸の前で組んだ一之瀬は
「明日、商店街の入り口、午前10時集合ですっ」
これまた早口で命令した。
そこで予鈴が鳴り昼休みの時間が終了する。
真中は「あいよ」とだけ返し屋上から戻る。
後ろには何故か、上機嫌な一之瀬が着いて来るのだった。
「真中、お主転校生と一緒だったのか?」
教室に戻ると目をパチクリさせた姝刄に捕まった。
「まあな……先生に頼まれたから仕方無く案内してた所だ」
両腕を広げて参ったポーズを取ると、右足の踵をゲシリと誰かが蹴って来た。
振り向くと、頬を膨らませた一之瀬がぷいっとそっぽを向き、自分の席へ戻って行った。
「何なんだあいつ?」
「よもや変な事を仕出かしたのではあるまいな?」
ずいっと半目で寄ってきた姝刄の顔を直視出来ず、顔を逸らした真中は慌てて返答する。
「す、するかよ! てか、変な事ってなんだよ!?」
「む……そ、それは、えっちぃ奴だ! お、女子にそんな事を聞くな!」
勝手に言っておきながら、姝刄は頬をほんのり赤く染めて席に戻ってしまった。
「はぁ……女は良く分からねぇ」
真中も溜息を軽く吐いて席へと戻った。
「はーい、それじゃあ魔学の授業を始めますよー」
クラス担任の藤本先生が教壇に立って、今日の授業内容のタイトルを黒板に書き込んで行く。
「はい、今日は魔力特性についてやります。魔力は魔素から出来ているのは皆もう知ってますよね? 魔力特性とは、その魔素の性質を引き継いだものの事を指します」
追加で魔素の性質と書く。
教科書にも乗っている事だが、魔素には様々な種類があって、魔力になった時効果が生まれる物がある。
それらを上手く組み合わせて一定の効果を放出する動作が魔法と呼ばれている。
現在では、その組み合わせのパターンも色々世に出回っており、それを記した書物を魔導書と呼ぶ。
例えば、水の魔素と熱の魔素を組み合わせればお湯の魔力が生成され、それを放出すると本当にお湯が出て来るのだ。
「……と、言うわけで。今日は特別に先生が習得した魔法をお見せしまーす」
おおおお。クラスの連中が騒ぎ出す。
生徒達のリアクションに満足したのかノリノリで魔法を発動させる。
「まずは弾く性質の魔素と狙う性質の魔素を組み合わせて……チョークを狙って弾く〈チョーク・ザ・バレット〉」
勢い良く弾かれた弾は真っ直ぐと寝ている真中の額に衝突した。
「ーーッてぇっ!?」
急な衝撃に飛び起きる真中。
コントの様な流れにクラス全体が笑っている。
猛烈な恥ずかしさを感じた真中だったが、ふと目に入った一之瀬の笑顔を見て、黙って席に着いた。
(んだよ、ちゃんと笑えるじゃねーか……)
始めて見た笑顔に真中は何か満ちた気持ちになった。
しかし、そんな真中の横をチョークが飛来する。
「…………」
「真中くぅん。まだ先生撃てるわよ……?」
再び寝ようとした真中に、魔素の入った果物を齧りながら言ったのだ
その台詞に、クラスにまた笑いが起きた。
第三話は翌日の午後21時に投稿予定です。