特別な時間
翌日。私は英語の授業を受けたあと、昼休みに学食に行ってみることにした。
ある席にジャスティンが先に座っていて、彼の「集まれー!」という田中マルクス闘莉王のような一声でナオミと類と佳乃が同席した。
そして私もそこに混ぜてもらった。いかにも青春って感じだ。私は学食で売られていた寿司を食べながら皆と楽しくお喋りした。
「英語の授業はどうだった?」とジャスティンが私に聞いてきて、私は「まぁまぁだったよ!」と応えた。
すると佳乃がフライドポテトを食べる手を止めて興味津々で聞いてきた。
「英語喋れる人がネイティブスピーカーじゃない人から英語を習うってどんな感じ?」
「そんなの屈辱に決まってるでしょ」とナオミが言った。
「でもいいよな、テストが楽で」と類が言った。
佳乃がいきなり立ち上がる。
「そうだ、あなたに英語のテストなんか意味ないじゃん!」
それに被せてナオミが淡々と言う。
「意味ないどころじゃない、こんなの出来レース。満点を仕組まれた八百長。まさに歩くカルチョスキャンダル。カシカにはスペイン語かフランス語のテストを受けてもらうように校長に言わなくちゃ」
「それならジャスティンも一緒だよね?っていうか英語ならジャスティンの方が上手だよ、だって私生粋のイギリス人じゃないもん」
淡々と言うナオミに多少の恐怖を覚えながらも、私は混血だから英語の発音が上手くないんだという荒唐無稽な弁解をした。
発言の後、ジャスティンからの視線が強くなった気がしたが、私はそれを受け流した。
初日に私を売った報いだ。私は忘れていない。あの恨みは忘れるどころかむしろ増強している。彼の顔に唾を吐いてやったような気分だ。もちろん、もし本当に吐いたとしてもハンカチで優しく拭いてあげるのだけど。
放課後、英語のテストの難易度をジャスティンだけ上げるように校長先生に直訴しにいこうとするナオミを必死で止めるジャスティンの姿があった。
それを見て笑う私たち三人。
この時、何故かジャスティンはガードマンの格好をしてナオミを制止していた。彼にはナオミが暴走特急にでも見えたのだろう。
しかし今のナオミは、あのスティーヴンセガールでさえ止めることはできない。
ナオミは校長室の窓ガラスを頭突きで割り、室内に侵入し観葉植物をなぎ倒し、棚に飾ってあるトロフィーを窓から放り投げて校長先生に詰め寄った。怖気ずく校長先生にナオミは息を切らしながら言った。
「はぁ...はぁ...校長...分かってるよな...」
ナオミは後ろから警備員に取り押さえられた。それから母親を呼ばれて、校長に怒られたそうだ。
ナオミの母親は「ナオミの視界に入る場所に校長室を作るのは線路の上に校長室を作るようなもの、自分のテリトリーを侵されたくなかったら屋上にでも作れば?」と言ってナオミをかばったらしいが。
結局、ジャスティンのテストの難易度を上げる案は却下になった。私は心の中で小さく地団駄を踏んだ。
他にも沢山良い思い出ができた。
ジャスティンと類が職員室から盗んできたテレビで映画を五人で見たり、休日は女子三人でショッピングしたり。
類と佳乃の出会いも聞けた。
「類と私は高校一年の夏休みに初めて話したの。あれは私が病院の受付にある椅子にイヤフォンで音楽を聞きながら座ってた時のこと。私は急に類に肩を強く叩かれた。私は一応類の顔は見たことあったんだけど、いきなり感じが悪かったから腹を立てて言ったんだ。『なにすんの?』って。そしたら類は『音漏れてるから違う席行けよ』って。騒がしくしてたのは悪かったけど私は肩を強く叩かれたことに怒ってたから、あなたが移動すればいいんじゃない、って言ったの。そしたら類は『じゃあ移動するから電話番号教えて』って。私は意味が分からなかったからそっぽを向いたんだけど、次に類はメアドを聞いてきた。私は何故かあっさり教えちゃって...これが私たちの始まり」と佳乃が話してくれた。
この様なエピソードを毎日聞くことができて、私はこのまま楽しい高校生活が送れるだろうと確信していた、この時までは。