トロイの木馬
対戦相手を称え合う二人に向かって観衆の中から歩み寄る男女がいた。そして男子生徒の方が拍手をしながら話しかけてきた。
「凄い良い戦いだったよ。ジャスダック、その子は?」
ジャスティンが私を見ながら応えた。
「ああ、この子が前言ってたカシカ。今日からこの学校に通うんだ」
黒色の短髪がよく似合っている類は笑顔で私の目を見た。
「そうか、今日からか!俺は類、よろしく」
続けて隣にいた黒髪でロングヘアーの女子生徒が類の肩に右手を乗せて言った。
「噂通り可愛い!はじめまして、私は佳乃。仲良くしてね!」
四人は軽い挨拶を交わした。いい雰囲気の二人。この人たちとなら友達になれそうだ。
話が盛り上がり意気投合した私たち四人は、放課後にとあるカフェに寄ることにした。
味のある外装の店で、味のある店主である"髭爺さんヒデさん"が味のあるコーヒーを出してくれることで地元では有名らしかった。
授業が終わって放課後、私たち四人は学校から徒歩で約十分、自動車で約三分、築二十年で風呂なしという学徒には嬉しいその物件に入った。
店内では、木製の落ち着いた雰囲気の中にたたずむアンティークなミルが目を引く。
カウンターで白髭が特徴の髭爺さんヒデさんが布っ切れでグラスをふく中、私たちはその人を横切って三つある個席のうち一番奥にある席に座った。
先客はいない。がらんとした店で、僅かに聞こえるジャズ音楽と心を癒すコーヒーの香りだけが流れる。
エスプレッソを注文した私の目の前にカップが出された。焦げた様な香ばしい香り。これは恐らくマンデリンとタンザニアAAのブレンドで焙煎はイタリアンロースト。
流石、噂に聞いていた通りの腕前だ。私は鼻を近づけて目をつぶって香りを嗅いだ。深い、とても深い。まるでコーヒーの湖だ。私は右手で取っ手を持って早速一口、コーヒーを口に含んだ。その瞬間、コルチゾールが大量に分泌されたのが分かった。
イタリアンローストによる苦みが豆本来の酸味を際立たせている。淹れた人に握手を求めたくなるほどの素晴らしい味わい。私はしばらくそのエスプレッソに舌鼓を打った。
その帰り、私はジャスティンと公園に寄った。夜の公園は春といえども肌寒い。しかし彼と二人だから心は温かい。私は缶コーヒー片手に、彼と冷たいベンチに座って話をした。
「トロイの木馬を知ってる?」とジャスティンが聞いてきた。
「もちろん!あなたみたいな毎日ポルノを観る変態のパソコンに感染するやつよね?」
「それはトロイの木馬型ウイルスだろ?そっちじゃない。ギリシャ神話で登場する兵器のことだよ。トロイの木馬の中に大量のギリシャ人兵士が隠れて、ギリシャ軍が撤退したと敵が油断した時に襲いかかるんだ...僕にとって君はまるでトロイの木馬だ。君が目の前から消えたと思ったら、心の中で君というギリシャ軍が現れて侵略していく。最近ずっと君のことばかり考えてる」
私は、なんて素敵な話なんだろうと思った。
「ギリシャ軍があなたの心を完全に支配してしまう前に、反撃しなくていいの?」
私が照れながらそう言うと彼は私の方に身体を向けて、私に優しくキスをした。
これが私たちのファーストキスだった。私の口がコーヒー臭いこと、ジャスティンの口がコーヒー臭いことをお互い笑いながら指摘しあった。
この瞬間が永遠に続けばいいのに。私はそんなことを思いながら過ごした。